BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第22話〜『誓約』
プログラム会場のある街のシンボル、展望タワー。いつもならば夜は鮮やかにライトアップされて港町の夜を彩るのだろうが、今は真っ暗で風情はない。
その展望タワーがあるエリア、G−4エリアをひたすらに走る一人の少年の姿があった。その手には、一丁のサブマシンガン――イントラテックTEC−DC9サブマシンガンが握られている。
「何で、何でこんなことに……」
少年――天羽峻(男子1番)は、そう呟きながら後ろを見る。峻の背後から、彼を追う人影がある。少し前から、その人影は峻を追い続けていた。
もともと、峻は志賀崎康(男子7番)に渡されたメモに従い、ショッピングモールへと移動していた。その過程で、F−5エリアを通りがかった。ただそれだけだったのだ。
しかし突然、背後から拳銃で撃たれた。何が起きたのか最初は分からなかったが、冷静になるにつれて状況を理解した。
――自分は、狙われているのだ、と。
それからずっと、こうして襲撃者から逃げ続けている。
峻も必死になって逃げているのだが、いかんせん文科系ゆえに体力には自信がない。そう簡単には相手を振り切れる気はしなかった。 そんな時、背後の人影が、その手に持ったもの――拳銃をこちらに向けて撃ってきた。
「うわあっ!」
顔のすぐ横を、何かが通り抜けていくのが分かった。弾は逸れたが、相手は確かにこちらを、殺す気で狙っていた。
自分を殺そうとしている人物の顔を、峻は微かにではあるが見ていた。あれは確か……岡元哲弥(男子3番)だったはず。普段全く接点がないせいで、どうにも自信が持てない。しかし、彼が自分を狙って攻撃してくるということはすなわち――哲弥はゲームに乗っている、ということだ。
――逃げ切るためには……。
走りながら、峻はその手に握ったイントラテックを見る。峻に支給されたこのサブマシンガンは、一応いつでも使えるようにはしてある。しかし……峻にはこの銃を使う気はなかった。
峻には、四つ年上の早紀という従姉がいた。早紀は隣の岡山県に住んでいて、峻も時々家族ぐるみで早紀の家に行っていた。
早紀は誰とでも打ち解けることのできる、朗らかで親しみの湧く人物だった。そんな早紀を峻は誰よりも慕い、早紀の家に遊びに行くのを楽しみにしていたし、早紀が神戸に来ると聞くと大はしゃぎした。
しかし四年前、早紀は突然死んでしまった。当時峻は、両親からも「早紀ちゃんはもういない」としか説明してもらえなかった。彼女がプログラムに参加させられて死んだことを知ったのは、それから少し後、早紀のことを知りたがる峻の姿に耐え切れなくなった母から説明された時だった。
――大好きな早紀姉ちゃんが死んだ。プログラムで、殺された。
その事実を知ってから、峻は密かにある誓いを立てた。
――僕は、プログラムに参加することになっても絶対に誰も傷つけない。プログラムなんか、認めない。早紀姉ちゃんを死なせたプログラムなんか、絶対に。
プログラムに参加する可能性自体が極めて低いものだとは思ったが、早紀の死を知ってから、この決意を固めた。早紀がプログラムで何をしたのか、どうやって死んだのか。それを峻は知らない。しかし峻の知る早紀は、人を傷つけるようなことはしない心優しい早紀だった。
きっと早紀は、プログラムという状況下でも人を傷つけるようなことはしなかったに違いない。そう思った。
ならば、自分も決して人を傷つけないようにしよう。そう誓った。もともと争い事が嫌いなこともあって、峻の中でこの思いは確固たるものとして形成されていった。
そして、本当にプログラムに参加することになってしまった。
自分の支給武器がマシンガンだと気付いた時も、峻はこの武器を使う気にはならなかった。この武器を使い、プログラムを行っている側の思うままに操られるのも嫌だったし、何よりもあの誓いを破ることになる。
――だから僕は、絶対にこの銃を使わない。使わなきゃいけないのは分かってる。でも、使いたくない。
いつでも使えるようにしてしまっている時点で、その誓いは折れかかっているのかもしれない。峻はそう思う。だからこそ、峻はこの銃を使うのを拒むのだ。一度引き金を引いたら、もう引き返せなくなるだろうから。
「早紀姉ちゃん……」
早紀のことを、また考えていた。今はまさに大ピンチな状況にあるというのに、どうにも自分の脳は己の危機を理解していない気がする。
その時、また哲弥がこちらへと銃弾を放ってきた。徐々に、向こうの動きが積極的になってきているように峻は感じた。ひょっとしたら、こちらが武器を使おうとしていないことに気づかれたのかもしれない。だとしたら、哲弥はさぞかし不思議に思っていることだろう。峻は一旦、海浜公園の木陰に身を隠した。哲弥はこちらが武器を使う可能性を考慮しているのか、動きを見せない。
だが、それでも峻は絶対に武器を使わない。絶対に、人をこの手で傷つけたりはしない。それだけは何としても守り抜かなくてはいけないのだ。
しかし、このままではいずれ哲弥にやられてしまう。そうなる前に彼を振り切ってショッピングモールへと向かわなくてはいけなかった。
峻は、思い切って全力でショッピングモールの方角へと駆け出すことを決めた。峻が公園に入るために通った出入り口の近くには、哲弥がいるのが見える。こちらを警戒しているようだが、あまりにも峻が動かないことに焦れたのか、一瞬気を緩めたのが峻にも分かった。
――今だ!
一気に峻は木陰から駆け出す。哲弥がそれに気付いた素振りを見せたが、気にせず走る。最低でも、もっと遮蔽物の多いところへと逃げれば何とかなるはずだ。
そんなことを考えながら、峻は走り続けた。そしていつの間にか、今まで以上の潮の匂いを鼻で感じていた。どうやら、より海の近くへと出てきていたようだ。
――南へと下ったはずだから、多分H−4エリア辺り……。
そう、考えていた時だった。一発の銃声と同時に、峻は背中に強い痛みを感じた。衝撃で、身体が揺らぐ。やがて峻の身体は、地面へと倒れこんでいた。
まさか、と思い上半身を痛みを堪えながらどうにか起こし、銃声のした方向を向く。そこには、硝煙の立ち上る拳銃をこちらに向けたまま峻を見下ろしている哲弥の姿があった。少し息を荒くしており、どうやら哲弥のほうも逃げ回る峻に相当苦労させられていたのが分かる。
――ここで、終わるのか? 僕はまだ、死にたくない!
峻は、強い生への意志を自身に感じた。しかし同時に、もう一つの思いもあった。
――僕はこれで、人を傷つけないまま終われるんだ。
志半ばで死ぬはずなのに、その思いのせいか少し充足感もある。何とも不思議な気持ちがする。
ふと、脳裏に一人の女性の顔が浮かぶ。それは、早紀の顔だった。早紀は峻を見て少し寂しげな顔をし、そして微笑んだ。
――早紀姉ちゃん……。
――僕、誰も傷つけなかったよ。僕は、プログラムなんか認めない。
――早紀姉ちゃんも、そうだったんだよね? 早紀姉ちゃんは優しかったから、誰も傷つけたりしてないよね? 僕は……間違ってなかったよね?
その思考を最後に、峻の意識は途絶えた。哲弥が放った一発の銃弾が、峻の額を正確に捉えていた。大好きだった早紀の幻影を見ながら、峻の生命は遠くへと消えていった。
仰向けに倒れ、もう二度と動くことのない峻の亡骸を哲弥はしばらく見つめていた。しかしすぐに峻の右手からイントラテックを奪い取ると、峻のデイパックを開けて予備の弾丸などの必要なものを確保する。
そしてそれらを自分のデイパックに詰め込むと、来た道を引き返しはじめる。同時に、左のポケットに手を入れ……ポケットの中のものを握りしめた。
<AM4:21>男子1番 天羽峻 ゲーム退場
開幕編・終了
鳴動編へと続く――
<残り29人>