BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第27話〜『苛立』
「なあ、弘樹……。もう7人も死んじゃったって……」
「分かってるって、俺も聞いたんだから。さっきから何回そのことを話してるんだよ」
駒谷弘樹(男子6番)は、そう言って縋りつくように話しかけてくる琴山啓次郎(男子5番)をいなしながら山道を歩く。啓次郎はずっとこの調子で、おどおどしてどうにもならない。啓次郎とは友人であるとはいえ、弘樹も正直彼の態度に苛立ちが強まり始めている。
――どうにかならないもんかね、こいつは……。
弘樹は心の中で、そう一人ごちた。
弘樹は、鞘原澄香(女子6番)が最初の出発者に選ばれたことで、あの駅舎を一番最後に出発することが確実になった。それを悟った時、弘樹は苦々しく思った。
――一番最後とか……最悪じゃないか。
あの古嶋と島居とかいう男女がプログラムに自分たちが選ばれたことを伝えてきた時、弘樹はすぐにこのゲームに乗ること――すなわち積極的に殺し合いをする。そう決めていた。
理由は単純。死にたくない、それだけだ。友人はいるが、友人を死なせたくないから自分が死ぬ、なんてことは弘樹には到底できないことだ。他の生徒の中には、仲の良い者同士で集まろうとしている奴らもいた。特に男女の学級委員長である志賀崎康(男子7番)と阪田雪乃(女子5番)などが顕著な例だった。
康は何やらメモを回している様子だったし、雪乃は近くに固まっていた女子たちに何か手渡しているのが見えた。それを見て、弘樹は思った。
――馬鹿げてる。
どうやっても、最後に残るのは一人なのだ。皆で集まれば脱出も可能だ、とでも思っているのだろうか? だとしたらちゃんちゃらおかしい。そんなことで脱出できていたら、プログラムはとっくに脱出者が続出してほぼ継続は不可能になっているだろう。
それこそが、プログラムからの脱出はできないことを証明してしまっているのだ。
だいたい、脱出したところで待っているのはお尋ね者として追われる身だ。脱出後は未来永劫、政府に追われ続けて生きていくのだ。そんな生活に、安息の日などありはしない。そんな人生は、歩みたくない。
だからこそ弘樹は、このゲームに乗ることにした。だが、一番最後に出発するとなると状況はとたんに面倒になってくるのだ。
何といっても面倒なのが、雪乃を挟んで一人分前に出発する友人の一人、啓次郎だ。啓次郎、そして原尾友宏(男子14番)の二人とは、幼稚園の頃からの付き合いでもある。
啓次郎は基本的に人が良い奴なのだが、弘樹にとって一つだけ困ったところがある。とことん他人に依存する性質で、主体性というものをおおよそ持ち合わせていないのだ。以前は依存の対象が弘樹だけではなく友宏も含まれていたし、友宏も啓次郎の扱いに慣れていたからどうということはなかった。だが友宏が星崎百合(女子14番)と付き合い始めると、そうもいかなくなった。
友宏は必然的に百合を優先するようになり(弘樹たちとの付き合いがなくなったわけではないが)、そうなると啓次郎の依存心の向く先は弘樹のみとなってしまった。それが、弘樹には耐えがたい苦痛だった。啓次郎が嫌いなのではない、ただ常に頼られても困るのだ。 だからといって付き合いの長い友人を邪険にするわけにもいかなかった。
啓次郎は、確実に弘樹と合流しようとするだろう。友宏は出発順が啓次郎とはかなり離れているし、友宏のすぐ後には百合が出発する。友宏が百合を優先せざるをえなくなることは容易に想像がついた。それを、弘樹は否定しない。ただただ、己の不幸を呪うばかりだ。
当然啓次郎は弘樹と行動を共にしたがる。だが主体性のない彼には、到底自分で今後どうしたいかを決められない。自分の生命がかかったこの場面でも、そうなるだろう。
となれば、弘樹には啓次郎といる理由はない。こちらはゲームに乗るつもりでいるのだし、仲間がいても邪魔なだけだ。主体性がないから、いっそ彼をこちらの側に引き込んでクラスメイトの数を減らさせようかとも考えた。だが人の良い彼は、何だかんだで殺人を嫌がる可能性がある。そうなれば、彼の存在は弘樹にとって足枷以外の何ものでもなくなる。
そんなことを脳内で巡らせていると、あっという間に最後――自分の出発順が来ていた。軍服男にデイパックを渡され、弘樹は階段を上った。
その先には、案の定啓次郎がいた。啓次郎は弘樹に気づくと、まるで救いを求めるかのように弘樹に縋りついてきた。弘樹はそれを受け止める。もちろん内心では舌打ちしていたのだが。
――弘樹、頼むから一緒にいてくれよ! 俺、一人じゃ怖くて……。
啓次郎がそう言った時、弘樹は自分の予想が当たってしまったことを悟った。
――やっぱりかよ畜生。たまには俺の予想を超えてみろってんだ。
弘樹は内心そう思った。だが、同時にこうも考えた。啓次郎の武器が良いものであれば、上手いこと理由をつけて手に入れられないか、と。
多少の打算もあって、弘樹は結局啓次郎を連れて移動することにした。
だが、この考えは間違っていたとすぐに知ることになった。後で駅舎を離れてから知ったことだが、啓次郎に支給された武器は何と木製の小さな仏像という、どうにもならないしょうのない代物だったのだ。一方の弘樹に支給された武器は、何の変哲もない鎌。どちらもハズレに等しかったが、当てにしていた啓次郎の武器より自分の武器のほうがマシな時点で大失敗と言って良い。
――クソが、何の役にも立ちゃしない。
徐々に、弘樹の中で啓次郎の存在は極めてちっぽけなものへと変化しつつあった。友人から、路傍の石レベルへと。
すぐに弘樹は、啓次郎を何とか利用する方法を考えた。可能性としては、もっと良い武器――例えば銃とかだ――を持っていて、しかもやる気になっていない奴を見つけ次第仲間になり、上手く武器を奪って啓次郎ごと寝首を掻いてしまうという方法。
幸い啓次郎は人が良い性格もあって、他人からは人畜無害なタイプに見られていることが多い。その啓次郎と一緒にいる自分も、やる気ではないと思い込ませることができるかもしれない。しかし、そうそう都合良くそんな相手を見つけられるか、というと疑問だ。
となると一番手っ取り早いのは、他のやる気になった奴に襲われた時、啓次郎を盾にして逃げるという使い道だ。武器については、自力で何とかするしかないだろう。多少きついが、これが一番現実的だ。
弘樹はいかに啓次郎を利用するか、そのことを考え終えるとすぐに啓次郎と共に移動を開始した。
そして今。古嶋たちの最初の放送が終わって少し経ったが、未だに誰とも出くわすことがない。最初は啓次郎を連れてあちこち移動していたが、会場の北西部――山の麓であるB-3エリアまで来たところで啓次郎が音を上げたために、放送まで休むこととなった。だが放送後も、啓次郎がショックを受けてしまってしばらく動けず、やたらに時間を食ってしまった。
同時に意外に思ったことがある。啓次郎が、全く弘樹を疑う素振りを見せないのだ。
正直なところ、弘樹はそれほど自分の内心を隠すのが上手いとは思っていない。特にこういう状況では、啓次郎に苛立つあまりに本心が透けて出てきそうな不安もあったのだ。しかし啓次郎には、こちらを疑う素振りは微塵も感じられない。
――啓次郎の奴……お人好しにもほどがあるだろ。
彼を利用しようとしている立場の弘樹が言えた義理ではないが、この調子では弘樹と共にいなくても危なかったような気がする。長い付き合いだというのにここまで気づかなかった自分にも呆れるばかりだ。
「弘樹……これからどうしよう?」
啓次郎がそんなことを呟く。口ぶりは一緒に状況を打開する方法を考えよう、と言わんばかりのものだ。だが、弘樹には分かる。その実彼は、自分では何一つ考えてはいない。以前から、啓次郎は何かを決める場で意見を求められても「でも俺、あんまり頭良くないし……」としか言わなかった。既に考えることを放棄しているのだ。他の人間は自分よりも出来るのだから、彼らに任せておけば良いと無意識のうちに考えている。
――ちっとは自分で考えたらどうなんだよ?
少なくとも、弘樹は自分の判断でいつも物事を考えてきた。それが正しかろうが、間違っていようが、自分で決断してきた。他人に頼ることはあっても、最終判断は自分で下してきたのだ。
そして今回も、ゲームに乗るという選択を自分で下した。この考えを変えるつもりはない。
だが、啓次郎の場合は自分の行動指針すらも弘樹に任せようとしている。その態度が、どうにも弘樹には我慢ならない。しかし今は、必死でそれを隠す。
「さあな。少なくとも、友宏を見つけておきたいところだな。多分星崎も一緒にいるだろうし」
とりあえず、友宏の名前を出しておく。友宏との合流を目指す、ということにしておけば当面問題はないだろう。無論、友宏と合流するつもりなどないのだが。
――とりあえずは、この山沿いに東へ行ってみるか……。
そう考えながら、弘樹は今自分たちがいる山を見上げる。決して大きくはないが、長く歩けば相当疲労しそうだ。
「でも、会えるかな? 友宏に」
「――そこを今心配してもしょうがないだろ」
弘樹は、啓次郎の質問にそう答えた。若干吐き捨てるような口調になってしまった気がしたが、幸い啓次郎は気づいていない様子だ。
「とにかく、この辺りに友宏はいないみたいだしな。放送も終わったんだし移動しよう」
「う、うん……」
啓次郎が弘樹の言葉に答えたその時、弘樹は啓次郎の肩越しに人影を一つ見つけた。その人物は、こちらに気づいたらしく少しずつ接近してくる。
――誰だ、あいつは……!
そこで弘樹は気がついた。その人物が両手で握っているもの――拳銃に。そしてその銃口は、確かにこちらに向けられたものだということに。
――くそっ!
すぐに弘樹は、踵を返し走り出す。同時に、右の肘で啓次郎の身体を強く突いた。
「わっ」
啓次郎がそんな声を上げ、地面に倒れる音がしたが、弘樹はもはやそんなことを気にしている余裕はなかった。拳銃相手では何もできない。啓次郎を囮にして、一刻も早く逃げなくてはならなかった。
――やっぱり、この形が一番良かったな、ったく。何とかここを逃げ切って――。
直後に一発の銃声が響き、同時に弘樹は後頭部に強い痛みを感じた。何かが食い込むような、そんな感触。
その何かは弘樹の後頭部から頭蓋骨を貫き、彼の後頭部を砕いた。そして、あっという間に駒谷弘樹の生命を、黄泉の世界へと送ってしまったのである。生命活動を停止した弘樹の身体はうつ伏せに地面に倒れ、走っていた勢いそのままに少し地面を滑り、止まった。
<AM7:26>男子6番 駒谷弘樹 ゲーム退場
<残り28人>