BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第18話〜『店内』

 プログラム会場となったこの街の南西、エリアでいえばI=2エリアとJ=2エリアにまたがって、この街で一番大きな施設――ショッピングモールがある。東には海浜公園と大きな港が広がり、この街が海と密接につながる街であることを示している。
 そのショッピングモールの入口に、
志賀崎康(男子7番)清川永市(男子9番)は立っていた。
 駅舎で合流し移動を始めて、既に二時間近く経っている。地図で見れば、さほど離れていないように思えたが、実際の距離とは違いがあったのもある。おまけに、他の生徒に襲われたりしないかと永市の探知機をいちいち確認しながら移動していたのも良くなかった。結果として、予想していた以上に時間がかかってしまった。
 途上では銃声も聞こえた。その時は康も永市も、思わず身を竦めて足を止めてしまった。探知器に反応がなかったのですぐに歩き出したが、同時に「誰か死んだのかもしれない」という思いが脳裏を過った。
 しかし、とにかくこうしてショッピングモールへはたどり着くことができた。
「よし、入るぞ永市」
「ああ。悠斗たちが、もう着いてると良いけどな」
 永市はそう言う。しかし、果たしてどうだろうか? 康はそう考えている。
 少し前に聞こえた銃声。あれが康の心に、未だに残っている。あの銃声の主が、もしやる気であったなら? そうだとすれば、このゲームに乗ることを選んだ者はその一人だけとは限らない。一人いるとすれば、それ以上の数は絶対にいる。
 複数人、ゲームに乗った者がいるとしたら、必然的に他の仲間たちがその人物と鉢合わせる可能性は上がる。そうなれば、その仲間が危険に晒されることになる。
 いや、ひょっとしたら既に襲われている者がいるかもしれない。もしかしたら、あの銃声が康の仲間――
天羽峻(男子1番)九戸真之(男子4番)蜷川悠斗(男子13番)本谷健太(男子17番)の生命を奪っているかもしれない。
 そう考えると――康の心は焦りを募らせる。

――いや、悪いほうへ悪いほうへ考えるのは良くない。今は、他の皆が無事ここにたどり着くことを祈るしかないんだ。

「おい康、どうしたんだよ。早く入ろうぜ」
 声がしたのでその方向を見ると、永市が怪訝そうな表情を浮かべながらこちらを見ている。永市は既に、モールの正面入り口のドアに手をかけていた。
「ああ、悪い。ちょっと考え事してた」
「考え事も良いけど、ボーっとすんなよ? こういう状況じゃ、気を抜いたらやばいかもしれないんだしさ」
 永市が、そう言ってくる。その言葉が、少し心に沁みるように感じる。
「分かってるよ」
「なら、良いんだけどな」
 そう言うと、永市はドアを開ける。会場として接収されたときに古嶋たちに指示されたのだろうか、鍵やシャッターの類は掛けられていなかった。あっさりと開いたドアから、康と永市はモールの中へと足を踏み入れた。
 中に入ってみると、モールは電気がないせいで暗いものの、全体的にプログラム以前の状態を保っているように思える。まあ、まだプログラムが開始されてから二時間程度しか経っていないのだから当たり前なのだろうが。
 エントランス周辺は吹き抜けになっていて、天井のガラスから月明かりが差し込むことで、若干の明かりを得ることができている。これならば、懐中電灯なしでもある程度は行動できるだろう。
 その時、永市が少し驚いたような声を上げた。
「康、反応あったぞ!」
 そう言われて、康は永市の探知機の液晶画面を覗き込む。そこには、今康たちがいるフロアの中に、康たち以外の首輪の反応が示されていた。
 康は、永市に言う。
「永市、ちょっとこのフロアを調べてみよう。一応、武器の準備をしておくからな」
「え? でも、メモを渡したメンバーの中の誰かかもしれないぜ?」
 永市が言う。永市の言うことも尤もだ。確かにそう考えたほうが自然だ。しかし、この状況下だ。多少は疑いを賭けて考えたほうが良い。
「念のためだよ、永市。メモを渡したメンバー以外のクラスメイトの可能性も、ゼロじゃないんだからな」
「……それも、そうだな。よし、俺はお前に従うよ」
 そう言うと、永市は笑みを浮かべる。こういう、永市のカラッとした性分には康もよく助けられてきた。きっと、このプログラムという状況でもそうなるような気がする。
「じゃあ、行くぞ。相手の反応次第では――こいつが必要になっちまうかもしれない」
 康は、そう言って日本刀を鞘に収めたまま永市に見せる。
「出来れば、そうなってほしくないけどな」
「それは俺も同じだよ」
 永市の言葉に、康は即座に返した。

 モール内をチェックしながら、康と永市は移動し始めた。モール内にある地図によれば、ここはフロアごとに区切られている仕組みのようだった。
 最初に康たちが入った吹き抜けのあるフロアには、スポーツ用品店や本屋、眼鏡屋などがメインの場所となっているらしい。他にも外食店のフロアや、子供向けの遊び場があったりするようだ。なかなかモール内は広く、康と永市だけで全部確認するのは骨が折れそうに思える。
「このフロアのどこにいるんだ? 俺たちのことにも、いい加減気づいてそうなのにさ。やる気でもやる気じゃなくても、何か行動を起こすだろ、普通は」
 永市が、少しうんざりしたような口調で呟く。永市も、少々疲労が溜まってきているらしい。
 駅舎を出てから、まともに休んだりはしていない。肉体だけでなく、精神も消耗するこの状況下では、疲労もまた溜まりやすいのだろう。事実、康も疲れを感じ始めてきていた。
「可能性としては、俺たちが誰かまでは確認できてなくて、移動できずにいる。または、既に死んでいるか、ってところだろうな」
「さすがに、後者はないと信じたいよ」
「俺だってそうだよ。じゃあ、最後の店、行くぞ」
 康がそう言って、フロア2階のレンタルビデオ屋に入ろうとした。その時だった。
「だ、誰?」
 店内の隅から、微かに震えた声がする。そしてその声に、康は聞き覚えがあった。
「ひょっとして、健太か?」
 永市が言う。どうやら、永市も俺と同じで、声で相手が誰なのか分かったらしい。
「ま、まさか永市? 永市なの?」
 声の主が、やや弾んだ声で問いかけてくる。永市はその問いに即座に返す。
「ああ、俺だ。清川永市だ。康も一緒にいるぞ」
 すると、店の隅からやや背の低い男子生徒――本谷健太が姿を現した。その頭には、何故か黄色いヘルメットが乗っかっている。
「ホントだ、康に永市! 無事だったんだね! モールまで来たのは良いけど、なかなか誰も来なくて不安になって……そしたら誰かの声がしてさ、康たちだとは思わなかったから、すっかりビビっちゃって……」
 健太が申し訳なさそうな顔をして、言う。喜怒哀楽のはっきりした、何とも子供っぽい健太らしい反応に思えた。
「けど、ひとまず健太は無事で良かった良かった……で、健太。その頭のヘルメットは何だ? 何か、安全第一とか書いてあるけどさ」
 永市が、康が抱いた疑問と全く同じ疑問を健太にぶつける。もっとも、康には『安全第一』の文字は見えていなかったが。
「……これ? これが、俺の武器だったんだ。どう考えても大した役には立たないな、と思ったんだけど、使っておくにこしたことはないと思って、ずっとかぶってたんだ。おかげで頭が暑くて困っちゃうよ」
 そう言って、健太は苦笑いを浮かべた。
「まあとにかく、これで一人は無事なのが分かったんだ。健太もこうやってモールまで来たんだし、他の皆もきっとそのうち来るさ」
 永市の言葉に、康は頷く。さすがに永市ほどの楽観視はできなかったが、ひとまず安堵したのは事実だ。
 メモに従って行動してくれている仲間がちゃんといたこと。そして、こうして健太はゲームに乗ることなくここまで来てくれたこと(まあ、健太がゲームに乗る可能性などゼロに等しいとも思えるのだが)。
 久々に、何かほっとした気持ちになった気がした。

<残り33人>


   次のページ  前のページ  名簿一覧    表紙