BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第40話〜情念の章・4『嫉妬』

 地面には、所真之介の骸。彼に死をもたらした頭部の銃弾は彼の前頭部に大きな損傷を与え、その顔が分からなくなるほどに破壊していた。そしてその骸を挟むようにして、中山久信と原尾友宏、星崎百合は立っていた。
 いつの間にか、友宏はその手に持った拳銃――トカレフTT?33の銃口をこちらに向けている。どういう経緯かは知らないが、こちらが既にゲームに乗っているということを知っているように見える。そして百合は、そんな友宏に寄り添うようにして立ち、こちらに恐怖を帯びた眼を向けている。

――二対一、か。

 目の前に銃を構えたクラスメイト。そんな状況でも久信の心にはさほど動揺はなかった。これが、慣れてきたということなのだろう。
――福島の奴に撃たれた時のほうが、よっぽど危ない状況だった気がするぜ。
 久信の脳裏に、今朝早くに戦った
福島伊織(男子15番)の顔が浮かんだ。ショットガンを携え、久信を窮地に追い込んだあの男。あの時に比べれば、今の状況など大したことはない。
「中山。お前、本当にこのゲームに……」
 友宏がそんなことを言いかける。やはり、彼は久信がゲームに乗ったことを知っていたようだ。どういう方法で知ったかは知らないが。
「だから、何だって言うんだよ」
 久信の口から言葉が漏れる。久信は今、精神的に余裕が生まれていた。友宏は運動神経も良く、まともに戦ったならばかなり脅威になりうる生徒だ。しかし恋人の百合を引き連れているところから見ても、やる気になっているとは思えない。
 そもそも銃を持つ手が少し震えている。あの様子では、まだあの銃を撃ったことはないらしい。何度か銃を撃ち、多少は感触に慣れてきた久信とは差がある。

――ここでもう一つ、銃を手に入れるのもアリだな。

 瞬時に、久信は判断した。この場で二人とも殺し、友宏の持つ銃を手に入れる。武器を充実させ、より殺すことに慣れておく。そうすれば、福島伊織と再び出会っても、あの時と同じ結果にはならないだろう。それに、あの後会場にはマシンガンらしき連続した銃声も響いていた。伊織以外にも、強力な武器を持っているクラスメイトがいる、ということだ。
 ならば、いずれそのマシンガンとも戦えるように武器を集めておく必要がある。
 即座に久信はその手にあるファイブセブンを構える。そして同時に引き金を引いた。銃声と共に放たれた銃弾。しかしその銃弾は友宏も百合も捉えることはなかった。久信の視界に映ったのは、ファイブセブンの射線上からその身をかわして近くの木の陰に身を隠した友宏と百合の姿。百合の肩を抱き、彼女を守るという意志を表に出したその姿。
――気に入らねぇ、な。
 久信はその姿に、強い不快感を覚えた。
 自分は、ずっと想ってきた
光海冬子(女子16番)を優勝させる、そのためにこのゲームに乗った。それはすなわち、その目的が果たされた時、久信はこの世にはいないということを意味している。
 しかしだからといって、久信は自分の想いが叶うことを諦めたわけではない。もしこの殺し合いの中で彼女に会えたなら、きっとこの想いを彼女に伝えるだろう。そのつもりでいた。だが同時に、自分の想いは叶わないような、そんな気もしていた。この手を血に染めた男など……そんな風に考えてしまう。
 そう考えていると、友宏たちの姿はひどく気に入らなくなる。
 自分が手に入れられないものを持っている、彼らのその姿が、久信を苛立たせる。ある種、嫉妬に似た感情を抱かせる。

 その時、久信はあることを思い出した。友宏の友人のこと、そして彼らがどうなったかを。同時に、こうも思った。
――こいつを、打ちのめしてやりたい。
 何とも子供っぽい感情。だが、久信はその感情に身を任せることにした。

「よう原尾。お前さ、確か琴山と駒谷と仲良かったんだっけか?」
 あまりにも唐突な問いに驚きを隠せなかったのか、友宏は一瞬木陰から怪訝そうな顔を覗かせたが、やがて言った。
「ああそうだ。けどそれがどうした。お前に何の関係があるって言うんだ」
 友宏の返事を聞いてから、久信は少し溜める。そして少しの間をあけて、その言葉を口にする。
「あいつらさ、もう生きちゃいねぇぞ。琴山は胸に一発、駒谷は……頭が吹っ飛んじまったんだったな」
 そう、久信の知る限りでは、友宏と一緒にいることの多かった
琴山啓次郎(男子5番)駒谷弘樹(男子6番)。その二人はもうこの世にはいない。今朝、久信自身がこの手で殺したのだ。そのことを、友宏に対して口にした。
 そして友宏は、この言葉にしっかり食いついてきた。
「お前……まさか二人を――!」
 友宏の語気には、確実に怒りがこもっている。久信の言いたいことを察したらしい。なかなか頭の回転も良さそうだ。
「さあ、どうだかな。もしそうだとしたら、原尾、お前は俺をどうする?」
「絶対に、許さない」
 友宏はそう言い切った。そこで久信は、ふとあることに気付いた。
――こいつは……俺とは全然違う奴みたいだ。
 そこで、久信はもう一つ問いかけてみることにした。久信と友宏、その違いを明確にするために。
「原尾さぁ、そこで『殺す』とは言わねぇんだな。お前も銃を持ってる。その気になれば俺をぶっ殺すことだってできる。俺が大事な友達の仇だとしたら、殺したくて殺したくて仕方ねぇはずだ。でも、お前は『殺さない』わけだ」
「……お前が殺したんだとしたら、めちゃくちゃに憎いさ。でも、俺は人殺しはしない。このゲームに乗ったりなんかしない」
 きっぱりと、友宏は言い切る。その表情には確かに憎しみが見える。しかしこれで久信は確信した。自分とこの男は、絶対に分かり合えない、と。
 今度は、心の底からの感情を彼にぶつける。
「――俺さ、お前のこと気に入らねえわ。俺の欲しいもの持ってるくせにさ、人殺しなんてしない? お前、星崎の彼氏だろ? 大事なんだろ? じゃあさ、星崎とお前だけ生き残ったらどうすんだよ。生き残れるのは一人だけなんだろうがよ」
「それは――」
 言いかけた友宏の言葉を、遮る。そして久信はさらに言う。
「じゃあ脱出を目指しますってか? 笑わせんな。確かに脱出した奴はいたらしいな、二年くらい前に。でもそんなことが毎度毎度あってたまるかよ。なら答えは見えてんだろうが」
 久信はそこで言葉を止め、少しあけてから言った。
「最後の二人になるまで生き延びて、自分が死ぬ。それだけだろ。少なくとも俺はそのつもりで殺してきてる。自分が死ぬ覚悟もできてる。でもお前にはその覚悟はない。そりゃお前がチキン野郎だからさ。大事な奴のために生命も張れない臆病もんなんだよ、お前はよ!」
 言いたいことを全てぶつけた。全てを言いきると、久信は妙に気分がすっきりした気がした。心を決めていても、色々と積もり積もったものがあったというのだろうか。
 ここまでやると、もう友宏たちへの殺意など湧いてこない。あらためて友宏の様子を見ると、先程までの姿とはうってかわって打ちのめされた表情を見せている。
「友宏君、しっかりして! 中山君の言うことを気にしちゃダメよ!」
 傍らの百合が必死になって友宏に声をかけているが、あの様子では友宏が立ち直るには相当な時間を要するかもしれない。いや、このままというのもあり得るか。

――ま、次に会うときには立ち直ってると良いな。

「……せいぜい頑張れな」
 そう呟くと、久信は踵を返してその場から離れる。背後では、百合の声がまだ聞こえていた。
――こんなのは、今回だけだ。今回だけ。次に会ったら、絶対に……。
 久信の心を、何ともいえない感情が渦巻いていた。

 鳴動編・終了
 崩壊編へと続く――

<残り24人>


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