BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


鳴動編

Now29students remaining.

第23話〜迷走の章・8『現実』

 夜闇に包まれていた空も、既に日が昇って明るさを増し始めている。そんな中、蜷川悠斗(男子13番)は俯いたまま椅子に座り込んでいた。
 悠斗が目的地としていたショッピングモール――I−2エリアまでもうまもなくといったH−3エリア。そこにあるビルの一階に、彼はいた。このフロアは不動産屋だったらしく、表のガラス窓には物件情報が貼ってあって、外の様子はよく見えない。しかし、この周辺ですんなり入れる建物はこのくらいしかなかったのだ。
 座り込んでいる椅子は、どうも店の人間が客と話す時に使うものらしい。テーブルを挟んで向かい側にも椅子が二脚ある。その一つには、先程まで
光海冬子(女子16番)が座っていた。
 彼女は少し前に、席を外して店の奥へと引っ込んでいる。どうしたのか聞こうかと思ったが、さすがにデリカシーがないと思い聞くのはやめておいた。

――しかし……。

 悠斗は、一つ気になることがあった。それは、冬子のことだ。
 少なくとも、悠斗は冬子のことをほとんど知らない。
夏野ちはる(女子11番)と仲が良く、良家の子女らしいということぐらいしか分からない。男子人気は高いと聞いているが、悠斗は特に気にしたこともなかった。
 そんな彼女が、何故自分と行動を共にしているのか。それがどうもよく分からない。
 もちろん、彼女が
鞘原澄香(女子6番)に襲われていたところを助けた、というのがあるのだろう、とは思う。しかし悠斗にしてみれば、正直なところあの時は聞こえてきた声を井本直美(女子1番)かもしれないと考えて近づいただけだったし、何より澄香をこの手で殺してしまったことはひどく心に突き刺さっている。
 それについても冬子は慰めの言葉をかけてきてくれた。そして悠斗を落ち着かせようとしてくれた。だが、あの光景はもう忘れられないだろう。そういう意味では冬子の慰めも、決して効果をあげたわけではない。
 それでもなお、彼女はこうして悠斗についてきてくれている。少しだけ落ち着いた悠斗がショッピングモールの話をすると、彼女は言った。

――なら、そこに移動しよう? 仲の良い人たちがいれば、蜷川君ももっと落ち着けるでしょ?

 彼女はそう言って少しだけ笑みを見せた。もともと愛想の良い女の子だということぐらいは分かっていたが、この状況下でもこうしていつもの自分を保っている点は、素直に凄いと感じた。
 やがて、店の奥から冬子が戻ってきた。表情はこれまでと変わりなく、柔和な印象を受ける。
「やっぱり、眠るのは無理だった?」
 冬子が、そう声をかけてきた。悠斗はしばらく黙っていたが、僅かに首を縦に振った。
「そう。まあ、仕方がないんだろうけど、ね」
 そう言うと、冬子は悠斗の向かいにある椅子に座った。何やら頬杖をついて物思いに耽っているような素振りを見せている。その姿が、悠斗には少し意外に思えた。いわゆる『お嬢様』な冬子は、何というか骨の髄まで厳しく躾けられてきたイメージがあり、頬杖をついて少しだらしなくなるようなイメージはなかったからだ。
 しかしよく考えれば、悠斗は彼女のことを良く知らないのだ。悠斗が抱いているのは自分の知り得る情報からイメージした、彼女の姿でしかない。

『はい、皆さんおはようございまーっす』
 突然、悠斗の耳にやたらと呑気な声が響いた。悠斗はこの声に聞き覚えがあった。あの時、駅舎で悠斗たちの前に現れた海パン男――古嶋の声に間違いがなかった。
――嫌な声、だな……。
 できれば、二度と聞きたくはなかった声だ。しかし奴の声が聞こえてきたということは、奴らが言っていた放送の時間――6時になったということだろう。
『皆さん元気にやってますかー? 担任の古嶋です。午前6時になりましたので、皆さんに説明したとおり、放送を始めたいと思います。重要な情報ばかりなので、そんなの関係ねぇ! とか言わずにチェックして下さい!』
 そう言われて、悠斗は反射的にデイパックの中にしまってある地図を取り出そうとする。しかしどうにも手間取ってしまう。それを見ていた冬子が言った。
「大丈夫。私がメモしておくから、後で写せば良いじゃない」
「……ああ」
 悠斗がそう呟いた直後、古嶋の声がまた響き渡った。
『じゃあまずは、これまでに死んだクラスメイトの名前を読み上げます。死んだ順番です。男子16番、御手洗均くん……は皆知ってるよな。次に、女子13番、比良木智美さん。男子4番、九戸真之くん』

――真之!?

 聞き慣れた名前に、思わず悠斗は反応していた。大事な友人の一人、
九戸真之(男子4番)の名が、確かに読み上げられたのだ。動揺しないはずがなかった。
――まさか、真之が? こんなにあっけなく、死んだ? そんなことが……。
 そんな悠斗の思いとは関係なく、古嶋の放送は続く。
『女子12番、沼井玲香さん。女子2番、乙子志穂さん。女子6番、鞘原澄香さん。男子1番、天羽峻くん。以上7名でした。まずまずのペースだけど、もうちょっと頑張ってほしいかな』
 もう、悠斗には何が何だか分からなかった。自分がこの手で殺した
鞘原澄香(女子6番)の名前を聞いて、やはりあの出来事は現実なのだと認識し、直後に聞いた天羽峻(男子1番)の名前に、さらなる追い打ちを受けた。
 既に親友と呼べる人間が、二人もこの世から消えてしまった。特に峻は、悠斗にとっては
清川永市(男子9番)と共に小学校から仲良くやってきたのだ。その峻とは、もう二度と会えない。真之ともだ。そんな事実を、悠斗は受け入れたくはなかった。しかし、その脳はいとも容易く受け入れてしまう。均と澄香の死を眼の前で見た悠斗にとって、死という現実は早くもその脳に刷り込まれてしまっていた。そのことに、ようやく悠斗は気づいた。
 ふと気がつくと、冬子がこちらを見ていた。彼女に悠斗が目を向けると、冬子はすぐに地図とそれに付属した名簿に視線を落とし、ボールペンで名簿に線を引いていく。
 古嶋の放送は、まだ続く。
『次は、禁止エリアです。それじゃ、島居』
 古嶋がそう言うと、一旦声が途切れる。小さく、怒鳴るような声が聞こえたが内容はよく分からない。そのまま待っていると、今度は古嶋とは別の――島居とかいうあの白パジャマ女の、相変わらずやたらたどたどしい口調の声がした。
『はい、どうも島居マサコです。禁止エリアの発表は、私がさせていただきます。今回は、三つです。まず7時に、A−8』
 悠斗は、そう言われて冬子の持っている地図を覗き込む。会場の北の端……山のふもとだ。
『次に9時から、E−10』
 会場東端の、海に面したエリアだ。地図によれば、海浜公園の範囲内でもある。
『最後に11時から、H−8。以上です』
 エリア南の、これまた海に面したエリアだ。冬子が全てをチェックし終わったのとほぼ同時に、島居が言った。
『これで今回の放送は終わりです。皆頑張って、次の放送を聞きましょう。それじゃ――ヒットエンドラーン、ヒットエンドラーン! バッティングセンターで……』
『ああもう島居、うるせー! じゃあ、皆またね』
 島居の奇声を止めるかのように割って入ってきた古嶋の一言と共に、放送は終了した。

 放送が終わった後も、悠斗は動けずにいた。峻と真之、もう二人も友人を失ってしまった。この調子でプログラムが進んでいったら、永市や
志賀崎康(男子7番)本谷健太(男子17番)も、そして直美も、生命を落とすことになるのだろうか。
 それだけは、嫌だった。そんな事態だけは、避けたいと思っている。
 しかし動かない。悠斗は、自分が恐れていることを自覚した。澄香の生命の灯火をこの手で消し去った時のことを、思い出す。
 確かに、あれは悠斗が彼女を殺そうとしてやったことではない。しかし、あの行動が彼女を死に追いやったのは紛れもない事実。ここで自分が動いて、またあの時のような事態が引き起こされることが恐ろしいのだ。
 だが、動かなくてはならない。早く、康たちのいるであろうショッピングモールへ行かなくてはならない。
――峻も真之も死んだ……。きっと康たちは、心配してる。早く、顔を出さないと……。
 その時、向かいの席に座っていた冬子が立ち上がると、立てずにいる悠斗の腕を取る。そして、悠斗に肩を貸してきた。
「動きたくても、動けないのなら――私が手伝うわ」
「け、けど……」
「大丈夫。男子に肩を貸したことなら以前にもあるから。蜷川君が言ってたショッピングモールも、もう近くだしね」
 冬子はそう言うと、少し力を入れて悠斗ごと立ち上がった。それでもやはりきついのか、少し震えている。だが、悠斗にはそれだけで十分だった。人の力を借りてとはいえ、ようやく立ち上がれたから。
「ありがとう、光海さん。でも大丈夫、もう、一人で立てるからさ」
「そう? 分かったわ」
 悠斗の言葉に応えて、冬子は悠斗から離れる。そして移動のために、荷物を片づけ始めた。それを見て、悠斗もデイパックとスポーツバッグを手に取る。放送の内容を写せてはいないが、それは向こうについてからでも十分だろう。
「よし、じゃあ行こうか」
 悠斗はそう言うと、外の様子を慎重に伺いながら扉を開ける。それに、冬子が続いた。

<残り29人>


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