BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第38話〜『無為』

 プログラム会場の中にある、中華街が広がるエリア。その中の一つであるC?7エリアの道路沿いに、小さな中華料理屋がある。店舗兼住宅だったらしいその店の奥、厨房に二人の男子生徒が身を潜めていた。

――かったるい。

 そんな言葉が口をついて出そうになったが、
高埜道昌(男子10番)はそれをどうにか堪えた。あんまり妙なことを言ったりしたら、今隣にいる奴が変にビビりだすかもしれない。そうなったら、ますます鬱陶しくなる。
――勘弁してほしいな、ったく。
 そんなことを思いながら、道昌は隣で丸椅子に座りこんで俯いている男子生徒――
所真之介(男子11番)を見やった。真之介はこちらの視線に気づいていないらしい、俯いたまま動かない。

――何だってこんなことになっちまったかなぁ……。

 道昌は、何故自分が真之介と一緒にいることになったのか、思い出していた。


 古嶋とかいう海パン男がプログラムへの参加を告げた時、道昌が思ったこと。それは「めんどくさい」だった。
 もともと高埜道昌という少年はとことん面倒くさがりで、無気力な少年だった。自分でも、それが何故なのかまでは分からない。気が付いたら、そんな人間になっていたというだけの話だ。
 そんな性格だからこそ、この状況下でもその程度の感想しか抱けなかった。
 いざ出発してみて、道昌はあることに気付いた。
――俺、どうすりゃいいんだろう……?
 道昌には、この状況下で自分がどうするか、が全く見えなかった。
 ゲームに乗るのは論外だ。自分に人を殺せるほどの度胸があるとは思えないし、それなりにモラルは持ち合わせているつもりだ。大体……そんな面倒なこと、したいとも思わない。
 ならば脱出を目指すか? これまたアウト。聞いた話では、この殺し合いゲームから脱出できた例は二年前にたったの一例あるだけだという。そんな尋常でなく低い確率に掛ける気にはならない。それに、やはり面倒くさい。
 とにかく、どれもこれも面倒くさくて仕方がない。では、誰かと合流するか? しかしその選択肢も道昌は外さなければならなかった。それは別に、面倒だからというわけではない。単純に、道昌はこのクラスに友人が特にいなかった。それだけである。
 道昌のこんな性分を理解したうえで付き合ってくれる奇特な友人は、もともと数少ない。しかもその数少ない友人は皆、三年になるときのクラス替えで別々のクラスになってしまっているのだ。

――ホント、どうするよ?

 そうやって途方に暮れながら、駅舎の中を歩いていた道昌に、声をかけてきた者がいた。それが、真之介だった。真之介は小太りな身体を恐怖で震わせながら、道昌にどうにかこうにか話しかけてきたのである。
――た、高埜くん……だよね?


 所真之介という男子生徒について、道昌は大した情報を持ち合わせてはいなかった。クラスの男子の中ではかなり背が低く、小太り。いつもその目つきは怯えていて、道昌にも彼が臆病だということはすぐに分かった。
 そして時折、あの駅舎でハチの巣にされて死んだ
御手洗均(男子16番)に「憂さ晴らし」だとして殴られていたようだ。
 道昌自身は、その現場を目撃したことはない。だが時々真之介が痛そうに腹を押さえながら教室にやってきたのを見たことがある。あれはきっと、均に殴られた後だったのだろう。 もっとも、道昌はそれほどそのことに関心を持たなかったのだが。
 万事がそんな感じで、道昌と真之介の間には殆ど接点がなかった。唯一と言っていいのは、出席番号が並んでいる、ということくらいだ。


――ああ、それでか。

 そこまで考えて、道昌はここに真之介がいる理由に思い当たった。
 出席番号が並んでいる道昌に、真之介は出発してすぐに間の
戸叶光(女子10番)を抜かせば追いつける。真之介は、光をどこかで追い抜いてここにやってきたのだろう。
――何か、用か?
 道昌は、真之介にそう声をかけた。特に強い口調で言ったわけではないのだが、真之介は妙に怯えた様子でこちらを見る。
――別に怒ってねえよ。で、何か用かよ。
 そう言うと、ようやく真之介は口を開いた。
――高埜くん……ぼ、僕と一緒に行動しない? 一人じゃ、こ、怖くって……。
――はあ?
 思わずそんな言葉が口をついた。こいつは何を言っているんだ。それが道昌の、率直な感想だった。
 別段、普段からの接点などなかったはずだ。ただ、出席番号が続いているだけの、関係とさえいえないような接点だけ持ち合わせたクラスメイト。そんな奴に、こいつは合流しようと言ってきている。
 すると、真之介は言った。

――僕、人を殺すのは、嫌なんだ。でも、誰かと一緒にいるなんて、できないって思った。友達なんていないし……でも、高埜くんなら、大丈夫かも、って思ったんだ。

そして、続けて言った。

――高埜くんなら、僕を追い払うのも面倒がるんじゃないか、って。

 結局、道昌はそのまま真之介と共に行動を続けている。今の中華料理屋にいるのも、真之介が言い出したことだ。どこか休むところがあったほうが良いかも、と。
 道昌は思う。真之介を、あの場で追い払うことも自分には出来たはずだ。だが、結局のところは真之介の言うとおり、彼と行動を共にすることになっている。
――何でだろうな……。
 自分でも、わけが分からなかった。
 しかしこうやって真之介と行動をしてみて、気付いたことがある。真之介は意外に頭の回転が良い、ということ。道昌と合流しようと思った理由などにもそれは感じられた。気は小さいが、その部分はなかなか大したものだと思う。
 気が小さいがために、周囲に注意を払っていたが故だろうか? などとも思ったが、まあ考えていても仕方がないことだ。
 そしてもう一つ。自分は、実際それほど面倒くさがりではないのかもしれない、ということ。
 あの時真之介を拒絶していれば、正真正銘の面倒くさがりだったのかもしれない。しかし今の姿は、真の面倒くさがりだとはどうも思えない。まあ、拒絶するのを面倒くさがったとすれば、前提条件から崩れてしまう脆い考えなのだが。


「はあ……」
 何をするでもなくただぼうっとしていた道昌は、今までにあったことを思い返すと、自分のデイパックの中にある飲みかけの水のペットボトルを取り出す。そして一口飲むと息をつく。
 ふと、自分の手の中にあるものの存在に目がとまる。
 コルト・ガバメント……道昌に支給された武器である、自動拳銃だ。これはおそらく当たりの部類といえる武器だろう、と道昌は思っていた。もっとも、道昌がこれを使う機会はなさそうな気もする。
 道昌がこの銃を見せた後、真之介は自分のデイパックから出てきたただの練り消しゴムを見て、力なく笑っていた。

「……どうかした? 高埜くん」
 真之介が顔を上げ、声をかけてくる。この短い間に、ずいぶんと真之介の口調はくだけてきたように思える。どうやら道昌のキャラクターにも、だいぶ慣れてきたということらしい。
「――何でお前とこうやって一緒にいるのか分からねえな、ってさ」
 少しおどけた口調で、道昌は言った。
「そ、そんな言い方はないんじゃないかな……」
 そう言いながら真之介は苦笑いを浮かべる。口調がくだけてくるのと同時に、笑顔も見えるようになってきていた。
 しかし、道昌にはさっぱり分からない。合流してからも特別話をしたりはしていないはずなのだが、何故か真之介は道昌に馴染んできている。

――やっぱ、わけ分かんねえや。

 あらためて道昌は、そんな感想を抱いた。そしてやることもなく、手の中のガバメントを弄ぶ。
 この銃を持っていると、自分が置かれている状況を思い出せるのだが……少し目を離すとすぐに忘れてしまう。これがなくなったら、きっと緊張感のない空気がこの場に充満しそうだ。
 その時、真之介が呟いた。
「そろそろ、お腹が空かない? 高埜くん」
「お前、腹減るの早すぎだろ。そんなんだからそんな体型なんじゃねえの?」
 道昌は即座にそう返した。
「しょうがないじゃないか。お腹が空いたのは空いたんだから……」
 真之介はそう切り返しながらも、食べられるものを探すためか立ち上がった。中華料理屋だけあって、この建物には食べられるものが多く揃っている。食材の段階のものが多すぎるのが難点であるが、そこをいちいち言っていても仕方がないだろう。
「高埜くんも何かいる?」
「いらねえ。俺はそんなに腹減ってねえしな」
 真之介に対して、道昌は答える。事実、真之介ほど腹は減っていなかった。
「そう……じゃあ、僕の分だけでも食べるものを、と」
 そう言って真之介は立ち上がり、厨房の隅――入口の近くにある倉庫へと向かう。そこには、いくらかの食材が保存されている。そして真之介が倉庫の扉を開けようとした時、道昌は何か嫌な予感を感じた。直後、道昌はその予感の正体を知った。
 厨房の外、店内にある窓。そのひとつが開いていて、そこから風が吹き込みここまで届いている。そしてその窓の外に誰かがいた。女子生徒と思われるセーラー服の女。彼女が何かをこちらに向けていて……その先には、真之介の背中があった。

 瞬間、道昌は無意識に動いていた。女子生徒と真之介を結ぶ線、その間に、彼は立っていた。完全に背を向けていた真之介が振り向く。直後に道昌は、右脇腹に鈍い痛みを覚えた。

 痛みに耐えられず、道昌の身体が床に崩れ落ちる。叩きつけられた痛みも結構なものだが、何よりも脇腹の痛みが尋常ではない。よく見てみると、道昌の右脇腹から銀色に光る棒のようなものが生えていた。同時に、女子生徒の正体にも気付いた。薄い茶色のセミロングヘアーが特徴的な……
北岡弓(女子4番)。その手には、クロスボウが握られていて、今まさに新たな矢を番えていた。
 そして弓の顔は、ひどく歪んでいた。
「殺してやるわ。殺して、殺して、殺しまくってやる」
――とっくに正気じゃねえな、これは。
 道昌は、弓が完全にこちらを殺す気だと、そう判断した。同時に、先程狙われていた真之介に眼をやる。真之介は、何が起こったのか分からずに呆然としているようで、口をぽかんと開けながらこちらを見ていた。
「……逃げろ」
 思わず、道昌の口からそんな言葉が漏れた。
「え?」
「北岡は俺たちを殺す気でいるみたいだ。だから、逃げたほうが良い……」
 そう言うと、真之介はようやく状況を理解したらしい。一度弓のほうを見てその目を恐怖に震わせて、厨房の奥にある裏口へと駆け出して行った。そしてすぐに、その姿は見えなくなった。
――おいおい、いくら逃げろったって、薄情すぎやしねえか? ま、しょうがねえか。うん。
 道昌は一人でそう納得することにした。

――さて、俺は……この状況をどうにかしないといけねえ、か。面倒なこったな。

 クロスボウの矢が刺さった右脇腹の痛みをこらえつつ、道昌は立ち上がる。まだ窓の外にいる弓は、こちらが立ち上がったのを見て少し驚きを隠せない、といった表情を見せた。
「……よく立ったわね」
「うるせえ。俺だってこんな面倒なことしたかないっての――」
 言いながら、道昌は右手にあるガバメントを構える。こちらが銃を持っていることを知らなかったらしい弓は、苦々しそうな顔を浮かべた。
――まず一発だ。
 ガバメントの引き金を引く。銃声と共に放たれた銃弾は窓枠を掠めたが、弓に当たることはなかった。窓の外にもう、弓の姿はない。すぐに窓の下に身を隠したらしい。
「ちっ……」
――こいつを何とかして、さっさと応急処置なり何なりしないときついかもな。
 道昌は直感的にそう感じていた。
 とにかく、向こうがクロスボウの矢を番え終わる前に押し切って、この場を離れなければならない。実に面倒なことだとは思うが、やらなければならない。
 ならば、とにかく撃ちまくる。それが良い。道昌はそう判断した。
 道昌は、ガバメントをしっかりと握りしめると窓の周辺に向かって撃ちまくった。殺そうなんてつもりはない。ただ、とにかく夢中で撃った。弾倉の中の弾をすべて撃ち終わると、窓周辺の壁は撃ちこまれた銃弾で無数の穴が穿たれていた。何とも無残な姿といえる。
――はは、さすがにここの主人に悪いことしたか……?
 もう、やれるだけのことはやっただろう。すぐにこの場を離れるべきだ。道昌はそう判断した。脇腹の傷はまだ痛む。矢も刺さったままだが、下手に抜いて血が抜けるとまずい、とも思ったのだ。
 そうして道昌は、すぐに厨房へと向かうために背を向ける。手間取ってしまったが、早く真之介を追いかけなければならない。

――あれ? 俺、何であいつを追いかけようとしてるんだ……?

 そんな疑問がふと浮かび、道昌は足を止めた。その瞬間、背中に強い痛みが走る。道昌はまたしても、床に倒れ込んだ。
 何が起きたのか、道昌にはさっぱり分からなかった。倒れながらも自分の背中に視線をやると、右脇腹に刺さっているのと同じ銀色の矢が刺さっているのが見える。
――まさか……あの女――!
 そして足音が耳元に響く。もう一度視線をやると、クロスボウを右手に提げた弓が立っているのが見えた。彼女は、全くの無傷だった。
「一発撃たれた時に、店から離れて正解だったわ……。そうしなかったら、私はあんたに殺されてた。でもそうはならなかった。私は殺して殺して殺しまくってやる。皆信用ならないなら、そうするしかないじゃない」
 吐き捨てるようにそう言うと、弓は道昌の手からガバメントを剥ぎ取る。徐々に身体の力が抜けていきはじめている道昌には、抵抗さえできなかった。そして弓は道昌のデイパックを探し出して予備の弾を探し出すと、もう用はないとばかりに店を出て行ってしまった。
 店内には、静寂が残った。


 道昌は、薄れゆく意識の中もう一度考えた。自分は、何故真之介と一緒にいたのだろうか。そして何故、真之介を追おうとしたのか。
 今まではさっぱり分からなかった。だが、死を間近に控えた今なら簡単に理解できる気がした。

――きっと俺も、一人は嫌だったんだ。今更分かるとか、意味ねえよ……。

 もう、一人になってしまった。唯一の仲間も、何もここにはない。完全なる孤独と静寂が支配している。
――嫌だなあ、一人は。面倒くさくってもいい。誰かに近くにいてほしかったんだ、俺は。このまんま、終わりたくねえよ――。
 しかし、その思いは届かない。その思考から間もなく、道昌の意識は深い深い闇へと沈んでいき、二度とその闇が開けることはなかった。

<AM11:17> 男子10番 高埜道昌 ゲーム退場

<残り25人>


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