BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第17話〜門番の章・2『通信』
「……やれやれ」
俺はただ一言だけそう呟くと、一息つく。そして手の中にある、トランシーバーを適当に弄ぶ。そして学ランのポケットから、煙草を取り出す。俺が煙草を吸うことを知っているのは、たった一人――彼女だけ。百円ライターの火で誰かに気づかれる可能性も考えたが、自分の今いる場所を考えると杞憂だとしか思えなかった。
今俺は、プログラム会場となったこの街のほぼ中心、F−5エリアにある雑貨屋の中にいる。中心街の外れにあり、少し南には海浜公園が見える。そしてこの街のシンボルだったと思われる、大きな展望タワーもここに入る前に南に見えた。その先には、夜の闇に溶け込んだ海がある。こうして屋内にいても、潮の香りを感じるように思える。
雑貨屋の店内は、雑貨屋という名にふさわしいくらいに品物で雑多としている。店の前に誰かが来ても、俺がいることには気づかないかもしれない。ちょうど良い隠れ蓑だ。
――もちろん、私は生き残るわ。そのための犠牲は、気にしない。
さっきの通信で、彼女はそう言っていた。もし彼女が生き残ることを望まなかった場合は、こっちは途方に暮れなくてはならないところだった。
だが、俺は彼女がその選択肢を選ばないことは最初から分かっていた。彼女はそういう人間ではない。強かで、強い。他の何者にもとらわれることなく、ひたすらに自己のことのみを追求している。そして俺以外の誰にも、自分の本当の姿を見せない。彼女はそうやって、今まで生きてきたのだ。
けれどそれは俺も同じことだった。彼女以外には、本当の姿を見せていない。家族にだって、だ。まあ両親は、せいぜい俺が思春期に入ったんだろう、くらいにしか捉えてはいないだろう。彼らはそのくらい、楽天的だった。
考えながら、俺は煙草に火を点けて咥える。覚悟は既に決めているが、張り詰めすぎるとことをしくじる原因になる。リラックスするためにも、煙草は俺にとって都合が良かった。
あの日、彼女との出会った日から、俺はずっとただ一つの行動理念のもとに生きてきた。彼女との、あの日を守る。ただそれだけのために。
そのためには、邪魔になるものは全て排除してきた。どんな手段を使ってでも、俺と彼女はあの日――俺たちの過去に何者も近づかせないようにしてきたのだ。
ただ、それで良いのかと考えたことがなかったわけではない。
俺と会い、邪魔なものを排除するための話を進めている時の彼女を見て、彼女にこんなことをさせていて良いのかと思う時が何度かあった。俺たちの行動が原因で、他者が不幸になったこともあった。そういう時、少し心が痛んだ。
一度、俺は彼女にそのことを告げたことがある。しかし、彼女はこう言った。
――私たちはもう、こうしていくしかない。それはあの日あの時から、分かっていたことでしょう? だからあなたは『要塞』を作った。ならもう、徹底的にこの生き方を貫く。それで、良いじゃない。
あの時彼女は、そう言うと微笑んだ。その微笑みは、俺のささくれた心を癒すように思えた。同時に、その時から俺は彼女に、この手の話をしなくなった。
変に彼女を不安がらせるような真似は、極力避けることにしたのだ。
――『要塞』を持ちだされちゃな……。
『要塞』。あれこそは、俺があの日を守るために生み出した代物だ。『要塞』などという呼び名をつけたのは、単純な当時の俺の精神から来るものだ。今思うと、俺は本当に子供だったと思わざるを得ない。何とも微妙な気分にさらされる。
だが同時に『要塞』の存在を思い出すことで、俺はその心を引き締めることができているのも事実だ。
『要塞』は、俺たちの状況を改めて認識させてくれる。俺たちはもう、戻れないところまでとっくに来てしまっている。その、事実を。
――あの日を守る。そのために『要塞』は存在するんだ。
そのことを強く心に刻み直すためにも、必要なものなのだ。
そこで俺は、ふと手の中で弄ばれていたトランシーバーを見つめる。そして、つくづく俺たちは幸運だと思った……が、すぐに思い直した。そもそも幸運ならば、こんな殺し合いには参加せずに済んでいる。それどころか、あの日の出来事も起こらずに――。
――何を考えてるんだ、俺は。
そもそもあの日があったから、俺は彼女とこうして深いつながりを得ている。そのこと自体は、俺にとって非常に良いことだったはずだ。そう、彼女という存在を得たこと自体が、俺の幸福。そのはずだ。
――これ以上考えても、仕方がないことじゃないか。俺がやるべきことは、たったひとつだ。
――殺す。クラスメイトを、なるべく多く。
それが俺のやるべきこと。多く殺せば殺すほど、俺と彼女が最後まで生き残る可能性は上がる。彼女が単独で生き残れるかという問題もあるにはあるが……大した問題にはならないだろう。
彼女は、強い。それが十五歳の女子中学生として、正しい強さかどうかはともかくとして、ではあるが。
それに、俺たちにはトランシーバーがある。彼女には、緊急の用事ができたらすぐに連絡するように言ってある。もし彼女が危地におかれるようならば、俺が即座に現場に向かえば良い。そしてその相手の生命を絶つ。それで良い。
今のところ、特に問題はない。このまま進めていけば良い。まあ、とりあえず武器となるものは手に入れる必要がある。現状では何とも心許ない。だからこそこうして雑貨屋に来ているのだが……。
「ん?」
その時、俺は窓の外に人影を見た。闇に紛れて、どうにも外の様子は見えにくいが、おかげで相手も俺の存在には気が付いていないようだ。恐怖からか、周囲を確認しながらゆっくりと歩いている。しかしそれでも、雑貨屋の中にいる俺には気づかなかった。やはりこの場所は、一旦身を隠すには良い場所だったようだ。
俺はそっと、窓から顔を出して人影を眼で追う。海に面した、海浜公園前の道路を西へと歩いていく。そして月明かりに、人影が僅かに照らされた。
――あれは……。
月明かりに照らされたその人物を見て、俺はすぐに移動を始めた。さっそく、動き出す必要が出てきた。また忙しくなりそうな気がした。
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