BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第36話〜『監視』

 左腕の腕時計の文字盤は、10時前を指している。それを確認した志賀崎康(男子7番)は、周囲を見回した。
 康は相変わらず、ショッピングモールのエントランスフロアにいた。ここは外への見張りもしやすいし、開けていて過ごしやすい。ある程度のものはその辺の店舗で調達できてしまうのも大きい。わざわざ広いモール内を動きまわらなくて済むのは、良いことだ。
 他のメンバーの姿を探してみる。

 
清川永市(男子9番)は、今この場にはいない。「気分転換してくる」と言って、モールのどこかへ行ってしまった。ある程度の警戒はしておくように言っておいたし、今のところは大丈夫だろう。

 
蜷川悠斗(男子13番)は、すぐ近くで床に寝転がって仮眠をとっている。当初はそれなりに動き回っていた悠斗だったが、さすがに疲弊しているのは眼に見えていたので、康が休んでおくように言っておいたのだ。
 よほど疲労が蓄積されていたのだろうか、寝転がるなり寝息を立てて眠ってしまった。色々と聞きたいこともあったのだが、まあ仕方がない。

 
本谷健太(男子17番)は、今見張りに出ている。念のために永市の探知機と、康の日本刀を持たせてエントランスフロアのすぐ外に出ている。正面玄関に視線をやると、バリケードの向こうに健太の背中が見える。今のところは、異常はないようだ。

 そして康は、もう一人のメンバーの姿を探してみる。しかしフロア内には、その人物の姿は見えない。
――どこに行った? 何も言わずにフラフラと……。
 
光海冬子(女子16番)。康が今、どうにも信用しきれない人物の姿がないのである。冬子はメンバー唯一の女子ということもあって、色々と気を遣われているところがある。
 まあ、トイレなどはさすがに一言断って、とはいきにくいだろうし、やむを得ないところはある。しかし、だ。

――やっぱり、気になるな。

 康の中では、冬子に対する疑念は決して晴れてはいなかった。
 一番気になっているのは、
鞘原澄香(女子6番)のことだ。澄香は最初の放送で名前を呼ばれていて、冬子はその澄香に襲われた、と言っていた。そして悠斗がその場に現れると逃げていった、と。
 しかし、だ。この場合、多少乱暴ではあるが悠斗か冬子が澄香を殺した、と考えた方が説明はつけやすい気もするのだ。
 だがこの説を裏付けるためには、証拠が必要になる。そこで康が証拠になり得る、と考えたのが……悠斗の学ランだ。
 悠斗はここに来た時、学ランを着ていなかった。今回の修学旅行ではクラスの全員が学ランを着ていたし、プログラムの説明中にも皆が来ていた。それは悠斗だって例外ではない。しかし悠斗はそれを捨ててきたという。
 無論、動きにくいから捨てたという可能性もある。だが……モール内のメンバーで上着を着ていないのは、彼だけだ。永市も、健太も、女子である冬子も、そして康自身もだ。悠斗だけが、上着である学ランを着ていない。
 つまり、それほど動きに支障が出るわけでもないはずなのだ。それにバスケ部で鍛えていて運動神経も良いほうな悠斗が、そんな小さなことを気にするようには思えない。
 ここで、澄香の件を絡めて考えてみることにする。
 澄香が悠斗か冬子に殺された可能性を考えると……あり得るのは、悠斗の学ランには返り血がついてしまったのではないか、という可能性だ。
 他の部分は多少ごまかせても、上着についた血、そしてその臭いはそう簡単にはごまかせない。そう判断して、学ランを捨ててしまったのではないか? そういうことが考えられる。
 そう考えれば、大体は理解できる。悠斗の様子から考えて、悠斗が澄香を殺し、冬子がその場にいた、ということだろう。康は、悠斗が澄香を殺したということに確信を持ち始めていた。
 だがそこで、康の中で一つの疑問が浮かび上がってきた。

――だとしたら……何故それを悠斗も光海も隠すんだ?

 悠斗の様子を見るに、悠斗は殺意を持って澄香を殺したわけではなさそうだ。冬子が言っていた「澄香が襲いかかってきた」というのはおそらく事実で、その場に居合わせた悠斗もその争いに巻き込まれ、誤って澄香を殺してしまったといったところだろうか。
 だとすれば、何故そのことを隠しているのか?
 康たちに知られて、疑われるのを避けた、ということか? もしそうならば……康は衝撃を受けた。
 康たちの付き合いは、とても深く強いものだと自分では認識していた。それはこういった状況下でもそう簡単には揺らがないもの。そう信じている。もし悠斗が、康たちに知られたくなくて隠しているのだとすれば、それは悠斗が康たちを心から信頼していない、ということになってしまう。
 そう考えると、とてつもなく恐ろしく感じた。そして、寝息を立てている悠斗の姿を見て、思う。

――なあ、悠斗。お前……鞘原を殺しちまったのか? それを知られたくなくて、黙ってるのか? でも、さ……。

――話してくれて良いんだぞ? 俺は、お前を避けたりしないから。お前は、大事な仲間なんだから。だからいずれ、俺たちに話してくれよ?


 その時、正面玄関のドアが音を立てて揺れていることに康は気づいた。気になって視線をやると、見張りをしていたはずの健太がこちらを見ながらガラス戸を叩いている。康はすぐにドアに近づき、バリケードを避けつつ健太に声をかけた。
「健太、どうかしたか」
「そ、それが、さ……」
 健太はやや詰まりながらも口を開くと、自分の横を指し示す。そこには、息を切らして地面にへたり込んでいる女子生徒の姿があった。頭は完全に下を向いていて、その表情は伺えない。
「誰だよ、彼女は。一体何があったんだよ」
「……津倉だよ。息切らしてここまで走ってくるのが見えてさ。気になって声をかけたら、この有様なんだよ」
 そう健太に言われて、あらためて女子生徒の姿をよく見てみる。確かに、そこにいたのは
津倉奈美江(女子9番)で間違いなかった。 出発直後に永市と合流した時に見かけたときと、ほとんど同じ姿で奈美江はそこにいた。
「なあ、康。どうしようか」
 健太が、そう問いかけてくる。確かに、それが問題だと康も感じていた。
 この様子だと、奈美江は誰かに襲われてここまで逃げてきた、といったところだろうか。だとすると、この周辺にやる気になった人間がいて、今も奈美江を追っているかもしれない。
 しかし一方で、奈美江は襲われたことでパニック状態にあるだけで、既にその人物は振りきっている可能性もある。
 そこで康は、もう一度奈美江の姿をその眼でよく確認する。よほど長く走っていたのか、ひどく汗をかいている。今は5月、夏前とはいえ、長時間走ればこのくらいは汗だくになるだろう。
――おそらく、津倉を襲った奴はもう津倉を追うのは諦めている。そうみて良いだろう。
 康はそう判断を下した。少なくとも、今すぐにモールに危機が訪れるという事態にはならなさそうだ。
 となると、あとは奈美江の処遇のみだった。
 奈美江はこのゲームに乗るようなタイプの生徒ではない。
比良木智美(女子13番)たちと仲が良かったと記憶しているが、不良っぽさのないタイプで、それ以外のクラスメイトともまずまず上手くやっていける人柄の持ち主だった。
 それに、今現在彼女は何も武器を手にしていない。ということは、彼女の武器は高確率でハズレであり、なおかつ護身用の武器さえ所持していないことになる。
 ならば、当面の危険性は薄いといえるだろう。それに……。

――光海がいる以上、津倉もいたほうが都合は良いかもしれない。

 冬子の存在が、康に奈美江を保護することを考えさせた。現状、冬子の行動には制限が少ない。康自身は彼女を信用しきってはいないため、彼女の行動を何とか監視したいと思っていた。だが、こういう時に男女の違いというものが不利に働く。さすがに、冬子の生理現象まで監視するわけにはいかないのだ。
 非常時だからとごり押ししても、十中八九他のメンバーから反対されるはず。しかし、同性である奈美江がいると話は変わってくる。
 上手く奈美江に冬子を監視させることができれば、康にとっては好ましい状況となる。彼女の私物の検査もあらためて実行できるかもしれない。早いうちに、懸念材料は払拭しておきたい思いもある。
――よし。
 そして康は、決断した。
「健太、俺は津倉も仲間に加えたい。お前は、どう思う?」
「え……俺は別に文句はないけど。津倉がやる気になってるとは、ちょっと考えられないし。でも、永市や悠斗にも聞かないと……」
 健太がそう言ったのを聞いて、すぐに康は返す。
「じゃあ、今から中に戻って二人の意見を聞いてきてくれ。できれば、光海にもな。その間、見張りは俺がする」
――まあ、永市と悠斗が了解すれば光海も了解するだろうけどな。
 もし永市と悠斗が奈美江の合流にGOサインを出せば、光海も了承するはずだ。そこで無理に自分の意見をごり押しすれば、永市たちも不快感を示すだろう。そうなれば彼女自身の居心地が悪くなるだけだ。
「分かった、じゃあ行ってくるよ」
 そう言うと、健太はモールの中へと戻っていく。
――さて、と。
 健太がモールの中に入ったのを確認してから、康は奈美江の意志を確認すべく、その場にしゃがみ込んで奈美江の方を向いた。

<残り26人>


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