BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第31話〜『離別』

 海浜公園のほぼ中央に位置する、H−6エリア。西に港を望み、東側には海洋博物館なるものがある。
 海洋博物館という名前に
園崎恭子(女子7番)はピンとこなかったが、たぶん水族館みたいなものだろう、と勝手に納得することにした。

――殺し合い、か。いくら何でも人殺しだけは御免だね。

 恭子は内心そう思いながら、トレードマークでもある金髪のロングヘアーを撫でる。先程から吹いている潮風が、この髪を撫ぜていく。潮風は髪を傷めそうな気がするが、この状況ではそんなことを気にしてもしょうがない。
 金髪のロングヘアーに、女子の中では高いほうともいえる身長。クラスの女子生徒の中で、恭子より背が高いのは確か
玉山真琴(女子8番)だけだったはずだ。


 三人の兄をもっている恭子は、幼い頃から男たちに囲まれて育った。そんな生活環境にあったからだろうか、小学生になる頃には周囲の男子よりもよっぽど男っぽい性格へと成長していた。
 周りの女子とはそういったところが原因か上手く馴染めず、交友関係は男子を中心に広がっていく。そのうち言葉遣いも男っぽくなっていった。
 だがそれも、恭子が小学生の間だけ。恭子の身体が徐々に女として成長し始めると、どことなく恭子は疎外感を感じ始めた。いくら男っぽいといっても、女は女。徐々に男子たちとも噛み合わなくなっていく。
 そして月港中に入学し、恭子は
比良木智美(女子13番)と知り合った。大人びた雰囲気をもつ彼女と、恭子は徐々に親しくなっていった。同時に、恭子は自分の髪を今の金髪に染めた。智美のように、大人っぽくなりたいという思いがさせたことだった。
 当然、何度も染め直すように言われた。しかし、恭子は決してその髪を元に戻そうとはしなかった。恭子にとって、この金髪は自分が智美と同じ、女だということの証のようなもの。そう感じていたからだ。

 さらに中学生活の中で、もう一人大事な友人ができた。それが、
津倉奈美江(女子9番)だ。
 智美と同時期に知り合った彼女とは、妙にウマが合ってすぐに仲が良くなった。とことん男っぽい恭子と、小柄で女の子らしい奈美江。対照的な二人だったからこそ、気があったのかもしれない。
 恭子もそんな奈美江には自分の悩みを素直に話せたし、奈美江には化粧が好きだ、という話と、将来はプロのメイクになりたいという夢も聞かされた。
 奈美江とは三年間ずっと同じクラスとなり、智美、そして中学2年の時に同じクラスになり仲良くなった
方村梨恵子(女子3番)も含めた四人でよく一緒にいた。
 ただ、恭子や智美、梨恵子の生活態度からか、周囲から不良とみなされていた。それ自体は、恭子たちもそうとられても仕方のない態度をとっていたし、仕方がないことだと思う。しかし、奈美江は恭子や智美ほど不良、というほどの行為はしてはいなかった。
 自分たちのせいで、奈美江の肩身が狭くなりはしないかとも思ったことがある。
 しかし幸いなことに、彼女は他のクラスメイトからも問題なく受け入れられていた。その点は、彼女の人柄の影響、だったのかもしれない。
 彼女のおかげか、恭子たちも極端に敬遠されることはなく、どうにかクラスの輪に混じれる程度の付き合いは持てた。そういった点で、奈美江には感謝してもしきれない。
――これからも、ずっとこんな関係でいたい。
 それが、恭子の望みだった。


 それなのに、今恭子はこうしてプログラムに参加させられ、一人でこうやって会場を彷徨っている。
 右手には、恭子に支給されたデイパックの中にあったもの――おそらくはこれが、古嶋とかいう海パン男の言っていた武器なのだろう――一丁の自動拳銃がある(一緒に入っていた説明書には、H&KUSPという名前が書かれていた。尤も、銃の名前など別に覚える気は恭子にはなかったのだが)。
 これがあるおかげで、少しは不安も和らぐ。しかし同時に、これをいずれは使用しなくてはいけないのだろうか、と思うと気持ちが沈む。
 普段は不良といわれてもおかしくないような態度をとってきたが、だからといって自分から人殺しをするようなことはしたくない。できれば、友人――奈美江や智美と一緒にいたい、とさえ思った。

――でも、智美はもう……。

 そこで智美のことを思い出し、気分はさらに沈んだ。少し前にあった古嶋による放送で、彼女の死が伝えられた。その時の気持ちを思い出すと、歩みが止まってしまう。
 恭子は、智美がどこで死んだのか知らない。どんな思いで死ななければならなかったのか、それも分からない。何もかもが分からないというのが、これほど辛いことだとは思わなかった。
――アタシのせいだ。
 恭子は思った。古嶋たちのいたあの駅舎から出発する時、恭子は精一杯の虚勢を張って外へと出ていった。男勝りな不良。周囲が持っているであろう自分のイメージを、壊せなかった。
 隙を見せたら危険な状況だということだけは分かっていた。だから、隙を見せまいといつもどおりに振舞った。その結果……奈美江とも、智美とも、梨恵子とも合流することができなかったのだ。自分のことばかり考えて、二人のことを何ひとつ考えられなかった。そして智美は……死んだ。恭子の知らないところで。
 そのことが、ずっと恭子の心を捕らえて離さない。だからこそ、残る奈美江だけは何としても見つけ出さなくてはならない。彼女だけでも、何とかして合流しなければならなかった。

――奈美江、アンタ、今どこにいるんだよ……。

 古嶋の放送が終わってからというもの、ずっと奈美江を探して歩き回っているのだが、奈美江どころか他の誰とも会えていない。会場内をあちらこちらへとあてもなく彷徨い、結局無駄に疲労ばかり溜める結果となった。
 恭子たちと近いタイプで、少し親近感を覚えていた
北岡弓(女子4番)のグループも、もう弓以外残っていない。人間はこうも簡単に死んでしまうのか、そんなふうに考えると気分が重くなる。
 ひょっとしたら、奈美江も……。
 ついついそんな考えを抱いては、そのたびに振り払う。あまりにも不毛な思考だと思った。
――いやいや、きっと大丈夫、大丈夫! こんな時ぐらいせめて前向きに考えなきゃ!
 そうやって気持ちを切り替えようとしていた、その時だった。
「……恭子?」
 微かに、聞き慣れた声が恭子の耳に届いた気がした。その声は、間違いなく彼女の――。
「奈美江? 奈美江、なのか?」
 声のした方向――海洋博物館の方向を見ると、その入口からこちらに向かって走ってくる女子生徒の姿があった。恭子とは対照的に、一切染めたりしていない黒のロングヘアーに、やや大人しめに化粧の施された顔。
 その化粧で、すぐに恭子はその女子生徒がずっと探していた奈美江本人だと理解した。
 何故なら、化粧が趣味の奈美江は普段学校の外で恭子たちと遊ぶ時、よく自分で化粧をしてくることが多かったからだ。確か今回の修学旅行にも自分の化粧道具を持ってきた、と言っていた。
 この状況でそうやって化粧ができる人物など、彼女しかいない。
「恭子――よかった、やっと会えた……」
 そう言うと、走ってきた女子生徒――奈美江は少し疲れを見せた顔で、こちらに笑ってみせた。その姿を見て、ようやく恭子の心に安堵が訪れた気がした。
 同時に、恭子は奈美江に、謝らなくてはいけない、とも思った。
 仲間の中で、自分が一番最初に出発したというのに、一番順番の近い奈美江すら待とうとせず、一人で行ってしまったこと。その結果、智美は既にこの世にいないこと。
 何もかもを、謝らなくてはいけない。そう感じた。
「奈美江……その、ご、ゴメン!」
 恭子は、思い切って奈美江に向かって頭を下げた。奈美江の表情は伺えないが、呆気にとられたような声で言ってきた。
「ど、どうしたの恭子? いきなり……」
「アタシ、アタシ、こんな時に見栄なんか張っちゃって、そしたら、奈美江のことも、智美のことも、梨恵子のことも忘れちゃって……智美が死んだって放送で聞いた時思った。アタシのせいだ、って。アタシがあの時ちゃんと待ってれば、奈美江とだって最初から一緒にいられたし、智美だって死なずにすんだかもしれなかったんだ……だから――」
 矢継ぎ早に、心に溜まっていた思いが口から溢れ出る。もはや言葉は止まりそうになかった。足が震え、膝を地面についた。いつもだったらこんなカッコ悪い姿はさらしたくないと思うところだが、今はそんなことはどうでも良かった。
 その時、奈美江の声がした。そして同時に何か、温かみを身体に感じた。見ると、奈美江がしゃがみ込み、恭子を正面から抱き寄せていた。
「何言ってるの、恭子。こんな状況じゃ、仕方がないよ。それに、私だって智美も梨恵子も待てなかった。私だって、責任があるんだよ。だから……自分一人で何もかも背負わないでよ」
「奈美江、ゴメン。ありがとう……」
 恭子は、その言葉しか紡ぎだせなかった。


 その後恭子が幾分か落ち着きを取り戻したところで、二人は先程奈美江がやってきた方角にある海洋博物館の前に座り込んだ。
 まずは、互いが今までにどういう状況にあったかを話しておく必要がある。そう考えた恭子は、奈美江にこれまで自分がどうしてきたかを説明した。そして同時に、自分はこのゲームに乗るつもりはない。その意志も伝えた。
 すると、奈美江は少し笑って言った。
「まあ恭子ならきっと、こんなゲームに乗ったりしないとは思ってたよ。恭子がこんなゲームに乗るような子だったら、私たち友達になってないと思う」
 奈美江のその言葉に、どことなく救われた思いがした。
「それで、奈美江は今までどうしてたんだよ?」
 そう問いかけると、奈美江もそれまで何をしていたかを語り始めた。
「私、最初はC−3エリア……だったかな? その辺りの家の中で隠れてたの。恭子たちを探そうとも思ったけど、怖くて動けなくて……でも、同じエリアで福島君を見かけて」
 そこで恭子は、奈美江が言った『福島君』――
福島伊織(男子15番)のことを思い出した。本を読んでいるイメージが強い、典型的な文科系の少年だ。中性的な外見ゆえに、クラスメイトでなければ女と間違えそうな雰囲気をもっていて、それが恭子には少し羨ましく思えたこともあった。
――福島が、どうかしたのか?
 恭子が抱いていた疑問は、奈美江が続けて言った言葉で解消された。
「彼が、私の隠れてた家の隣の家に入っていくのが見えたの。彼、銃――ショットガンっていうのかな?、とにかく強そうな武器を持ってた。でもちょっと怖い眼つきをしてて、怖くなって気づかれないように家を出たの。そしたら気づかれて……追いかけられて……」
 奈美江はそこまで話すと、その時のことを思い出したのか少し身体を震わせた。よほど、その時の伊織は鬼気迫っていたのだろうか。
しばらく待つと、落ち着いたらしい奈美江はまた話し始める。
「福島君、私に『待ってくれ!』って言ってた。でも福島君、なんだか怖かったし、それに何で呼び止められるのかも分からなくって……必死で走って、夜明け前には、ここに辿り着いてたの」
「そう、だったんだ」
 恭子はそう呟いた後、少し考えた。伊織が何故、奈美江を呼び止めようとしたのか、ということについてだ。
 自分の知る限りでは、奈美江と伊織の間に特に接点はなかったはずだ。単なるクラスメイトでしかない。それは間違いのないことだ。だがこの状況で、彼は奈美江を呼び止めようとした。それは何故なのだろうか?
 この状況下で混乱した状態で、誰彼構わずに声をかけた? それとも……?

――やめよう。考えても答えなんて出そうにないじゃん。こんなの。

 結局、恭子は伊織の行動について理由を考えることを諦めた。伊織について大した情報もない以上、どうやっても正しい答えなど出せるはずがない。そもそもこういった推理の真似事のようなことは、とことん恭子の性に合っていない。
 恭子は話題を変えるつもりで、奈美江に言った。
「そういえば、さ。奈美江は持ってないんだ、武器」
 これもまた、少々疑問に思っていたことだった。武器は全員に支給されているとあの古嶋が言っていたはずなのに、奈美江は武器らしきものは持っていなかった。支給されたデイパックと、修学旅行用のスポーツバッグしか持っていない。それがどうも気になった。
「うん、武器はちゃんと支給されたんだけど……」
 そう言いながら、奈美江は傍らのデイパックを開け、中から何か分厚い本のようなものを取り出した。恭子には到底縁のなさそうな、厳めしい装丁だ。
「それって……」
「聖書。こんなもの、何の役にも立ちそうにないからしまってたんだ。読んでる場合じゃないし」
 言い終わると、奈美江は再び聖書をデイパックの中にしまいこんだ。同時に、恭子も自らに支給された武器であるH&KUSPを奈美江に見せた。
「これが、私の武器だよ。一応弾は装填したけど、できれば使いたくないんだよね。やっぱ、人を――それもクラスメイトを殺すなんてこと、アタシにはできないよ」
 恭子は奈美江に、USPを見せながら本音を思いきりぶつけた。銃を見せながら、というのは無茶苦茶かもしれないが。
「……やっぱり、恭子は恭子だったね。私の大好きな恭子は、ちっとも変わってなくて良かった」
 そんな恭子に、奈美江はそう言ってくれた。恭子は、それがたまらなく嬉しかった。すると奈美江が、さらに言葉を続ける。
「ねえ、恭子。今から梨恵子だけでも探しに行こう? きっと梨恵子も、一人で怖がってると思うの。智美はもう死んじゃったけど……こうやって私たちも会えたんだから、梨恵子とも会えるよ、きっと――」
 奈美江がそこまで言葉を紡いだ時だった。恭子は彼女の肩越しの世界――少し前まで恭子たちがいた辺りだ――に誰かがいるのを見つけた。
 その人物は、学ランを着こんでいる。まず間違いなく、男子だ。そして色素が薄めの無造作ヘアー。その男子は徐々にこちらへと近づいてくる。その表情からは……感情が読めない。
 ここに至って恭子は、その男子生徒が
岡元哲弥(男子3番)だと確信した。福島伊織と同じく、これまた碌に情報もない生徒の一人。 その哲弥がこちらに向けて、何かを構えた。

――銃!

 すぐにその何かの正体を察した恭子は、叫んだ。
「奈美江、すぐに立って走れ! やる気の奴だ!」
 奈美江はその言葉に身を竦めて反応し、すぐに荷物を抱えて立ち上がる。同時に恭子も自分の荷物を抱え、即座に奈美江の手を掴んで走り出す。直後に連続した銃声が響きわたり、放たれた銃弾が先程まで恭子たちがいた辺りを通り抜けていった。
――マシンガン、ってことかよ……。アイツ、完全にこっちを殺る気できてやがる!
 恭子は必死で、奈美江を連れて走った。しかし哲弥はこちらを追って、マシンガンを両手で構えて撃ってくる。
――使いたくなかったけど、しょうがない!
 恭子は身を少し後ろに向けながら、右手に握ったUSPの引き金を引く。一発、二発。しかし銃声と共に放たれた銃弾は、あさっての方向へと飛んでいく。
 そして哲弥も、恭子の銃撃に怯むことなくこちらへと的確にマシンガンを撃ってくる。恭子は必死で走る。必死すぎて、その時既に重大な過ちを犯していたことにも気付けなかった。


 海浜公園の出口――F−6エリアまで辿り着いたところで、ようやく恭子は哲弥をどうにか振り切ったことに気付いた。周囲に、既に彼らしき気配はなかった。
 どうにか危機を乗り越えたことで、恭子はほっと一息ついた。肝を冷やしたが、無事に逃げ切ることができた。それだけで、安堵した気持ちになる。
 だがそこで、恭子は気づいた。奈美江の手を握りしめていたはずの左手に、彼女の手の感触がないことに。血の気が引く感覚がして周囲を見渡すが、そのどこにも奈美江の姿はなかった。逃げることに一生懸命になっている間、どこかで恭子は奈美江の手を離してしまっていたのだ。そしてそのまま、走り去ってしまったのだろう。
「な、奈美江……」
 口から、奈美江の名が漏れる。届かない、彼女への呼びかけ。
「く、くっそおおおおお!」
 恭子は思わず、叫んだ。親友との予期せぬ離別への嘆きと、自らの不注意への後悔が入り混じった咆哮だった。

<残り27人>


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