BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第20話〜迷走の章・7『自責』

「……ん? この道じゃなかったか」
 
蜷川悠斗(男子13番)は、首を傾げながら、行き止まりの道に立っていた。その手には支給された会場の地図と、大振りの鉈のようなナイフ――ブッシュナイフが握られている。

――参ったな。早いところ、康の指定したショッピングモールに行きたいんだけどな……。


 プログラムが開始しあの駅舎を出発してからすぐに、悠斗は適当な隠れる場所を探した。そうして見つけたのが、F−2エリアにあった路地だった。そこならば周囲への警戒もきくし、ゴミ箱などで姿も隠せる。
 そして地図とコンパス、そして支給された武器のブッシュナイフを見つけ、取り出した。
 ひとまずそれらを手にとって、ショッピングモールのあるI−2エリアへ向かうことにした。

 しかし、そこで一つ困った問題が発生した。
 悠斗は、地図が苦手だった。学校でも、地理の成績はいつも良くはなかったし、コンパスを使うのも苦手にしていた。おまけにF−2エリアの周辺は、大きな通りがあるかわりに路地も多い。なるべく近道をしようと考えて移動をしていると、徐々に方角が分からなくなってしまう。
 その結果、ただ南へと進むだけだったはずの道に迷って、こうして隣のF−3エリアへと出てきてしまった。


――こんな調子じゃ、いつまでも康たちのところに着けないぞ……。
 悠斗の心に、徐々に焦りが浮かび始めていた。

――直美は、無事だろうか。

 ふと、すっかり疎遠になってしまった恋人――
井本直美(女子1番)のことを考える。こういう時に、志賀崎康(男子7番)たちのことを考えないのは失礼な気もしたが、仕方がないだろう。
 こういう不安な時こそ、明るく温かみのある彼女の笑顔を見たいと思う。彼女が傍にいれば、どんなに救われるだろう。そんなふうに考える。
 しかし、そんな考えは極力脳内から排除したほうが良い。彼女も、この状況下で強い不安を覚えながら生き続けているはずだ。そんな時に彼女を頼りにする、それは自分自身のエゴのように思えてならないから。直美自身のために、そんな甘い考えは持ってはいけない。
 けれど、やはり直美に会いたい。それは、切実な願いだ。
 修学旅行で、何とか彼女と話し合おう。そう思っていた。その矢先のプログラムだ。
 たった一人しか生きて帰ることのできない、厳しいルール。だが悠斗には、そのルールに従おうという気は起きなかった。それはすなわち、康たちも、直美も殺すということだ。自分の手で殺さなかったとしても、悠斗が生きて帰ることと悠斗が他の生徒たちを殺すことはほぼ同義なのだ。
 だがそうなれば、悠斗自身生きて帰ることはできない。かといって、自分も康たちも、直美も生きて帰ることのできる方法など、悠斗には到底思いつかないものだった。
 しかし康ならば、何か良いアイデアを出してくれる可能性はある。今のところは、その可能性に縋るしかないのだ。
 そしてその結果自分たちがどういう結末を迎えるのか――それは分からない。しかし、どんな結果が待っているにせよ、やはり直美とは会っておきたい。そして、話し合いたいのだ。わけが分からないままに疎遠となってしまった関係を、何とかしたいということ。そして何よりも、何故彼女は、自分と距離を置くようになったのか。それだけは、絶対に知っておきたいことだ。

「直美……今、どこにいるんだ?」
 そう呟いた、その時だった。悠斗の耳に、何か声のようなものが飛び込んできた。女子のものと思われる……悲鳴のような声が。
――まさか、直美じゃ……!
 悠斗はその声を聞いた瞬間、一つの光景を想像してしまった。直美が他の生徒に銃か、あるいはナイフか……何らかの武器を使って襲われている光景を。
「直美っ!」
 悠斗は思わず、声のした方向に駆け出していた。声の主が本当に直美かどうかも考えてはいられなかった。もし直美だったら。そんな可能性ばかり考えていた。

 声のした方向――そこは、大きな通りから脇へと外れる道、その路上だった。その路上に、人影が二つ。何やら組み合っているように見える。悠斗は、人影の正体を知るためにさらに接近した。そして二つの人影に向かって、よく眼をこらして見た。
 一人は……
鞘原澄香(女子6番)。完全に恐怖に染まりきった表情で、駅舎を最初に出発していった彼女だった。彼女の表情は、既に普段の気立ての良さが微塵も見えない。目の焦点は合っておらず、酷く顔を歪めてもう一つの人影に向かって金属製の棒らしきもの――特殊警棒を振り回している。
 もう一人は――
光海冬子(女子16番)だった。彼女は、トレードマークの艶やかな黒髪を揺らしながら、澄香が振り回す特殊警棒をその手に持ったフライパンで必死に受け止める。
 金属音が、周囲に響く。
 どうも雰囲気から察するに、澄香が冬子に襲いかかっている、というのが一番自然なようだ。どうもこの状況下で完全に理性を失ってしまったらしく、その動きには理性の欠片も感じられない。
 今のところは、冬子がどうにか澄香の攻撃を防いでいるようだが……澄香のメチャクチャな攻撃に押されて、すっかり冬子が劣勢となっている。ただ澄香の攻撃をフライパンで受け止めているだけだ。
――悠斗は、この状況を放っておけるほど薄情な人間ではなかった。

「やめろ!」
 そう一声あげると、思わず澄香と冬子の間に飛び出していた。悠斗の突然の出現に、冬子が何やらぽかんとした表情でこちらを見ているのが分かる。そして澄香は……。
「う、うあああああーっ!」
 まるで自らを鼓舞するかのように一声吼えると、特殊警棒で悠斗へと殴りかかってきた。
「くうっ」
 咄嗟に、悠斗は右手に持っていたブッシュナイフでその一撃を受け止める。左手に持っていたコンパスが衝撃でどこかへと飛んでいってしまったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。
 澄香の一撃は、やけに重かった。彼女は特に力があるわけでもない、ごく普通の少女だったはずだ。にもかかわらず、こうまで強い力を今、発揮している。
――これが、追い詰められた人間の力ってことなの、か?
 ブッシュナイフを即座に両手で持ち、思いきり振り払う。攻撃をかわされた澄香は後ろに転んだが、すぐに立ち上がってまた攻撃を仕掛けてこようとしている。
「やらなきゃ、やられる! やらなきゃ……やられる!」
 自分に言い聞かせるかのように、澄香が声をあげる。そしてまた、悠斗に向かって特殊警棒を振り上げながら向かってきた。
――くそっ!
 もう一度、悠斗はブッシュナイフで澄香の攻撃を受け止めようとした。しかし、できなかった。彼女は先程とは違い、悠斗の持っていたブッシュナイフを目掛けて特殊警棒を振るったのだ。その一撃はブッシュナイフの峰に当たり、ブッシュナイフは悠斗の手からこぼれてアスファルトの地面に金属音をたてて転がった。
――しまった……!
 思わず、悠斗はブッシュナイフを拾いに走る。そしてブッシュナイフを拾い上げ、振り返ると――その隙に接近していた澄香が、特殊警棒を悠斗の頭目掛けて振り下ろそうとしていた。
「あ……っ」
 悠斗は、喉に何か痞えたような声しか出せなかった。目前に迫る危機と、その先の死を予感して反射的に眼を閉じた。

――まさ、か……俺、ここで死ぬのかよ……。
――そんなの――そんなの、嫌だ!

 一瞬の思考だった。死にたくない。その思いから、悠斗はブッシュナイフを思いっきり横薙ぎに振るった。狙いなどありはしなかった。ただ、悠斗自身の生存本能がさせた行動だった。
 直後、悠斗は自分の顔に何か生温かいものが降り注いでくるのを感じた。その生温かいものに触れてみると、触れた手が顔の上を滑った。
 何が何だか分からず、悠斗はそっと眼を開けてみた。そして……悠斗は見た。緋色に濡れた自分の手と、ブッシュナイフ。そしてその胸に横一文字に大きな切り傷を作って、そこから鮮血を滴らせる澄香の姿を。
「え……」
「う、あ――」
 声にならない声を、澄香が震えながら言う。彼女が何を言おうとしているのか、悠斗には分からなかった。だがその眼は、先程までの狂気はすっかり薄らいで、悠斗が知る鞘原澄香のものになっていた。彼女は、じっと悠斗を見つめていた。何かを懇願するように。
 そして、そのまま仰向けに倒れた。そのまま澄香は動くことはなく、胸の傷口から溢れる血が彼女の身体の周りに広がっていった。

――嘘、だろ……?

 悠斗が眼を閉じた状態で放った一撃。それは彼に接近していた澄香の胸を横一文字に切り裂き、致命傷を与えていたのだ。悠斗はもう一度、自分の手と、血に染まったブッシュナイフを見つめた。
「俺、が……鞘原を、殺し、た?」
 発した言葉が、途切れ途切れに自分の耳に届く。声帯が震えているのだろうか、上手く声が出せない。
「俺、人を――クラスメイトを……殺し、て……」
 思わず頭を抱えていた。そして、自分のやったことを明確に認識した。自分は、人を殺してしまった。襲われたとはいえ、クラスメイトを殺してしまったのだと。
「こ、殺すつもり、なんて。なかった、のに。なんで……」
 自分の行いに恐怖した。殺すつもりはなかったのだ、本当に。ただ、無我夢中で、死にたくなくて。それだけだった。だが、その結果――澄香は死んだ。悠斗自身の手にかかって!
 身体中が震えだし、その場にへたり込む。立つことさえままならないほどに、悠斗の精神は憔悴しきってしまっていた。
「そんな、そんな――」

「蜷川、くん」

 背後から、声をかけられた。突然のことに驚きを隠せないまま、悠斗は振り返った。すると、冬子がじっとこちらを見つめている。悠斗の眼を、その双眸で見据えていた。
「光、海」
「……あんまり、自分を責めないで」
 冬子が、言う。その眼は相変わらず悠斗の眼を見据えたまま。彼女は人の眼を見て話すのに慣れている、と場違いな感想を少しだけ感じた。
「鞘原さんは、いきなり私に襲いかかってきたの。どうももう正気ではなかったみたいで……私、きっとあのままじゃ鞘原さんに殺されてたと思う。でも……蜷川くんのおかげで、助かったの。私、凄く感謝してるわ」
「でも、俺――鞘原を……」
 そう言いかけたが、冬子がそれを遮るかのように眼前に右手を差し出した。それ以上言わないように。そういうサインに見えた。
「結果はどうあれ、蜷川くんは私を助けてくれた。その事実に、変わりはないの。それに、あなたに鞘原さんを殺す気はなかった。それは間近で見てた私が一番良く分かってる。だから、ね」
 そこで一旦冬子は言葉を切り、そして続けた。
「それ以上自分を責めないで。何もかもあなたが悪いわけじゃないんだから。そしてここに、あなたのおかげで助かった人間がいるんだから」
 冬子は、そう言うと微笑みを見せた。少し無理をして見せているようにも見えるその微笑は、何だか悠斗の心を包み込んでくれるようにも感じて――癒される気がした。

「まずは、ここから移動しましょう? 少し、落ち着いたほうが良いと思うし」
 冬子はそう言って、へたり込んだままの悠斗に、手を差し出した。そして悠斗は、戸惑いながらもその手を握った。

 <AM3:49>女子6番 鞘原澄香 ゲーム退場

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