BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第35話〜『恋人』
プログラム会場のほぼ中心にあたる、D−5エリア。周辺に広がっていた閑静な住宅街を抜けて、東にある中華街、南にある中心街との境目に位置するこのエリアは、それら三つの街波が複合した、何とも面白い街並みを形成している。
そのエリアの道路を、浦島隆彦(男子2番)は歩いていた。その後ろを、篠居幸靖(男子8番)と横野了祐(男子18番)がいつも通りについてきている。
しかし、彼らの表情は少しずつ沈んできている。
――まあ、無理もないよな。俺たちだって、死体なんて見たことは今まで一度もなかったわけだし。
古嶋の放送のすぐ後に比良木智美(女子13番)の死体を発見したことは、隆彦たちに大きな影響を与えていた。
智美の死体の傍らに落ちていた、中山久信(男子12番)のものと思われるライター。それによって、隆彦たちの仲間であるはずの久信がこのゲームに乗り、智美を殺したということがほぼ確実となってしまった。
その事実は、幸靖たちには重すぎたのかもしれない。正直、隆彦自身も受け止めきれているかどうか……不安だ。
さらにその後で、隆彦たちは智美以外のクラスメイトの死体も見つけた。ここから少し南西のE−4エリアに、九戸真之(男子4番)の死体が転がっていた。背中と胸に深い刺し傷があり、そこから溢れだした血がアスファルトの地面に沁み渡って妙なコントラストを形成していた。
正直なところ、吐き気がするほど強烈な光景だった。しかし、ここで戻してしまうようでは、幸靖たちに示しがつかない。そう思って、隆彦は必死で吐き気を堪えた。幸靖もどうにか吐き気を堪えていたようで、耐えきれずに吐いてしまった了祐の背中をさすってやっていた。
それからというもの、ずっとこんな雰囲気のまま行動を続けている。
――正直、まずいな。
隆彦はこの状況に、少しずつ焦りを感じ始めていた。
必ず古嶋と島居を倒し、このふざけたゲームから脱出してみせる。そう決意しながらも、そのための方策はここまで全くと言って良いほど浮かばない。それどころか立て続けにプログラムの現実を見せつけられることとなり、士気は明らかに低下している。
――このままじゃ、どうにもならないしな……どうにかしなきゃな。
そう考えたのは良かったが、今まで良いアイデアが出てこなかったのに、これから急に隆彦の頭が良くなるわけでもない。
どうにもならないもどかしさが、隆彦の心に溜まっていく。
その時、道路の先に隆彦は何かを見た。その何かはこの先の道路の角の先に消えていったが、人の形をしていた。どうやら、何者かの影だったようだ。だとすると、こちらに気づいて一旦身を隠した、というところだろうか。
とりあえず、隆彦は幸靖と了祐に声をかける。
「おい、幸靖、了祐。今この先に、人がいたぞ。こっちに気づいてるみたいだ」
「えっ、本当ですか?」
了祐が素早く反応した。一方で幸靖は、ここまでの経緯もあってか少しいぶかしむような素振りを見せている。
「でも、気づいてて近づいてこないってことは、疑われてるんじゃあ……」
そう、幸靖が呟く。だが、隆彦は幸靖に諭すように言う。
「いいか、たった一人しか生き残れないのがこのふざけたゲームのルールだ。それはここにいる奴ら全員が了解してるはずだろ? だけどこっちは三人いる。もしやる気になってるんだったら、単独行動が基本だよ。久信みたいにな」
あえて、久信の名前を例に挙げてみる。少々刺激が強い例えかとも思ったが、例に挙げるのに一番都合が良いのは久信しかいない。そして隆彦はなおも続ける。
「確かに、俺たちは疑われても仕方がないことをやってきてる。けど、俺たちだけで行動してても埒があかない。なら、ここは相手に声をかけてみるべきだと思う」
隆彦が言い終わると、二人は少し悩んだような顔を見せる。やがて、了祐が最初に口を開いた。
「……隆彦さんの言う通りかも、しれないですね。思い切って、行ってみましょうか」
「かもな。ウジウジしてるのなんて、らしくないですしね」
幸靖も、どこかすっきりした感じで言う。沈み気味だった精神が、少し立ち直ってきたようだ。
そんな二人を見て、隆彦も決心を固める。
「よし、さっきの奴を追いかけるぞ」
「はい!」
了祐が、元気良く返事をした。幸靖も頷くことで隆彦の言葉に返してきた。それを確認すると、隆彦は先程の何者かがいた方向へと歩いていく。そして何者かが消えた道路の角まで来て、相手が曲がった方向へ視線をやった。すると、二人組の男女がこちらをいぶかしむ眼つきで見ているのが見えた。男子生徒の方は、手に自動式拳銃を持っている。どうやら、さほど移動していなかったらしい。
この様子だと、向こうもこちらのことを図りかねていたようだ。
「……浦島、か。それに篠居と、横野も一緒なんだな」
男子生徒――原尾友宏(男子14番)がそう呟く。その傍らにいる女子生徒――星崎百合(女子14番)も、隆彦たちを見つめている。
友宏に関して、隆彦はあまり情報を持っていない。基本的に付き合いの薄いタイプだったのだから、仕方がないのかもしれないが。
バスケ部に所属しているという話で、風貌からしていかにも爽やかなスポーツマンという雰囲気がある。運動神経も良く、体育祭でその名前を頻繁に聞いた覚えもある(隆彦自身はサボっていたのだが、アナウンスで友宏の名前は聞いていた)。
あとは……今一緒にいる百合と付き合っているらしい、ということくらいか。
そしてその百合については、多少ではあるが友宏よりは知っている。あまり人と壁を作らないタイプらしく、隆彦たちにもよく話しかけてきていた。クラスメイトとの交流がない岡元哲弥(男子3番)あたりにもよく話しかけている(もっとも、哲弥が百合の話に乗っているところは見たことがないが)。
誰とでもすぐに仲良くなってしまうようで、彼女と話したことのないクラスメイトといったら、哲弥以外には御手洗均(男子16番)と、不登校の矢田蛍(女子17番)ぐらいだろう。
隆彦自身、百合と話したことは何度もある。いきなり世間話を振られたり、事務的な話であったりと……最初はこちらも適当に返していたが、そのうち慣れてそれなりの返事はするようになってくるのだ。これは、幸靖や久信もそうだったはずだ(了祐はもともと隆彦たち以外ともそれなりに付き合っていたので、特に問題はなかった)。
そういったこともあって、隆彦としては百合は幸靖たちを除いては、数少ない信用できる生徒の一人といえた。そう考えると、ここで彼女と会えたのは大きい。
だが問題もある。友宏のことだ。
隆彦も、そして友宏も、お互いのことをよく知らない。こうして鉢合わせて、果たしてどうなるか。全くの未知数といえる。
――どう、するかな……。
そうやって隆彦は思考しつつ、友宏の様子を窺う。向こうもこちらが考えた通り、複数でいることもあって強く警戒しているふうには見えない。しかし、完全に警戒を解いたわけでもない。その手にある拳銃の銃口は下げられているが、いつでもこちらに向けられそうな状態にある。
何とかして、友宏の警戒を解かなくてはならない。しかしどうやったらそれができるか、それが問題だった。
この状況で友宏を隆彦が説得しようとしても、それは意味がない。警戒の対象が説得しようとしても無意味だ。では、誰が……?
「ねえ、友宏」
その時、友宏の傍らにいた百合が口を開いた。声をかけられた友宏が、百合の方を向く。だが拳銃を握った右手は、まだ警戒態勢だ。
「何だ? 百合」
友宏が問いかけると、百合は切り出した。
「思うんだけど……浦島君たちは、やる気じゃないよ。きっと」
「え?」
百合が放った言葉は、隆彦としても意外なものだった。確かに友宏よりは、彼女の方が自分のことを知っている。だがここまではっきりと断言されるとは思ってもみなかったのだ。同じことを思ったのか、幸靖と了祐も意外そうな表情を見せている。
「私、今までに何度か浦島君たちと話したことあるけど……悪い人たちじゃないよ」
「けど、こういう状況でそれだけで信用しろっていうのも無茶な話だろ?」
友宏が百合の言葉に即座に返す。友宏の反応の方が真っ当だと、隆彦は感じた。
しかし百合は、なおも友宏に問いかける。
「もちろんそれだけじゃないよ。浦島君たちは、三人で行動してる。中山君はいないみたいだけど、一人しか生き残れないこの状況で、普段仲が良いからってグループで行動する必要はないはずよ」
そこで、百合は一呼吸置く。そして、続けた。
「それに、複数で行動してるのは私たちだって同じでしょう? でも友宏はこのゲームには乗ってない。でしょ?」
「あ、ああ。俺は殺し合いなんかする気はない」
「なら、さ。警戒しすぎるのも良くないんじゃないかな? 向こうは何もしてこないんだし、大丈夫だよ。ね、浦島君」
百合は友宏にそう言うと、最後にこちらに向かって問いかけてきた。その言葉は、おそらく隆彦の後ろにいる幸靖と了祐にも向けられているのだろう。隆彦だけを見ている眼では、ない。
――星崎って、ただ顔が広いだけじゃないんだな……。
隆彦の中で、百合に対する認識が少し改まった気がした。
結局、友宏は百合の言葉をうけてかしばらく考えるような素振りをみせていたが、やがてこちらに顔を向けて言った。
「――悪かったな。何しろこういう状況だから、不用意なことはしないようにしてたもんだからさ。百合がああ言うからには、大丈夫だろう」
「ずいぶん、星崎を信用してるんだな」
後ろから、幸靖が口を挟んできた。それに、友宏が返す。
「百合は、俺より人を見る眼はあるからな。こういう時は、俺の考えより信用できるんだ。事実、百合は普段から浦島たちと話をしてたしな」
そう言うと、友宏は少しだけ口元を歪める。この状況下でもなるべく笑おうとしているように見える。どうやら、精神的にも問題はなさそうだ。そう思うと、隆彦は少し安心した。
「こうやって会ったのも何かの縁だ。ここは、お互いに知ってることを教え合うってのはどうだ?」
隆彦は、その場で思いついたことを言った。せっかくやる気でないクラスメイトに会えたのだから、ここで何か情報を得ておきたかった。
すると、友宏も同じことを思ったらしく、すぐに頷きで返してきた。
「ああ。そっちに有益な話があるかは分からないけど、な」
「そんなのは、俺たちも同じだ」
隆彦は、そう言い返した。
その後隆彦たちと友宏たちは、お互いに知っていることを話していった。こちらからは、久信が智美を殺したであろう、ということ、E−4エリアに真之の死体があること。その二つをメインに話した。
特に、久信がやる気になっている可能性が高い、ということは念入りに伝えておいた。久信とも話したことがあった百合は、その話を聞いて意外そうな表情を見せたが、すぐに思い直したのか寂しそうに呟いた。
――中山君には、中山君の事情が……あったのかもね。
その言葉が、妙に心に残った。
次に、友宏たちの知っていることも教えてもらった。
友宏と百合は、出発順が続いていたこともあって、容易に合流することができたらしい。その後は、順番が離れていて合流できなかった友宏の友人、琴山啓次郎(男子5番)と駒谷弘樹(男子6番)を探して回っているということだった。
――二人を見かけたら、俺たちが探していた、って伝えてほしい。大丈夫そうだったらで、構わない。
そう、友宏は頼んできた。こちらとしても情報を教えてもらっている以上、駄目だとは言わなかった。彼らがこちらを信用するかどうかは別の話だが。
二人が知っていたことは、放送から少し後にC−8エリアで北岡弓(女子4番)を見かけた、ということくらいだった(百合が「このくらいしか知らないの。本当にごめんなさい」と謝ってきたが、気にしないように言っておいた。こちらだって碌な情報は持っていないのだ)。
百合の話によると、最初は弓に声をかけようかと思ったそうだが、どうにも挙動不審なところがあったのだという。
――やけにせわしなく周囲を見回してたの。手に何か武器も持ってたし……友宏もさすがに危険だって言うから、声はかけなかったのよ。
百合はそう言っていた。弓は、隆彦たちに近い側の女子だったが、友宏たちの話から考えるに、合流は避けた方が良いのかもしれない。
その後で、今度は互いの武器を確認し合った。隆彦たちがそれぞれの武器を見せると、友宏と百合も自分たちの武器を見せてくれた。
友宏の武器は、先程からずっと持っている拳銃で、どうやらトカレフTT−33とかいうものらしい。名前くらいは、隆彦も知っている銃だ。ヤクザとかが使っている銃、くらいの印象でしかなかったが。
もう一方の百合の武器は、何の変哲もないメガホン、だった。こんなものでは護身用の武器にさえなりそうもない。これで人を殴っても大したダメージにはならないだろう。そう思った。
互いの情報交換も終わった後で、隆彦は友宏に話しかけた。
「……なあ。良かったら、俺たちと一緒に行動しないか? 俺たち、ここから脱出しようって話を前にしてたんだ。人は多いほうが良いアイデアも浮かぶと思う。どうだ?」
隆彦の言葉をうけて、友宏はしばらく俯いて何か考え始めた。そしてしばらくして顔を上げると、言った。
「その話は、俺も嬉しい。でも、まだ啓次郎と弘樹は見つかってないんだ。脱出を目指してる以上、人探しは寄り道にしかならないだろう。なら、今合流はしない方が良い」
そこで一旦言葉を切り、続ける。
「でも、もし啓次郎と弘樹が見つかって、合流できたら……その時は、俺たちも浦島たちの仲間に入れてくれ。脱出のために何ができるかは分からない。けど、その話には是非乗りたいんだ。虫の良い話だとは思うけど、良いか?」
「構やしない。こっちだって仲間は欲しいんだ。今すぐ合流はできなくても、もう仲間みたいなもんだ」
そう隆彦が言うと、友宏は笑みを浮かべながら言う。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。次はいつ会えるか分からないけど……啓次郎と弘樹を連れて、会いたいな」
「おう、次は四人で来ると良い」
「分かった。じゃあな」
「じゃあ、またね」
そう言うと、友宏と百合は隆彦たちとは逆の方向へと歩いていく。道路の先の曲がり角、そこを曲がると、もう見えなくなった。
「……よっし、じゃあ気合入れなおしていくか!」
隆彦は少し大きく声を張って、言う。自分に気合を入れなおすためにもちょうど良かった。
「といっても、どうするんですか? 原尾たちは信用できるのが分かりましたけど……」
了祐が言った。確かに、このまま三人で行動し続けていても埒が明かないだろう。しかし、隆彦は一つだけ分かったことがあった。隆彦たちは、全く信用されていないというわけではない、ということだ。
今回は百合の存在が大きかったが、複数人で行動していれば、この状況でも頭の回る者ならば多少警戒を和らげることはできるかもしれない。それが、微かな希望になる。
とにかく、もう一度仲間を探す必要がある。それは間違いない。
――さて、誰か頼りになる奴はいるか……?
幸靖たちに移動の指示を出しながら、隆彦は歩きだす。そして同時に、この状況で頼りにできそうなクラスメイトは誰か、少ない知識の中から絞り出し始めていた。
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