BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第28話〜情念の章・2『感触』

 眼の前で、駒谷弘樹(男子6番)の後頭部は吹き飛んだ。紛れもなく、自分の手の中にある一丁の拳銃から放たれた銃弾によって。
 その光景を、
中山久信(男子12番)はじっと見ていた。両手で握られた拳銃――もとは比良木智美(女子13番)のものであったFNファイブセブン――を構えたままに。
 銃というものの威力を、久信は初めて知った。
 今まで久信にとって、拳銃とは自分の日常から極めてかけ離れた存在だった。映画などの物語の中で見るもの、もしくは自分がよく行く繁華街をうろつくやくざな男たちが持っているであろう代物。そういう認識しかなかった。
 だが智美を殺し、拳銃を手にした。智美のデイパックにあった説明書を読み、一通りの使い方は覚えた。だが、今の今まで一度もその拳銃を使用したりしなかった。まず智美を殺してから一度も他のクラスメイトとは出くわすことがなかったし、試し撃ちをしようにも銃声で他の人間に気づかれることを考えるととてもできなかった。だいいち、下手に撃ちすぎて弾を無駄にするわけにもいかない。
 そうこうしているうちに放送の時間が来て、また移動をし始めてB-3エリアにやってきた時――話し声を聞いた。


 すぐに木陰に隠れて様子を窺うと、そこには弘樹と
琴山啓次郎(男子5番)がいた。啓次郎が話しかけ、弘樹がそれに答えているようだった。二人について、久信は大した情報をもっていない。原尾友宏(男子14番)と仲が良いらしい、という程度で、話をしたこともなかったはずだ。
 まだ二人とも、久信の存在には気づいていない。
――これで、あいつらを……。
 久信は、右手に握ったファイブセブンを見る。説明書によれば、殺傷能力の高い拳銃だとのことだ。ならば、ここで二人を撃てば一気に二人とも殺せるかもしれない。
 それに、彼らと久信は特に仲が良いわけでもない。ならばきっと、智美を殺した時ほど苦しまずに済むかもしれない。
 もう、智美を殺した後のような思いはしたくなかった。
光海冬子(女子16番)を優勝させるためには、きっと仲間である浦島隆彦(男子2番)たちが自分の前に立ちはだかるだろう。少なくとも隆彦は、簡単に死ぬような奴じゃない。
 いずれかつての仲間たちと殺し合う時のために、慣れておかなくてはいけない。そういう意味では、弘樹たちは格好の相手といえる。
 久信は少しずつ弘樹たちに接近し始めた。同時に、ファイブセブンを両手で握り構える。両手で撃ったほうが安定するということくらいは、久信も知っていた。
 まだ弘樹たちは久信に気づかない。
――もう少し……もう少し……。
 その時、弘樹がこちらを見た。どうやらこちらの存在に気づいたらしい。だが構わず久信は接近する。もう少し距離を縮めて撃っておきたい。
 だが直後に、弘樹が踵を返して駆け出した。同時に弘樹に突き飛ばされたらしい啓次郎が転ぶのが見えた。しかしそんなことに構ってはいられない。すぐに久信はファイブセブンの銃口を走っていく弘樹に向けた。
 ここで啓次郎を狙えば、確実に一人は仕留められる、とも思った。だがそうすれば、弘樹を間違いなく無傷で逃がすことになる。ならば、まず弘樹に向けて撃っておくべきだ。久信はそう思った。
 そして放った、久信の最初の銃撃は――偶然にも弘樹の後頭部を完璧に捉えていた。


 久信は、地面に伏した弘樹が動かないことを確認した。よく見れば頭部を中心に血と、おそらくは脳漿らしきものが混じった何かが広がっている。どうやら仕留めることができたらしい。
 偶然とはいえ、初めての銃の使用でこんな結果になるとは思っていなかった。弘樹に逃げられた時点で、彼は仕留められないとも思っていた。だが結果として、弘樹は死んだ。久信の手によって。
――あとは……。
 久信は、啓次郎に眼をやった。弘樹に突き飛ばされて倒れていた啓次郎は、ようやくその身を起こそうとしていた。そして、久信と眼があった。
「あ、な、中山君……」
 そう呟いた啓次郎の声には、多少の怯えが混じっている。まあ、こっちは有名な不良である隆彦の仲間だ。普通の奴からしたら、それだけで畏怖の対象になってしまうのだろう。
――勘弁してほしいんだけどな、そういうのって。
 別に久信自身は、腕っ節も頭も平々凡々な凡人に過ぎない。それなりに顔は自信があるが、ずば抜けて良いというほどの自信は持っていない。
 久信は啓次郎に何か答えるわけでもなく、啓次郎と、弘樹の死体を見比べる。啓次郎は特に何か持っているわけではなく、弘樹は右手に平凡な鎌を持っているだけだ。どうやら、何か強力な武器を持っているわけではないらしい。啓次郎は脅威にはなりそうもない。
 ひとまず安心した久信は、弘樹の死体に近づいてその右手から鎌を取る。ハズレと言っても差支えない武器だが、ないよりはあるほうが良い。こっちには、ファイブセブン以外にはまともな武器がない。今後緊迫した状況になった時、こういうものもあったほうが良いだろう。ついでに、弘樹のデイパックも拾っておく。中の食料や水は久信も欲しいところだった。
 その時、啓次郎が叫んだ。
「ああっ、ひ、弘樹!」
 どうやら、今になって弘樹が死んでいることに気づいたらしい。銃声もしたはずなのに、気付くことなく倒れていられたのが不思議でならない。
 そして啓次郎が、久信を見る。久信の手にはファイブセブンと、弘樹の持っていた鎌とデイパック。啓次郎も、すぐに弘樹を殺したのが誰か、気付いたようだ。
「ま、まさか……中山君、が、弘樹を」
「そうだ、と言ったら?」
「そ、それ、は……な、何で」
 啓次郎が、やたらとつっかえながら言う。何故殺した、とは、なかなか呑気な事を聞いてくるものだ。

――ここらで、完全に腹くくってやるのには、ちょうど良い。

「――俺がゲームに、乗ったから。それだけだ」
 そう言って、久信は啓次郎にファイブセブンの銃口を向ける。啓次郎は目の前で起きていることが信じられない、と言った顔でこちらを見ている。地面に腰を落としたまま、こちらを凝視している。
 距離は弘樹の時より近い。ましてや啓次郎は動けずにいる。絶対に外さない。
 久信は、弘樹の時よりも冷静な気持ちで、引き金を引いた。銃声と共に放たれた銃弾は、啓次郎の左胸を捉え、そこに一つの穴を穿った。穴の開いた左胸から鮮血を溢れさせ、啓次郎の身体が後ろへと傾く。
「な、な、ん、で」
 途切れ途切れにそんな言葉を紡いだ啓次郎は、そのまま上半身を地面に仰向けに倒れさせた。そしてそのまま、動かなくなった。

――説明の義務なんて、俺にはないだろう? だいいち、お前に分かるのかよ。俺の望みが。

 久信は、心の中で、そう啓次郎に問いかけた。
 同時に久信は、早く移動したほうが良いとも思い始めた。既にこのエリアで二度も銃声がしている。それを聞いて、久信以外にやる気になった人間がやってくる可能性がある。できれば、戦いは優勢に進めたい。
――さっさとここから離れるか……。
 そう思いながら啓次郎のデイパックを拾い上げた時、久信は何者かの気配を感じた。


 <AM7:30>男子5番 琴山啓次郎 ゲーム退場

<残り27人>


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