BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第33話〜反逆の章・1『復活』

 町田江里佳(女子15番)が完全に場を立ち去ったことを確認してから、彼女はその身を起こす。
 どうやら江里佳は、こちらの生死どころか武器の有無さえ調べずに立ち去ったらしい。そのことから、彼女は一つの結論を出していた。
――あの子、狂ってしまったみたいね。この状況に耐えられなかった、ってことかな?
 でなければ、あそこまで殺意をむき出しにしておきながら、後の処理がここまで杜撰になるはずがない。町田江里佳は、間違いなく狂気にとらわれている。彼女――
矢田蛍(女子17番)は、そう確信するに至った。
 先程彼女に撃たれ、銃弾が食い込んだ背中にそっと手をやってみる。食い込んだ銃弾が、蛍の着ていた黒の半袖シャツに三つの穴を開けている。だが、その穴のどれからも蛍の血液は流れ出てはいない。

――効果は、確かってことか。これなら、問題はなさそうね。

 そう思いながら、蛍は自分の身体を撫でる。撫でられた自分の身体は、いつもと違って少し膨らみ、ごわごわした感触が掌中に広がった。
 防弾チョッキという名の、黒くてやたらごわごわしたチョッキ。それこそが、蛍に支給された武器だった。


 矢田蛍という少女のことを知っているクラスメイトは、果たしてこの会場に何人いるだろうか。おそらく、二、三人いれば上等なほうなのではないだろうか。というのも、蛍は中学一年の二学期から今に至るまでずっと不登校を続けてきたのだから。
 蛍のことを知っているであろう、不登校になる前のクラスメイトは一人も同じクラスにはいない。蛍自身も、地図と一緒についてきた名簿の名前を見ても覚えのない名前ばかりで少し面食らったのだ。
 今回A組が参加するはずだった修学旅行も、蛍には参加する予定はなかった。最初から行くつもりはなかったから、母に頼んで修学旅行費の積み立てもやめさせたほどだ。そして他のクラスメイトが修学旅行に向かっているであろう頃、蛍は家の自室にこもって一人本を読んでいた。
 不登校になった最初の頃は家の中から出ようとはしなかったが、最近の蛍は街の図書館に出かけて本を読んだり、古い新聞記事を読む日々が続いていた。
 そのことを知った人間はきっと、子供らしくないとかいうのではないだろうか。だが、こんな日々にも一応目的はあった。
 そんな時だった。政府の人間を名乗る軍服姿の男たちが、蛍の家に現れたのは。
 ちょうどその時間帯は両親も外出していて、家には蛍一人だけだった。誰が訪ねてきたのかと、億劫に思いながらも玄関のドアを開けた先に軍服男たちがいた。
 そして開口一番、こう言ったのだ。

――矢田蛍さん、だね? 君が在籍している月港中学3年A組が、今年度のプログラムの対象クラスに選ばれました。ですので、君にも会場まで来ていただきます。

 いきなりの死刑宣告に等しかった。当然、蛍に抗う術など無く……適当に荷物をまとめさせられてから会場へと連れてこられた。スタート地点となるらしい駅舎の中には、どうやら蛍のクラスメイトらしい男女たちが揃っていた。
 皆状況が呑み込めていないらしく、一部の落ち着いている生徒を除いて全員が右往左往している。
 やがて始まった古嶋と島居によるルール説明。そして
御手洗均(男子16番)の死。その全てを、蛍は眼を背けることなく見つめ続けていた。
 別に、人の死が恐怖でないというわけではない。ただ、特に面識があるわけでもない人間の死を間近で見ても、そう簡単に実感がわくようにはならない。それだけのことだった。
 事実、いよいよ出発するという段階になってようやく蛍も、死というものを明確に意識し始めた。

 しかし、そうして死の恐怖に呑み込まれそうな時にこの支給武器――防弾チョッキと出会えたことは、蛍にとって僥倖といえたかもしれない。
 このごわごわしたチョッキがあったおかげで、ここまで蛍はある程度の安心感を得ることができた。それは同時に、蛍の精神を安定させる効果ももたらしていた。そして先程は、江里佳の銃撃から蛍を守った。
――まだ、私は死ねない。知りたいことがいっぱいあるんだから。
 蛍には、生きる目的がある。その目的を果たすためには、そう簡単に死ぬことはできない。死ぬにしても、まずは目的を果たしてから。そう考えていた。


 もともと蛍は、不登校になるような要素など何一つ持ち合わせていない少女だった。明朗快活、小学校の頃は交友関係も広く、社交的な生徒として通っていた。そしてそれは、中学生になっても変わらないはずだった。
 だが、中学一年の夏休み、蛍はある事件に巻き込まれ、その当事者となった。
 その事件の内容については、正直なところ蛍自身、もう思い出したくもないものだ。そしてこの事件をきっかけに、蛍は学校へと行かなくなった。そして不登校となり、現在に至っている。
 しかし、不登校になり始めた時と、今の蛍は違う。彼女はそう確信していた。
 あの時は、突如自分に降りかかった災難に戸惑い、悲しみ、わけも分からず外の世界を拒んだ。けれど今は、あの時の自分と、そしてその背景を少しは客観的に見ることができるようになってきた。
 だからこそ、気付いたのだ。あの時の事件……それには自分が知っていること以上の情報がまだまだ隠されている。その事実に。

 それから今まで、蛍はひたすらに情報を集めまくった。街の図書館で新聞記事を読み漁るのも、その情報収集の一環だ。そんな日々を、ずっと続けてきた。
 自分を心身ともに傷つけ、外の世界を恐れるきっかけになったあの事件。その情報は未だに多くを掴めてはいない。ただ、一つだけ分かったことがある。それは、自分と同じような経験をした者が同じクラスに――つまりこのプログラム会場のどこかにいる、ということだ。
 蛍は既に、その人物が誰なのかあたりをつけている。できれば、その人物と接触を図りたいところだ。
 その人物と話をして情報を交換すれば、真実を知るための大きな一歩になる。蛍はそんな気がしていた。
 尤も、その人物が既にやる気になってしまっている可能性もある。だからこそ……。
 蛍は、自分の右手に握られたものをじっと見る。刃渡りの長い、いわゆる柳刃包丁がそこにはある。出発してすぐに侵入した料理屋にあったものを拝借してきたのだ。防弾チョッキのおかげで防御面はあまり不安はないが、武器がないことにはどうにもならない。それに、多少の牽制にはなるはずだ。
 しかし、その人物がやる気になっているかどうかはともかくとして、先程の江里佳のように狂ってしまっていることはないのでないだろうか。
 その人物は、傷ついて世界を恐れるようになった蛍とは違う。同じように傷ついて、それでもなお世界と向き合っている、強い人物のはずだ。

――まずは、会って確かめる。話はそれからね。

 もう一度目的を確認し、蛍は歩きだした。無論、江里佳が走っていったのとは別の方向に。
 必ず目的を成し遂げる。その決意こそが、蛍を動かしている。

<残り27人>


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