BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第30話〜迷走の章・9『混迷』
ショッピングモールの、エントランスフロア。そこには相変わらず、志賀崎康(男子7番)をはじめとしたグループが集まっている。だが、その中に加わることなく、蜷川悠斗(男子13番)はエントランスフロアの2階にいた。
今悠斗がいるのは、ブティックの前。ふらふらとフロアの中を歩き回っているうちにこの店を見つけ、ついついぼうっと眺めていたのだ。
悠斗は、ふと自分の両手を見る。両の掌は微かに汗をかいているが、綺麗なものだ。とても、人一人の生命を奪った手だとは思えないほどに。
そう考えると、また脳裏に鞘原澄香(女子6番)を殺してしまった時の光景が浮かび、猛烈な嫌悪感と恐怖に駆られる。手が震えてくる。その場に片膝をつき、頭を押さえる。
もう、今すぐにこの吹き抜けのあるフロアで、大声で叫びたくなる。『俺は人殺しなんだ』と。
だがそんなことはとてもできない。そんなことを言ったが最後、康たちに距離を置かれてしまう。そんな気がしてしまう。彼らに見切られてしまうのではないか。そんな思いがした。
ここに来る直前に、光海冬子(女子16番)にもアドバイスを受けた。出発した時点で着ていた学ランを捨ててしまったほうが良い、と。
――さすがにそれだけ汚れてると、志賀崎君たちにも変に思われると思うの。だから……。
冬子の言葉に、悠斗も納得できるところはあった。悠斗の学ランは、澄香の返り血ですっかり汚れてしまっていた。血が乾いた今は当初ほど目立たないが、それでもよく見れば気づくだろう。また、血の臭いもまだしていて、悠斗もできればこれ以上この学ランを着ていたくはなかった。
結局悠斗は、道中で学ランを捨ててきた。学ランのポケットなどに入っていた、生徒手帳などの私物も一応、自分の私物のスポーツバッグに入れ直しておいた。その結果か、康たちにも特に疑われるようなことはなかった。
しかし――悠斗の精神は確実に、疲弊していった。
決して真実を、友人たちに話すことができない。かといって、自分が人殺しであることを正直に打ち明けて、その後どうなるか。想像するのも恐ろしい。
康たちならばきっと大丈夫だと信じたい気持ちもある。だが同時に、一度芽生えた些細な猜疑心はそう簡単に消せるものではなかった。
そんな状態で他の仲間たちと一緒にいることはできなかった。そこで適当に理由をつけて、少し彼らから離れて一人になることにしたのだ。幸い康たちはすんなりと了承してくれた。
そして今こうして、フロアの2階でぼうっとしている。
――そういえば、前に直美と買い物に行く約束してたっけ……。
こうやって様々な店舗を見ていると、恋人――井本直美(女子1番)のことばかり思い出される。
部活がない日などに、一緒に買い物に行ったことが何度かあった。直美は買い物が好きで――もっとも、物を買うよりも見ているほうが彼女は好きだったのだが――、よく悠斗も付き合わされた。街へ出かけて、服を見たり、直美に引っ張られるようにしてアクセサリーを見たり……。そういえば、このモールのような店にも行ったことがあった。
――直美は今頃、どうしてるんだろうか?
また、悠斗は直美のことを考える。もともと自分は直美と会いたいと考えていた。それは間違いない。だが、同時に康たちとの合流も望んでいた。しかし……何故か康たちがいるこの場所が、やけに居づらい。
そう思うと、ますます直美のことを考える。彼女に会いたくなる。彼女に、何故自分から離れていったのか聞きたい。そして、出来れば伝えたい。
――俺は、まだ直美のことが好きだ。
はっきりと、そう言いたい。それで直美に拒絶されても、構わないのだ。自分の気持ちをはっきりと言えないままに、関係を終わらせたくはない。それだけなのだ。そして彼女に嫌われたのでなければ、また以前のような関係に戻りたい。
この居心地の悪い空間よりも、直美のいるところへ行きたい思いすらしてくる。だが現状、彼女を探す手段はないし、康たちを置いて一人で出ていくわけにもいかない。
大体、今の居心地の悪さも康たちのせいと言うよりも、ほとんど悠斗自身に原因があるのだ。隠し事をして、どんどん後ろめたい思いをして、でも打ち明けるわけにもいかず……。
悠斗は、自分がどんどん醜くなっているような気分がしてきていた。
「はあ……」
溜息を一つ、悠斗はつく。その時だった。
「どうしたんだよ悠斗。溜息なんかついてさ」
背後から、そうやって声をかけられた。驚いて悠斗が振り返ると、そこには清川永市(男子9番)の姿があった。先程まで音楽を聴いていたのだろうか、肩に小さめのヘッドホンがかかっている。
「ああ、永市。何か、用か?」
「いや、どうもここに来てから元気がないような気がしてさ。いや、こんな状況で元気出せってのも無茶なんだろうけど……」
永市は答える。しかし永市にしては、珍しくどことなくはっきりしない物言いだ。少なくと悠斗はそう思った。
「……なあ、悠斗。お前さ、大丈夫なんだろうな?」
ふと、永市が少し口調を変えて言ってきた。こちらを真摯な眼で見ており、その問いかけが本気であることを悠斗に感じさせる口調だった。
「え……」
「お前、ここに来てから本当に様子が変だぞ? 俺たちともほとんど話をしてないし、こうやって皆から離れたところにばっかりいるしさ」
そう永市に言われると、悠斗は何も言えなかった。事実、今悠斗は他のメンバーを避けているのだ。精神的にも泥沼に浸かり始めた気分がしていた。
「悠斗……お前、やっぱり今からでも井本を探しに行きたいんじゃないか?」
永市が、そう言った。
「まだ井本は生きてるけど、どうなるか分かったもんじゃないしな。お前のことだ、きっと井本に会いたくて仕方がないんだろ」
笑みを浮かべながら、永市は言う。まるで自分の心の内を見透かされたような気がした。
――そういえば、永市はこういうところでよく気がつく奴だったっけ。
悠斗たちの中で、普段皆を引っ張っていくのは康の役割になっていた。だがこの状況下では、永市も康の代わりを務めようとしているようだ。
もともと社交的な性格をしている永市ならば、実際こういう役目は向いていたのかもしれない。そんな彼は、この状況でも疲労の色を見せない。いや、疲労を隠しているようにも感じる。康一人にやらせるまいと、奮闘しているのが伺える。
本来ならば、悠斗も彼を手伝ってやりたいところだ。しかし、今の状態ではとても無理だ。
――いっそ、永市に全てを話してしまおうか。
そう、思った。今目の前にいる永市は、こちらから見て驚くほどに、いつもの永市だ。彼ならば、打ち明けても大丈夫な気もする。
「まあ、康たちにも井本のことに関しては話してみるから。お前はゆっくりしててくれよ。無理すんなよ? また、用があったら呼びに来るけど、なるべく早く戻ってこいよ」
そう言うと、永市は悠斗に背を向け、階下へと戻っていく。その背中を見ながら悠斗は、永市に話すタイミングを逃したことを、悔やんだ。
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