BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第39話〜『勇気』
中華街を抜け、海浜公園のほうへと至る道路。その上を、所真之介はひたすらに走っていた。その足取りは、本人にとっては必死なのかもしれないが、あまりにも遅い。もともと運動神経の鈍い真之介にとっては、これが精一杯だった。
その身には、学ラン以外は何も身につけてはいない。支給されたデイパックも、修学旅行用のバッグも、すべて置いてきてしまった。あの、中華料理屋に。
そしてあの店にはまだ高埜道昌と、道昌を矢で撃ちぬいた北岡弓がいるはずだ。
弓のあの行動は、彼女とろくに話したこともない真之介にとっても驚くべきものだった。
あまりにも突然の襲撃。そしてひどく歪んだその顔。そのどれもが、自分のイメージしていた彼女とは重ならなかった。
北岡弓という女子生徒は、風貌こそ少々不良じみていたが、それほど攻撃的な人物には見えなかった。それに――結構美人だった(真之介は何度か、弓が気になったことがあった。無論、自分から話しかけるなんてことはしなかったが。そんな度胸が自分にあるわけがないのだ)。
そんな彼女が、あのような暴挙に出た。それが、このプログラムというゲームなのだろうか? 誰も彼もが、死の恐怖に怯え、大切なものを失う。そういうゲームなのだ。
真之介は、忘れかけていた感覚が呼び戻された気がした。あの駅舎で、御手洗均(男子16番)が無残に殺された時(均は普段真之介を憂さ晴らしに殴るなどしていたし、はっきり言って嫌いな人物だったが、この時ばかりはそんな感情などどこかへと吹き飛んでしまった。それほどに強烈な光景だった)抱いた、恐怖の感覚。
しかし同時に、真之介の心に宿っていた感情があった。
――戻ったほうが、良いのかもしれない。
道昌と弓がいるであろうあの店への反転――。それは、自分から死地へと飛び込むようなこと。そう思った。事実、道昌は弓によって撃たれた。他ならぬ、真之介を庇って、だ。
そんな彼を置いて、自分は一人こうして逃げ延びている。
――逃げろ。確かに道昌はあの時そう言った。しかし、本当にその通りにして良かったのだろうか? 何とかして、彼を助けるべきだったのではないだろうか?
そりゃあ、たいして体力もなければ、格別頭が切れるわけでもない。おまけに武器は大ハズレな自分に、あの時何かができたとは到底思えない。それは分かっている。でも、嫌な感覚が残り続けているのだ。
自分が欲した仲間。こんな状況下でもいつも通りの孤独を味わうことを恐れ、藁をも掴む思いで声をかけた仲間。ブツブツ言いながらも一緒にいてくれた仲間。
その仲間の生命の灯火が消えるかもしれない。そんなことになるのは、やはり嫌だった。
――戻ろう。僕に何ができるかは分からない。でも、大切な仲間を見捨てるなんてできない。そんなことしたら、きっと僕は後悔する。
歩みを止め、元来た道に向き直る。それまでひたすら走っていたせいか、あの中華料理屋がある中華街はもうすっかり見えない。南には、海岸に沿って広がる大きな海浜公園が見える(真之介は気付いていなかったが、彼は走り続けるうちにE?8エリアの北端――海浜公園の前までやってきていた)。
随分と遠くまで走ってきたものだ。これだけの距離を今更戻っても、もう遅いかもしれない。だが、戻らなければならない。
意を決して歩を進めようとしたその時、真之介の背中に、声がかけられた。
「所君、だよね?」
急に声をかけられたことで、真之介は身を大きく震わせた。一体、誰だというのか。こんな状況で、声をかけてくる人物とは。
とにかく、真之介は振り返って、声の主が誰なのかを確かめることにした。背後に立っていたのは、手に自動式拳銃を握った男子生徒と、それに寄り添うようにして立つ女子生徒。
「やっぱり所君だったんだ。こんなところで何してるの?」
女子生徒――星崎百合(女子14番)は、先程の声と全く同じ声色で話しかけてくる。どうやら先程の声の主は、彼女だったようだ。
「見たところ手ぶらみたいだし……何かあったのか?」
男子生徒――原尾友宏(男子14番)が、真之介に問いかけてくる。こちらが丸腰なこともあってさほど警戒はしていないらしく、手にある拳銃の銃口はずっと地面を向いたままだ。
二人を見比べながら、真之介の脳内は二人がどういう人間だったかを思い出すためにフル回転していた。
友宏は、確か男子バスケ部に所属していた。運動神経も良く、爽やかな雰囲気がある。クラスに親しい友人のいない真之介から見ても、まずまず好感の持てる生徒だといえる。
そして百合については、真之介は友宏以上に好感のもてる生徒だといえる。不良である浦島隆彦(男子2番)たちにも話かけている光景はよく見られたし、クラスで孤立していた自分にもよく話しかけてきてくれた。そんな彼女は、このプログラムが始まる前から真之介が信用できると思っていた生徒だった。
「その様子じゃ、このゲームに乗ったわけじゃなさそうだな」
「でも、何も持ってないなんて……一体何があったのか、教えてよ。所君」
百合があらためて言ってくる。その目つきは、とても真剣にこちらの話を聞こうとしている意志が見える。それを信じて、真之介は今までにあったことを話すことにした。
道昌と一緒にいたこと、北岡弓に襲われたこと、道昌が自分を庇って撃たれ、自分は逃げ延びたものの、道昌を助けたいと思っていること――。
すべてを聞き終えた後は、二人とも驚きを隠せないといった表情をしていた。どうやら友宏も百合も、弓がこのゲームに乗っているというのは予想していなかったらしい。
「北岡が乗った、のか……。そういう奴には見えなかったんだが、それがこのゲームの現実ってわけなのか?」
「そんな……」
百合も、どこか沈んだ表情をして、俯いている。ただのクラスメイトが殺し合いをしている。そのことでこれほどまでに落ち込んでしまう彼女は、本当に心優しい子なのだろうと思った。
その時真之介の頭に、ある考えがよぎった。無関係な二人を巻き込んでしまうかもしれないが、無力な自分にできる、数少ない方法。
真之介はその考えを口にしてみることにした。
「ね、ねえ二人とも。頼みが、あるんだ」
「え?」
百合が怪訝そうな表情を浮かべる。真之介は続けて言う。
「僕、高埜君を助けにいきたいんだ。このゲームの中でだけど、やっとできた仲間だし……一度は逃げたけど、やっぱり助けたいんだ。でも、僕は何も持ってない。だから、原尾君と星崎さんにも手伝ってほしいんだ」
「手伝う、って……高埜を助けに行く、か?」
友宏が言う。その表情には嫌悪感は感じられない。
「う、うん。もちろん、ダメならダメで良い。そう言うんなら、一人ででも行くから」
「……そう言われても、な」
友宏は肩を竦めつつ言った。隣の百合も、言う。
「さすがに、困ってる人を助けないのは――私は、嫌かな。友宏は、どうしたい?」
「俺も、別に良いよ。啓次郎と弘樹を探すためには、あちこち動き回る必要があるんだ。高埜を助けに行く過程で二人に会えれば何にも問題はないわけだしな」
そう言うと、友宏は真之介のほうを向いて言った。
「ま、そういうわけだ。ここで会ったのも何かの縁ってことだろうし、手伝うよ」
そして友宏は、少し笑った。つられて、真之介の顔にも笑みが浮かぶ。
――よかった――。すぐ、助けに行くからね。高埜君。
「じゃあ、早速行こう。僕たちがいた場所まで、案内するから――」
真之介はそう言って、来た道にもう一度向き直り歩き出す。協力してくれる仲間を得たことで、真之介の心に気合が入った。必ず道昌を助ける。自分が後悔しないためにも。
そう決意を新たにした時だった。真之介の視界に、何者かの影が飛び込んできたのが見えた。それが誰なのかは真之介には分からない。だが、友宏と百合にはそれが誰なのか分かったらしく、二人の前に立っている真之介に声をかけてきている。
「逃げろ、所――!」
友宏の言葉が、耳に届いた。その刹那、二発の銃声が連続して真之介の鼓膜に響いた。一発目と共に、真之介の右脇腹が強く痛む。そして同時に受けた強い衝撃で、真之介の身体が傾ぐ。
――えっ――。
そして二発目。その音の後に、真之介は痛みを感じることはなかった。その銃声と共に放たれた銃弾は真之介の頭部を捉え、頭蓋骨を撃ち抜いて彼の脳機能を破壊してしまったのだ。
撃たれた。その感覚だけが鼓膜に残ったまま、真之介は地面に崩れ落ちた。すべての感覚がなくなっていく中、真之介は最後の思考を巡らせていた。
――たか、の、くん……。
それ以上の思考はできずに、真之介の生命活動は停止した。
地面には、右脇腹と頭部を立て続けに撃ち抜かれ、その生命を落とした真之介の骸。身体の下には、脇腹と頭から溢れだす彼の血液が血溜りを作っていく。
自分たちの目の前で真之介を撃ち殺したその人物を、友宏はじっと見据えていた。戦慄と、怒り。その二つ以外にもいろいろな感情の交じった複雑なものを浮かべた表情で。百合は、友宏の腕を掴んで離さない。さすがの彼女も、目の前で行われたクラスメイトによる殺人に恐怖を隠せないようだ。
友宏は、下ろしていたトカレフの銃口を久信に向けた。このゲームに乗る気はないが、この人物は何とかしなくてはいけない。
――浦島たちが言ってたことは、本当だったんだな。
少し前に出会った、浦島隆彦たちが教えてくれたこと。それは、彼らの仲間である中山久信(男子12番)が、ゲームに乗っている可能性が高い、ということ(隆彦によれば、彼は既に比良木智美(女子13番)を殺しているだろう、とのことだった。さすがに現場を見ていない以上、実際がどうなのかは分からないが)。
そして久信は今、友宏と百合の目の前に立っている。仲間を助けようとしていた真之介を、無情にも撃ち殺した。その手に握られた拳銃で。
「中山。お前、本当にこのゲームに……」
言いかけた友宏の言葉を、久信が言葉で遮った。
「だから、何だって言うんだよ」
ひどく、平坦な声だった。
<AM11:29> 男子11番 所真之介 ゲーム退場
<残り24人>