BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第7話〜『憤怒』
――何だ、あの人を馬鹿にした格好の奴らは……。
それが、突如目の前に現れた海パン姿の男と白パジャマの女を見た浦島隆彦(男子2番)の感想だった。
「何なんすか、あれ? 頭おかしいんじゃないっすか?」
隣に座っていた篠居幸靖(男子8番)が率直な感想を漏らす。あまりにも身も蓋もない言い方だとは思ったが、事実隆彦にもそうだとしか思えない。ジョークにしてはたちが悪い。
――しかし……。
隆彦はそっと首筋に触れる。先程からずっと感じている圧迫感の正体――首にいつの間にか着けられた銀色の首輪。これが不可解だった。この首輪が何を意味しているのか、隆彦には分からなかった(さっきも幸靖や横野了祐(男子18番)に確認してみたが、二人も知らない様子だった)。
その時、海パン男が再び話し始めた。
「はい、はじめまして。俺は今日から皆さんの担任になりました……」
言いかけたところで、軍服の一人が海パン男の横にキャスター付きのホワイトボードを持ってきた。そしてそこに海パン男は、ペンで何かを書いた。
『古嶋 余地夫』
「コジマヨチオと言います。よろしく。それでこちらが俺のアシスタントの……」
古嶋と名乗った海パン男が、隣に立っている白パジャマ女のほうを見る。白パジャマの女は、妙に視線の定まらない目つきでこちらをじっと見る。その眼には何やら狂気のようなものが感じられる。
「はじめまして。シマイマサコと言います」
白パジャマ女は挙動不審な態度をとりつつそう名乗ると、ぎこちなくお辞儀をした。そして古嶋が、ホワイトボードに『島居 マサコ』と書き込んだ。
「あの」
そこで、誰かの声がした。隆彦が声のした方向を見ると、生徒たちの中心部で手が挙がっている。
「はい、何ですか? えーと君は……阪田雪乃さんだっけ? どうかしたかな?」
古嶋の言葉を受けてか、阪田雪乃(女子5番)が立ち上がった。どうやら挙手をしていたのは雪乃だったらしい。雪乃は毅然とした声で、言った。
「私たちは、修学旅行の途中だったはずです。それが急にこんな所に連れて来られたうえ、いきなり新担任ですか? わけが分かりません。うちのクラスの担任は池谷先生のはずです。大体ここはどこですか? それに……」
雪乃は矢継ぎ早に質問を並べ立てる。それに乗っかるような形で他のクラスメイトたちも声をあげ始める。それに辟易したらしい古嶋が、言葉を挟む。
「ちょっと、いっぺんに質問しないで――」
「そもそも、あなたのその格好は何なんです? ふざけてるんですか?」
古嶋の言葉を封じた上で、雪乃が続けた。確かに、そこも多少なりとも気になる。これから水泳の授業をするわけでもあるまいし。
「でもそんなの関係ねぇ!」
雪乃の質問に、古嶋はこの一言で返した。そして次の言葉を紡げないでいる雪乃に対して言い放った。
「大丈夫大丈夫、最初の方の質問に関してはちゃんと答えてあげます。関係ないのは最後の質問だけね」
そして古嶋は、その場にいる生徒たち全員を見回しながら、ごくごくあっさりと言ってみせた。
「君たちは、栄えある今年度第11回プログラムの対象クラスに選ばれました。おめでとうございます!」
その場が、シンと静まり返った。雪乃の言葉に触発されて騒ぎ出していたクラスメイトたちも水を打ったかのように静かになってしまった。
「ぷ、プログラムって、まさか……」
了祐が少し怯えたような目つきでこちらを見ている。
「――ああ。まず間違いなく、例のやつだろうな」
隆彦はそう呟く。近くにいる幸靖と了祐の手前、どうにか冷静さを保っていられるが、隆彦は内心驚愕で満たされていた。その存在を知っていて、そのくせ皆自分とは無関係だと根拠なく信じていた殺し合いゲーム――プログラム。それに自分たちが選ばれた――。
そして古嶋は、話を続ける。
「だいぶ静かになったみたいだし、他の質問にも答えておこうか。まず前の担任である池谷先生は、君たちがプログラムの対象クラスとなったことを知ると大変怒りました。でもこっちが懸命に説得したおかげで、どうにか納得してくれました。まあ……」
古嶋が話を途中で切ると、周囲にいた軍服の男たちが手に持っていた何かを持ち上げた。それは鈍い光を放つ――ライフルだった。そしてその銃口は、生徒たちに向いていた。
「きゃあああっ」
「うわあっ」
銃口を向けられたそれぞれが、それぞれの悲鳴をあげた。隣では了祐ががくがくと震え始めていたが、それを幸靖が必死で宥めている。
「池谷先生にも家庭はあります。ですから、どうか皆先生を恨まないであげて下さい」
隆彦は、担任の池谷潤一のことを考えた。50近いベテランの教師で、隆彦たちのようないわゆる不良に厳しい、まああまり隆彦たちにとっては嬉しくない教師だった。しかしそんな彼が一度は今回の一件に反対したという事実に、隆彦は池谷に対する認識を少し改めなおすことにした。
「さっきからグチャグチャうるせぇんだよ……」
どこかで、そんな声が上がった。古嶋も、誰が発した声なのか探している様子だ。すると、生徒たちの集団の最後部に、派手な金髪頭が見えた。
「プログラムだか何だか知らねぇけどな、俺は人の指図を受けるのが大嫌いなんだよ!」
そう言って立ち上がったのは、その顔に明らかな怒りを浮かべている御手洗均(男子16番)だった。こめかみを震わせながら、均は古嶋と島居を睨みつけている。そして古嶋は、じっと均を見据える。
「ええっと君は、御手洗君だっけ? 君も物分かりが悪いな、状況を理解してほしいんだけど」
「うるせぇ、くだらねぇ真似しやがって! これ以上何か喋るとその口潰して二度と喋れなくしてやるからな……!」
均は構わず吼える。そして今にも古嶋たちに飛びかかっていきそうな態勢をとる。
「仕方ないな……御手洗君、君に最後の機会をあげるよ。ここで大人しくしてくれたら君の生命は保証する。もしそうしないんだったら――」
「出来もしねぇくせにほざいてんじゃねぇ! いいよ、お望みとあらば今すぐぶち殺してやるよ!」
――まずい。
隆彦はそう思った。先程の池谷についての話を聞く限り、奴らは池谷が反対を続けていたら間違いなく池谷を殺していたはずだ。軍服の男たちがこちらに難なく銃口を向けてきたあたりからも、想像はつく。しかし均はそのことに気付いていない。
もともと均は、頭があまり良くない。タイプ的には隆彦たちと同類なのだが、いかんせん暴力的で常に自らの力のはけ口を何かに求めているような奴だ(それ故に均と隆彦たちはつるんでいない。誰彼構わず暴力を振るうような奴とはつるむ気にはなれなかった)。その分思考はかなり短絡的で、今もさほど深く考えてはいないのだろう。
だが、このままではいけない。普段仲の良い相手ではないが、目の前でどうにかなるのは避けたい。隆彦は均を制止するべく立ち上がろうとした。しかしそんな隆彦の腕を、幸靖が掴んだ。
「何するんだ」
「ここで下手に動いたら、隆彦さんがやられちゃいますよ!」
「だが……」
隆彦は幸靖の腕を振りほどこうとする。しかし腕っ節では隆彦以上のものを持つ幸靖の腕は、なかなか振りほどけない。
そうしているうちに、均は古嶋たちへと駆け出していく。
「ぶぅっ殺してやらぁっ!」
均が一声あげながら古嶋たちへと迫る。その状況でも、古嶋は動じる気配さえ見せない。そして古嶋は言った。
「……まさかここまでバカだとは思わなかったよ……撃て!」
その声を合図にしていたかのように、軍服の男たちがその手で構えたライフルの銃口を均に向け、撃った。連続した銃声が重なり合いながら響き、放たれた鉛弾たちが均の身体を次々に貫いてゆく。動きを鉛弾に止められた均の身体が、奇妙なダンスを踊るかのように動き――うつ伏せに崩れ落ちた。そしてそのまま、二度と動くことはなかった。
均の身体の下から、ゆっくりと緋色の液体――血液が流れ出して均の身体の周囲に血溜りを作る。均の近くにいた光海冬子(女子16番)が、悲鳴を上げて座ったまま後ずさる。
しばらくして、悲鳴という名の不協和音が響き渡った。そのメロディーを聴きながら、古嶋はごくごくにこやかに言った。
「余計な邪魔が入りましたが、話を続けますね」
<PM23:53>男子16番 御手洗均 ゲーム退場
<残り35人>