BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第8話〜迷走の章・5『出発』

 あまりの出来事に、悠斗はただ茫然としていることしかできなかった。
 軍服の男たちに全身を鉛弾で貫かれ、今はうつ伏せに倒れたまま動かない御手洗均。彼が死んでいるのは誰の眼から見ても明らかだった。
 悠斗は均と仲が良かったわけではない。むしろ、やたらに暴力を振るう彼のことは口にこそ出さなかったがあまり好きではなかった。だが、だからといって……。

――こんな簡単に……死ぬのか!

 目の前に突きつけられた現実に、頭がくらくらする。こうもあっさりと、クラスメイトが死ぬ。その光景を見せられてようやく、悠斗は自分たちがプログラムという最悪の殺し合いゲームに参加させられるのだということを認識するに至った。
 少し横を見てみると、康の表情が窺える。その表情には静かではあるが怒りの感情が感じられる。康の手が強く握りしめられているのが分かる。
 そして永市は、真之とともに峻と健太についているようだ。均の死に様は二人にとってかなり強烈なものだったようで、少し気分が悪そうにしていた。

「それじゃあ、本格的にプログラムのルール説明を行いたいと思います」
 古嶋はそんな状況も全く意に介さず、それまでのように話を続け始める。
「ルールはたったひとつ。最後の一人になるまで殺し合う、これだけです。特に反則というものはないです。次に、先程阪田さんが質問していた、場所についても説明しておきます」
 そう言うと、古嶋はホワイトボードにペンで大きな正方形を書きだす。そして正方形の下の方にやたらカクカクした線を引き、その外側に青いペンで斜線を入れていく。
「大体こんな感じの、港町ですね。今皆さんがいる場所はこんな場所です。そしてこの建物は……」
 そこで言葉を止めた古嶋は、地図の真ん中左端に縦長の長方形を書き込んだ。
「ここになります。この町の駅舎ですね。皆さんには今いるこの駅の地下街から上に出てもらい、ゲーム開始となります。そしてこの正方形の中を……」
 言いながら、古嶋は今度は描かれた地図に線を引いて縦十個、横十個ずつの正方形に分けていく。
「このようにいくつかのエリアに分けています。左上から横にA−1、A−2……。その下はB−1、B−2……といった感じですね。なおこの駅舎はE−1エリアとF−1エリアにまたがって建っています」

――何でまた、そんなルールが……?

 悠斗には、どうにもその意図が飲み込めなかった。しかしこの後に古嶋がした説明で、その意味を完全に理解することができた。
「そしてプログラム中一日0時と6時、つまり一日四回こっちから放送をします。その放送では、前の放送からその放送までの間に死んだクラスメイトの皆さんの名前と、禁止エリアというものを発表します」
 そこで古嶋は一旦話すのを止め、ホワイトボードの地図の脇に『禁止エリア』と書き込みをした。そして再び説明を続ける。
「禁止エリアとなったエリアは、放送で何時から禁止エリアとなるか、というのも一緒に発表されます。そしてそうなったエリアには、入ることができなくなります。また、この駅舎があるE−1エリアとF−1エリアは全員がこの駅舎を出て行ってから20分後に禁止エリアになるので、くれぐれも変な気を起こしたりしないようにね」
「あの……どうやって、入れなくなるんですか?」
 おずおずと手を挙げながら、
夏野ちはる(女子11番)が質問をした。正直なところ、悠斗もちはると同じ疑問があった。一体どうやって、禁止エリアへの生徒の立ち入りを不可能にするというのか。まさか先程の軍服男たちを配置するというわけにもいかないだろう。すると古嶋はにこりと笑みを見せながら、言う。
「良い質問ですね。そこで関わってくるのが、皆さんの首に着いてる首輪です。この首輪は完全防水・耐ショック性で、絶対に外すことはできません! そしてこの首輪は皆さんの位置情報を正確にこちらに教えてくれます。禁止エリアに入った人には、誰が禁止エリアに入ったのかを識別して電波を送ります。すると、首輪は警告音を発し――」

「ボン!」

 突然、古嶋の隣に立っていた島居という白パジャマ女が叫んだ。誰もが驚いていたが、古嶋は動じることなく続けた。
「――とまあ、さっき島居さんが言ったような感じに爆発してしまいます。地図の外に出ようとしたり、実際に出ちゃった人も同じです。まあ、絶対に出られないように万全の準備はしてますけどね」
 その言葉を聞いた瞬間、悠斗の背筋が寒くなった。他の生徒たちはざわめきながら、急に不安になったのか首輪をいじり始めている。中には必死の形相を見せる者もいる。それを見て、古嶋は両手を打ちながら言った。
「はいはい、下手にいじったりしない! 無理に外そうとしても……ボン! だからね」
 その一言で、首輪をいじっていた連中も一瞬にして大人しくなる。
「本当は首輪の威力を説明したかったんだけど、そんな機会がないしなぁ……。さっきの御手洗君で試しておけばよかったかもね」
 古嶋がそんな軽口を叩く。悠斗はそんな古嶋の態度に、強い怒りを改めて感じた。
「はいはい、ちょっと時間かかりすぎてるのでちょっと巻きでいきますよ? あとはこのプログラムにも時間切れはあります。二十四時間の間誰も死ななかった場合は、その時点で生き残っている全員の首輪が爆発します。この場合は時間切れで優勝者はなし、ということですね。まあ、ルールについては以上です。何か質問などはありますか?」
 そう言って、古嶋は悠斗たちを見回す。それにつられて悠斗も周囲を見回すが、特に質問をしようという者はいない。皆の反応は様々だ。
 怒りに顔を歪める者、恐怖で早くも震えている者、まだ冷静さを保っている者、何を考えているのか分からない者――。

――一体、どうなっちまうんだ? 俺たち……。

 そこでふと、悠斗の眼に
井本直美(女子1番)の姿が飛び込んできた。彼女もまた悠斗と同じく周囲を見回していたが、悠斗と眼があった瞬間、眼を逸らしてしまった。
――元の鞘に戻れないまま、死んじまうのかな? 俺。
 暗い気持ちが、悠斗の心を過る。
「質問はなさそうですね。それじゃあそろそろ出発してもらうことになりますが……その前に――」
 古嶋がそこまで言ったところで、軍服男の一人がたくさんのデイパックを載せたカートを持ってやってきた。それを見てから、古嶋は続ける。
「皆さんには出発前にこのバッグを渡します。中には水と食料、地図とコンパス、懐中電灯と……武器が入っていますので、後でちゃんと確認しましょう。なお、私物を持っていくことも許可します。皆さんのバッグはこちらで預かっていますので、出発の際に渡しますね。武器はそれぞれ違うものが入っています。適当に配られるのでアタリもハズレもありますが、男女間のハンデをなくすためなので我慢してね。ああ、それと……」
 そこで古嶋は言葉を切り、少し隣の島居を見た。すると島居が相変わらずの不審な目つきをしながら首を縦に振った。それを見て、古嶋は話を続け始める。
「このデイパックは生徒全員分用意したんですけど、御手洗君が死んでしまったので一つ余ってしまいました。そこで、彼一人分の武器を他のデイパックに混ぜておきますね。もしそれを手に入れたら武器二つで大当たり! ……かもしれませんね」
 そう言うと古嶋は何やら満足そうに頷いてみせる。何に満足したのやら皆目分からない。
「さて、それでは最初に出発する人を発表させていただきます。最初に出発する人はあらかじめくじで決めてありますからね。出発順は、最初が男子1番だった場合、次は女子1番、その次は男子2番……というように2分おきに出発することになります。それじゃあ、島居さん」
 古嶋がそう言って島居の方を見ると、島居は白パジャマの裾を探り始めた。そしてしばらくして、島居は一枚の封筒を取り出した。それを島居が、かなり乱暴に破いていく。やがて中から一枚の紙が出てきた。それを島居が読み上げる。
「女子6番、鞘原澄香さん」
 島居のややたどたどしい声で呼ばれた
鞘原澄香(女子6番)は、まるで全身に電流でも流れたかのような反応を見せる。
「はい鞘原さん、あなたが最初です。早くこちらに来て下さいね?」
「は、はい……!」
 どうやら完全に怯えきっているらしい澄香は、反射的に立ち上がり古嶋のほうへと駆け出していく。
「澄香!」
「スミ!」
 阪田雪乃と
戸叶光(女子10番)が澄香に呼びかける。その声を聞いて澄香は立ち止まり彼女たちの方を向いた。だが……その顔は完全に恐怖に染まりきっていた。悠斗の記憶では、澄香は料理が趣味で家庭科の授業以外ではさほど目立たない、ごくごく普通の女子生徒だ。しかし同時に気立ての良さも感じさせる、そんな子だったはずだ。
 しかし、今の澄香の表情にはそんな普段の彼女の面影は一つも感じられない。
「鞘原さん?」
「す、すみません!」
 古嶋の再度の呼びかけに過敏に反応した澄香は、島居から私物のスポーツバッグを受け取った。そして直後に、軍服男の一人からデイパックを一つ渡された。
「じゃあ、鞘原さん、出発の前に一つ、宣誓をお願いします」
「せ、宣誓……?」
 澄香がややどもりながら尋ねる。
「ええ、今から三回、こう言ってください。私たちは殺し合いをする。はい、どうぞ!」
「わ、私たちは殺し合いをする! 私たちは殺し合いをする! 私たちは殺し合いをする!」
「次、やらなきゃやられる。はいどうぞ」
「やらなきゃやられる! やらなきゃやられる! やらなきゃやりゃれる!」
 恐怖のせいで噛んでしまったのだろうか、澄香の宣誓は最後の最後で失敗に終わっていた。
「はい、それでは出発してください。頑張って優勝してくださいね?」
 古嶋のその言葉が合図だったかのように、澄香は弾かれるようにして走り出し、近くの階段(古嶋たちが降りてきた階段だ)を駆け上がっていき……見えなくなった。

 <AM0:04>ゲーム、開始。

<残り35人>


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