BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第15話〜深遠の章・2『標的』
住宅街の中の、特に何の変哲もない民家のリビング。ごくごく中流の家庭だったと思われる、やや殺風景な部屋、そこに私は隠れていた。
窓の外で、銃声が響いた。ずいぶんと近くで鳴ったように感じたが、その後誰かがこちらに来るような気配もない。そこまでしっかりと確認して、私はほっと一息ついた。
「……始まったのね」
窓から離れて、私はそう呟いた。
私はスタートしてから、すぐに移動をすることにした。あまり長く駅舎の近くにいるのは避けたかったからだ。しかし、だからといって一気に駅舎から離れようとするのもまた危険だった。
既にスタートしていた、このゲームに乗ったクラスメイトに襲われる可能性だってあるし、何より慌てて移動すると隙ができやすくなる。それに疲労も心配だ。長く生き残り、ここから生きて帰るためには、できるだけ疲労は最小限に止めたい。
このゲームが最終盤まで進めば、その時点で生き残っている者は皆相当の疲労を蓄積しているはず。その時、体力を温存できていれば有利になる。なるべくなら、移動は最小限に抑えておきたいところだった。
だから出発してすぐに、街の中心部の大通りよりやや北(地図のエリアでいえばD=3エリア辺りだろうか)にある民家に入って休むことにした。無論、外から気付かれないように細心の注意は払っている。
――そう、私は生き残る。たとえ何を犠牲にしてでも。
古嶋と島居とかいう二人に、プログラムの対象クラスに選ばれたと聞かされた時から、私はそう決意していた。今までと、そんなに変わらない選択だった。まあ、今回は自分の生命がかかっている。今までよりも気を引き締めてかからなければならないだろう。
――しかし……。
私は自分の右手の掌の中にある支給武器を、じっと見つめた。
その支給武器は、そこそこ携帯しやすいサイズの黒い物体で、それにハンドマイクが取り付けられている。説明書には、トランシーバーだと書いてあった。
古嶋が作ったらしい説明書には、さらにこうも書いてあった。
『このトランシーバーは、君以外にもう一人同じものを支給されている人がいます。そのもう一つのトランシーバーの持ち主と、君は自由に会話することが可能です。これをどう活用するかは、君たち次第です』
――使いようによっては、十分役立つと言えるかしら。
そう判断して、私はまず最初にこのトランシーバーを使って通信を試みた。相手から情報を得ることも可能だし、場合によれば上手く相手をコントロールできる可能性もある。もう一つのトランシーバーの持ち主が誰なのか分からない以上、それはちょっとした賭けでもあった。
相手が既にこのゲームに乗った人物であれば、まず意味はない。かといって、話を聞いてくれそうにない者――例えば、既に恐怖に呑まれてしまっている者などだ――でも駄目。
無論、自分自身が相手の人物を推し量ることができないくらいに知識のない者が相手だった場合もアウトだ。こちらが相手の性格を把握できていない以上、下手なやりとりは危険になる。
私は内心祈りながら、通信を図った。
『――誰だ』
しかし、トランシーバーから聞こえてきた声を聞いて、私は安堵した。そして己の幸運を、心から喜んだ。聞こえた声は、私の良く知る少年の声。もう一つのトランシーバーの持ち主は、私と深く繋がる彼だったのだ。
『私よ。声で分かるでしょ?』
私が一言、トランシーバーの向こうの彼に言う。すると、全く愛想のなかった声が若干変化した。
『ああ、――か。脅かさないでくれ。いきなりトランシーバーが反応して、正直びっくりしてたんだ』
『あなたが? 珍しいこともあるのね』
冗談めかして、私は言った。すると、彼はやや声色を落として言う。
『何せ、今回は生命がかかってるんだ。今までとは違う。そのことは十分に分かった』
『……それも、そうね』
私は一言、そう呟いた。
そう、今回は今までとは状況が違う。あの日から私と彼は、生きるために、二人で生きていくためにここまできた。何でもやる。その心がなければやってこれなかった。その陰に、どんな暗いものがあっても振り返らない。自分たち以外を顧みることは、一度もなかった。
もちろん、苦しんだことはある。悩み、眠れない日々が続いた時期だってあった。誰かに、心の中身を全て吐き出してしまいたくなったこともある。
だけど、それはできない。もう、許される時期はとうに過ぎているのだから。ならば、最後の最後まで自分たちのためだけにやる。そう心に決めている。それはきっと、彼も同じなのではないだろうか? 彼に直接聞いたことはないし、聞いたところできっと、答えてはくれないのだろうけれど。
『――は、これから……って、聞かなくても分かるか』
彼が、何か言いかけて止めた。彼が聞こうとしたことが何かは私にも分かっているし、答えも彼が想像したとおりだろう。
『もちろん、私は生き残るわ。そのための犠牲は、気にしない』
胸に手を当てつつ、私は言った。
『――ならそう言うと思ってた。こっちは最初から、君に協力するつもりでいた』
『……良いの? あなたは、それで』
私がそう尋ねると、彼は少し沈黙してから、突然言い出した。
『昔さ、言っただろ。俺たちにはこの道しかない、って。今回も、そういうことなんだよ。あの日を守って……生きるためにはさ』
私は、じっと彼の話を聞いている。彼は、私が何も言わないのを確認して話を続ける。
『俺が作った『要塞』は、ガキが作ったものの割にはよく出来てる。けど、それを守り通すには、俺たちが生きていないといけない。そして俺たちが死んでも、何にもならない。どちらか一人が生きているだけで、『要塞』は成り立つ』
――『要塞』か――。
彼は、かつて自分が構築したものをそう呼んでいる。『あの日』を守るために彼が考案し、そして今の今まで守り抜いてきたものだ。 彼はいわば、その『要塞』の門番なのだ。
あの時、それまで何の関わりもなかったはずの彼がここまでしてくれていることに、私は感謝している。そして同時に、自分の中に彼に対する今まで感じたことのない感情が芽生え始めていた。
しかし、この感情のことを彼に話したことはない。言っても、彼はきっと何ともしないだろうから。
『――どうかしたか?』
トランシーバーの向こうの彼が問いかけてくる。ずいぶん長く、ぼんやりしていたようだ。
『ごめんごめん、ちょっと考え事してたの……じゃあ、私たちのスタンスは決まりってことで良いわよね』
『ああ。俺たちは生き残る。その先の、たった一つの椅子は――君のものだ。それであの日を守れる』
彼がそう言ったのを聞いて、私は彼が全ての覚悟を決めていることを改めて実感した。私のこの感情を彼に話せる日は、きっと来ないだろう。だが、それで良い。そのくらいは、罰を受けても良い。そのくらいであれば、別に構わない。
『じゃあ、俺はそろそろ動くとするよ。もう少しこなれておきたいしな。最初の放送の後で、また連絡する。何か緊急の話があったら呼び出してくれて良い。場所さえ言えばすぐに行く』
『分かった、ありがとう。それじゃあ……』
『お互い、頑張りましょう』
その一言を最後に、私は通信を切った。そして窓の外に眼をやる。その時に気づいた。道路の向こうに、人影が見えることに。
夜闇のせいで、相手が誰なのかは視認できない。しかし相手も条件は同じのようで、こちらに気づいている素振りはない。他の生徒の攻撃を警戒してか、懐中電灯を使おうとはしていない。
何とかやり過ごす必要があった。
私は音を立てないよう、自分の荷物とデイパックを持って、家の奥へと移動することにした。
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