BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第37話〜深遠の章・3『暗黒』
そこは、暗がりの中だった。狭苦しくて、息苦しい。見た目にも、雰囲気的にもだ。
その中で身を小さくして、私は潜んでいた。
古嶋とかいうあの海パン男の放送より前には、私はもっと開放的で快適な場所にいた。しかし今は、こうして小さくなって息を潜めている。
こういう場所は、もともと私は大嫌いだ。かつて私がいたあのおぞましい場所に、この暗がりはどうにも似ているから。あの頃の――生きているのか死んでいるのかも分からないほどに心を殺し、人形として過ごしていたあの頃の、あの光景が呼び起こされる。
あれから、こういう場所にいるといつも叫びだしたくなる。
――私は、あの頃とは違う。私は、生きてる。彼のおかげで、こうして生きてる。
今思えば、あのおぞましい場所に一つだけ感謝できることがある。彼と出会えたこと。彼と深い繋がりを得た私は、生きる意味を得たのだ。
そして今、生きるために私たちはここにいるのだ。彼が『あの日』を守るために作りだした『要塞』。それを守り生きる。そのためにはなりふり構ってなどいられない。
どうせ許されないのならば、精一杯自分たちだけのために生きよう。そう心に決めたのだ。
――私と彼の道を邪魔することは許さない。『要塞』に近づくことは、許さない。
そんなことを考えながら、私はそっとトランシーバーを取り出す。彼と会話するための、このゲームの中での唯一のツールだ。このゲームが始まってから、私は度々これを使って彼と通信を行ってきた。だから彼に関する情報は、ほぼ分かっている。
だが、現状はそうでもない。
古嶋の放送以降、私はトランシーバーを使うことができていない。彼との通信を大っぴらに行うことのできる状況ではなかったからだ。そして今、ようやくその機会を得ている。
――なるべく、手短に済ませないといけない。
私は、そう思っていた。
そして私は、トランシーバーの電源を入れた。
『――俺だ。――か?』
すぐに、彼が応答した。確認のためだろう、私の名前を呼び掛けてくる。
「ええ、そうよ。ごめんなさい、ちょっと通信できる状況じゃなかったから」
『……そうか。でもこうして通信してきたってことは、今はそういう状況なわけだ』
彼は私の言葉から、すぐに私が置かれている状況を大まかにではあるが当ててみせる。さすがは、彼だ。この世界でもっとも私という存在を知りつくしているだけのことはある。
「ふふっ、やっぱりよく分かってるんだね。私のこと」
『ま、そうじゃなきゃここまでやってこれないだろう? そして、これからも』
「そうね。これからも……」
私はそこまで口にしたところで、言葉を止める。
これからも。この言葉がつかえるのも、この殺し合いが終わるその時まで。順調にいけば、最後に立っているのは私。そして生き残りの椅子はただ一つ。その意味は、容易に理解可能だ。
そこで、彼が声をかけてくる。
『――安心してくれ。俺は、必ず『あの日』を守るから。だから、心配しないでほしい。ここでのすべてが終わった頃には『あの日』は――だけのものだ』
「……そうだよ、ね」
少しぎこちなく、私は答える。
『まあ、俺に任せてくれよ。じゃあ、また何かあったら連絡してくれ。俺の手が必要そうな時にも、な』
そう言うと、彼との通信は終わった。彼の現状は結局聞けていないが、向こうも特に切りださなかったところを見るに、前の通信の時とさほど変化はなさそうだ。
「――肝心なところだけ、分かってないんだから」
そう呟いて、私は宙を仰ぐ。
やっぱり彼は、私の感情には気づいていないらしい。私がずっと抱き続けている、この感情に。
――もしも、彼とまっとうに出会っていたら……もっと違っていたのだろうか?
この感情に気付いてから、そんな疑問も何度か脳裏をよぎった。あのような形でなく、もっと平凡な出会いだったなら……道はもっと明るく照らし出されていたのかもしれない。そんなことを考えてしまう。
だが、そんな考えは捨てなくてはいけない。
あの出会いがなければ、私たちはこれほどに深い繋がりを得ることはなかったかもしれない。そして私は、人形として一生を終えていたのかもしれない。
――この関係に、「if」を言い出してはいけないのだ。
ともかく、私は前に進まなくてはいけない。ここまでの道を、捨てるわけにはいかない。
もう一度決意を新たにして、私は暗がりから光の中へと出る。私の嫌いな暗闇から、柔らかな光へ。だがその光は、私にとっては偽りでしかない。
私にとっての光は、彼以外にはあり得ないのだから。この世界で唯一の存在にして、私の――愛しい人である、彼以外。
「――そろそろ、私もやらなくっちゃね」
私にしか聞こえない声で、呟いた。
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