BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第24話〜『確信』

 浦島隆彦(男子2番)は、足元に転がる亡骸を、じっと見つめていた。背後では篠居幸靖(男子8番)がその手に持ったジェリコを構えつつ周囲を警戒している。横野了祐(男子18番)は、幸靖と同じように周囲を見回しているがその立ち振る舞いには少し怯えが見える。
 隆彦の足元の死体――それは
比良木智美(女子13番)のものだ。すっかり鬱血してその顔は赤黒く染まってしまっている。首筋には、紐のようなもので絞められた跡がある。もはや本職の人間でなくとも、絞殺されたのだとはっきり分かる。
――せっかく良い顔してたのに、酷いことしやがる。
 智美は、どちらかといえば隆彦たちに近い側の生徒だった。
中山久信(男子12番)と幼馴染だとかで、時々久信と話しているところを見たことがある。少し大人びたところのある、しかし決して完全なる不良とは言い難いタイプの女子だった。
 とりあえず、隆彦はその場にしゃがみ込むと智美の眼を閉じさせ、亡骸を整えてやる。死後硬直なのだろうか、整えるのに少々苦労したが仕方がない。せめてもの礼儀だ。この国の総統とやらが言っているからでは、決してない。
 そのまま、隆彦はしばらく考えていた。

 古嶋の放送が終了して、既に20分ほどの時間が経っている。
 結局、あの後F−7エリアに久信が姿を見せることはなかった。あまり長く待ち続けることもできず、仕方なく隆彦たちは移動を始めた。現状の敵である政府――古嶋たちを倒す方策はまだ見つかっていないが、とりあえず敵の根城であるあの駅舎をもう一度見ておこう、という結論が出たためだ。
 その間、幸靖と了祐は久信が来なかった理由を色々と考えていたようだ。やれ途中で誰かに襲われて怪我でもしたのではとか、怯えきって移動できなかったのではないかとか、色々な可能性を挙げていた。
 だが、隆彦は全く別の可能性を考えていた。すなわち――久信がゲームに乗った、という可能性だ。
 この可能性はずっと考えていたことだが、最後まで彼が姿を見せなかったことから、隆彦の中ではほぼ確信へと変わっている。
 久信は、隆彦や幸靖ほどの強さはないが、同時に了祐ほど優しい男でもない。絶対にゲームに乗らない、と自身を持って断言できるタイプの人間ではないのだ。
――もう、久信が俺たちと合流しようとする可能性は……ほぼゼロ、だな。
 隆彦は内心、そう考えていた。
「ん……?」
 その時、隆彦の眼に何かが映った。智美の亡骸の横に、何かが落ちている。それを、隆彦はそっと拾い上げた。まだ真新しい、銀色のライターだ。見た目はそれなりに精巧だが、どうにもちゃちな代物だとすぐに分かった。
 そして隆彦は、このライターに見覚えがあった。

――まさか……。

「――どうか、しました? 隆彦さん」
 了祐がそう声をかけてくる。その表情は、まだ見慣れない死体を目の当たりにして怯えていた。まあ、それについては仕方がないだろう。
 隆彦は、自分の中でずっと抱き続け、そしてたった今完全なる確信に至った事柄を幸靖たちに話すことにした。
「幸靖、了祐。どうやら久信はゲームに乗っちまったみたいだ」
「え? 何で、そんなことを……」
 周囲を警戒していた幸靖が、隆彦の言葉に驚いたのか少々素っ頓狂な声をあげた。誰かに気づかれたらどうする気だ、とも思ったが、今は気にしていてもしょうがない。
 とりあえず、隆彦は幸靖と了祐に先程見つけたライターを見せた。それを見た瞬間、了祐が言う。
「それって、確か久信の……」
「そ、そういえば」
 了祐が言ったのを聞いて、幸靖も思いだしたように呟く。
「ああ。これは、久信が使ってたライターだ」
 隆彦は、確信をもって言う。隆彦は、久信がこのライターを買うところをこの眼で見ているのだ。


 半月前に、隆彦は久信と共に繁華街へ遊びに出た。いつも通り久信はナンパ目的で出かけたようだったが、隆彦と共に出かけることで変な奴に絡まれることを避けたかったらしい。隆彦自身も暇をしていたので、この誘いはちょうど良かった。
 その時、久信が露天商から何かを買っているのを見た。気になった隆彦は、彼に何を買ったのかを尋ねてみたのだ。すると久信は言った。
――ライターだよ。最近ちょっと煙草に興味が出てきてな。別に吸うって決めたわけじゃないんだけど、好みのライターを見つけたもんだからさ。
 久信がそう言って見せたライターは、確かに今隆彦が見つけたライターと同じものだ。結局彼は煙草は吸わなかったのだが(何でも「ナンパするのに口がタバコ臭かったらアウトだってこと忘れてた」んだとか)、この時買ったライターは気に入っていたらしくいつも持ち歩いていた。


 そのライターと同じものが、今ここにある。そして傍には、比良木智美の死体――。
「まさか、隆彦さんはこう言うんですか? 久信が比良木さんを殺した。そしてここにライターを落とした、と?」
 了祐が言う。どうやら、彼はまだ仲間の久信がゲームに乗った可能性を頭の外に置きたがっていたようだ。実に了祐らしい。その優しさは、隆彦にとっても羨ましいものだ。
 だが、ことここにおいてはその優しさは甘さに繋がるのだ。それを、隆彦は分からせなくてはならない。
「そういう、ことだ。他に誰かが同じライターを持ってて、ここで落としたなんて可能性は、ゼロとは言わない。だが、限りなくその可能性は低いんじゃないか? 少なくとも俺はそう考える。そして久信のものらしきライターがここで見つかった以上……」
 隆彦はそこで一呼吸置き、幸靖と了祐に言い含めるように言った。
「今後俺たちが久信と会った時、あいつは俺たちを殺そうとする可能性が高い。そうなった時の覚悟は、今のうちにしとけ」
「覚悟、って」
 幸靖が言う。しきりに、隆彦と自分の手の中にあるジェリコを交互に見ている。隆彦に聞きながらも、その言葉の意味は理解しているらしい。
「あいつに、攻撃する覚悟だ。俺のナイフでも、お前の銃でもだ。殺せなんて言わない。ただ、あいつは今までのあいつじゃない。そう思うようにするんだ。これからは、あいつを疑うしかない」
 幸靖と了祐が、息を呑むのが分かる。一気に、緊張が高まってきた。
「あの、ひとまずここから移動しませんか? 隆彦さん」
 しばしの沈黙の後、幸靖が言う。それに了祐も同調する。
「あいつらをぶっ飛ばすにしても、ガードは堅そうですし……誰かアイデアを出せる人がいると違ってくるんでしょうけど」

――確かに、その通りだ。

 隆彦は決して頭が良いほうではないが、古嶋たちを倒すためには何もかもが足りないことくらいは分かる。まず、まともなアイデアがない。アイデアはここにいる全員が、何度か考えている。しかし碌なアイデアは出なかった。このあたりは、不良の泣き所かもしれない。
――もうちょっと知識くらい頭に入れとくべきだったかもな。
 そんなことを、隆彦は思った。まあ、今更後悔しても遅いのは分かりきっているのだが。
「仕方ない。それじゃあ、移動するか」
 そう声をかけると、隆彦は立ち上がって歩きだす。それに、幸靖と了祐が続いた。

<残り29人>


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