BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第9話〜迷走の章・6『希望』
鞘原澄香が出発していく姿を、悠斗はずっと見つめていた。
完全に恐怖に染まりきったその表情は、その脳裏にしっかりと刻み込まれている。澄香のあの姿……。それが「殺し合い」というものの何たるかを如実に示しているような気がした。
すると古嶋が、こちらの方に顔を向けて言う。
「じゃあ次、男子7番、志賀崎康くん」
言われて、傍にいた康が立ち上がる。その時、ようやく悠斗は古嶋が顔を向けていた相手が康だったのだと分かった。
康の出席番号は、さっき古嶋が言ったとおり男子7番。女子6番の鞘原澄香が既に出発した今、説明通りならば次に出発するのは男子7番の康ということになる。
そこで悠斗は、ふとその出発順を考えた。
康から悠斗の間には、園崎恭子(女子7番)、篠居幸靖(男子8番)、玉山真琴(女子8番)、永市、津倉奈美江(女子9番)、高埜道昌(男子10番)、戸叶光、所真之介(男子11番)、夏野ちはる(女子11番)、中山久信(男子12番)、沼井玲香(女子12番)とかなりの人数のクラスメイトが出発する。そのうち、永市についてはさほど心配する必要はない。
永市は基本的に反骨精神の強いタイプで、プログラムについても怒りを露わにしたことがあった(確かその時は、峻の従姉がプログラムで死んだという話を聞いた時だったと思う)。そんな彼がこのゲームに乗る可能性は、ほぼゼロと言って良いだろう。
しかしその他のクラスメイトたちについては、そのあたりの保証はできない。
――俺は、他のクラスメイトをほとんど知らない。
悠斗は正直なところ、自分に近い友人たちのことしかほとんど理解していない。同じバスケ部の原尾友宏(男子14番)のことも、彼の交際相手の星崎百合(女子14番)のことも、さほど知らない。この状況下で、誰が信用できるのか。それがほとんど分からない。そのことをここまで不安に思う時が来るなどとは、思いもしなかった。
康や永市との間が開き過ぎている。それはすなわち、この駅舎の外の世界で彼らと合流できる可能性を著しく下げることになる。そしてその間には、悠斗が信用をしきれない者も出発するのだ。
悠斗は、強い恐怖を覚えた。
――……俺は、俺たちは……どうなってしまうんだろう。
脳内を、そんな言葉の羅列が埋め尽くそうとし始めている。そんな自分に耐えられず、悠斗は助けを求めるように視線を動かす。その先には――直美の姿がある。しかし、彼女は悠斗には気付かない。
「……おい、悠斗。どうした?」
その時、隣から声をかけられた。我に返って悠斗が反応すると、永市がこちらをじっと見ている。
「い、いや。何でもない、うん」
「――まあ、こんな状況だし混乱するのは仕方ないよな。それより……これを見てくれ。それで、見終わったら峻や真之、健太にも渡しといてほしい」
そう言って、永市は何かの紙切れを差し出す。メモ帳か何かの切れ端のように見える。悠斗は怪訝に思いながらも、その紙切れを見てみることにした。
『地図の南西、ショッピングモール』
紙切れには、丁寧で整った筆跡でそう書かれている。文面を見て、悠斗は改めて古嶋が書いた地図を見る。地図の左端に描かれた駅舎の南に、確かに『ショッピングモール』とやや小さく書かれている。
――この字……見覚えがある。
「これ、ひょっとして――」
「ああ。康が書いたんだ。シャーペンを学ランの中に持ってたんだってよ。全く……頭だけじゃなく運まで良いなんてな」
永市は、悠斗の言葉を途中で遮って言う。
「やっぱり。こんなことするのはあいつくらいだ」
そう言って、悠斗は紙切れを近くにいた峻に渡す。そして永市の言っていた通りの伝言をした後、康の姿を探す。すると、ちょうど康は古嶋のいるほうへと歩いているところだった。先程出発した、澄香のように。しかし彼のその姿に、恐怖の色は見えない。少なくとも、悠斗にはそう感じられた。
そして康は、古嶋の前に立つ。それと同時に、島居が康に向かって私物のスポーツバッグを投げ渡した。それを康は無造作に受け取る。
「志賀崎くん。頑張れよ」
古嶋がやたらにこやかな笑顔を振りまきながら、言った。
「……俺はこんなゲーム、絶対に乗らない。アンタらこそ、首を洗って待ってるといい」
「なかなか、言うねぇ。まあ、楽しみにしてるよ」
古嶋がそう言うと、軍服男が康にデイパックを投げ渡した。康はそれをやや乱暴に受け取る。
「じゃあ、出発の前に宣誓をしてもらいます」
そう古嶋が言う。そして康は心底嫌そうな表情を見せながら、大きな声で、しかしかなり乱雑に宣誓をした。
「私たちは殺し合いをする。私たちは殺し合いをする。私たちは殺し合いをする。やらなきゃやられる。やらなきゃやられる。やらなきゃやられる。これでいいんだよな?」
「まあ、ね。じゃあ、頑張って」
古嶋にそう言われると同時に、康は階段へと走っていく。そしてその階段を駆け上がる康の姿は、やがて見えなくなった。
しかし、悠斗はもうそれほどまでは不安を感じてはいなかった。
あの康の態度と、冷静さ。その姿には見る者を安心させるものがあるのだ。悠斗は少しだけ、この先に希望が持てるような気がした。
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