BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第29話〜情念の章・3『不利』
――誰か、いるな……。
久信は、その何者かの気配から徐々に遠ざかるように動き始めた。相手は、久信に近づこうとしていない。ということは、久信が弘樹、もしくは啓次郎を殺すところを見ていた。もしくは、既にやる気になっていて、久信を狙っているか、だ。
今のところは、そのどちらかは分からない。
――一体、どうくるんだ?
その時、先程まで久信が背を向けていた辺りの木陰から、何かが覗いた。種類はよく分からないが、久信のファイブセブンよりも大きな銃。その銃口がこちらを向いていた。
――間違いない、あっちも俺と同じ側の奴だ!
相手の意思を察した久信は、すぐに近くの木の陰へと走る。その時に啓次郎のデイパックを落としてしまったが、やむを得ない。さすがに弘樹のものと同時に二つも持ち歩くのは、この状況では得策ではないだろう。
同時に、大きな銃声と共に相手の銃が銃弾を放った。放たれた銃弾は、久信がいた場所の先に立っていた木の幹に食い込んだ。そして、一瞬相手が木陰から顔を覗かせた。
そこにいたのは、中性的な容姿をした学ラン姿の男子生徒――福島伊織(男子15番)だった。その伊織が、手に持った大きな銃――おそらくはショットガンだろう――を持ってこちらの様子を窺っている。
久信も、彼のことは良く知っていた。女と間違える人間がいても不思議ではないその雰囲気故に、初めて同じクラスになった時は驚きを隠せなかったものだ。たぶん、繁華街をそれらしい格好で歩いていたら、自分は間違いなく彼に声をかけてしまうだろう。そう思った。少なくとも、伊織は久信にそう思わせるだけの雰囲気がある。
――男にしとくにはもったいないな。
そんなことを思ったこともある。
だが、クラス内での伊織は決して目立つ性格ではなかった。容姿だけで十分目立つ伊織だが、その分性格は比較的地味で、いつも本を読んでいる印象しかない。
勉強はできるらしく成績は優秀らしいが、そのことが特にクローズアップされたこともない。特別親しい人間はいないが、孤立しているわけでもない。御手洗均(男子16番)や、所真之介(男子11番)などとはそのあたりが違う。
容姿ばかり目立っている、中身は地味な文科系。それが久信が抱いた伊織の印象だった。
しかし、今ここにいる伊織は、久信の抱いていた印象とは全く違う顔を見せている。
女っぽい、大人しい男だと思っていた彼は、今こちらを確かな殺意をもった眼で見ている。恐怖で狂った人間の眼ではない、確かな理性も見える。間違いなく、自分と同じ立場にいる人間だと分かった。
――こいつも、ゲームに乗ったってわけか。理由は知らないが、こっちの邪魔はさせない!
すぐに久信は、武器を確認する。手にはファイブセブンに、弘樹の持っていた鎌とデイパック。ひとまず、鎌はこの状況では役に立ちそうもない。すぐに自分のデイパックへとしまっておく。そしてファイブセブンの予備弾倉も準備する。
ショットガンなど食らったら、その時点でおしまいだ。あれが与えるダメージの凄まじさは、久信にも想像がつく。
この場で伊織を仕留められなくても良い。最低でも、手酷いダメージを受けることなくこの場を脱することができれば良い。そして、銃声で他のやる気の人間を呼び寄せるようなことにならなければさらに良い。
久信は、木陰から少しだけ身を出してファイブセブンを伊織に向けて構え、撃った。
一発の銃声と共に放たれた銃弾は、伊織に当たることはなかった。久信が銃を構えたことに気がついた伊織が、素早く木陰に身を隠していたのだ。それだけで、彼が周囲の状況を良く見ていることがうかがえる。
――こりゃ、一筋縄ではいきそうにない、か。
そう思った久信は、溜息をついた。
ここで伊織にこだわってぐずぐずと撃ち合いを続けていたら、それこそ面倒になる。ただでさえこの銃声を聞いて他のクラスメイト――しかも、銃声のする場所に好き好んでくるような奴……すなわち殺す気満々の奴だ――がやってくるだけでもまずいのだ。
もう一つ問題があるとすれば、伊織はまだその手の内をこちらに全部見せてはいない、ということだ。
ここまでに死んだのは、ついさっき久信が殺した二人を除くと七人。その中の誰かを伊織が殺していたとしたら、彼は複数の武器を持っている可能性が出てくる。そうなると、こちらがショットガンを警戒しているところをついて、接近戦をしてくるということもあり得る。
一応、こちらには他に武器はあるし戦えないわけではないが……隙をつかれたりした時点で、自分はかなりの危機に陥っているといって良い。
もはや、この状況では伊織をこちらが仕留める、というのは無理だろう。既に主導権を向こうに握られてしまっている現状、無理に勝ちをもぎ取りに行くのは愚策かもしれない。
ならば、下手に長引かせて泥沼に陥るよりは、この場をどうにか逃げ出す方法を考えたほうが良い。
――よし。
久信は、一つのアイデアを思いついた。といっても、アイデアというにはやけくそなものだし、上手くいくとは限らない。だが、やってみなければ分からないはずだ。久信は、伊織の銃撃が止まったタイミングを見計らって、彼に向かって鎌を投げつけた。その鎌がまともに飛ぶ保証はなかったが、幸いにして投擲された鎌は伊織のいる方向へと飛んでいく。
飛んでくる鎌に気づいたらしい伊織は、鎌に向かってショットガンの銃口を向けた。久信が適当に投げた鎌に威力などあるはずもないのだが、どうやら上手く気を逸らすことができたらしい。手に入れたばかりの鎌をなくすのは少し悔しいが、別に鎌でなくても問題はない。
すぐに久信は伊織のいる方向とは逆に走りだした。直後、背後で一発の銃声がしたが、気にしてはいられなかった。
<残り27人>