BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
崩壊編
Now24students remaining.
第41話〜『注意』
「うーん、朝は五人死亡、か……ちょっと微妙な数字だなぁ」
そう呟きながら、古嶋余地夫(1999年度兵庫県神戸市立月港中学校3年A組プログラム担当教官)は、最初の放送以降の戦闘を記録した書類を見つめていた。
古嶋がいるのは、プログラムのスタート地点となった駅舎の一階にある事務室。そこに設置されたプログラム運営本部のソファに、古嶋はゆったりと身体をもたれさせている。もと もとこの駅舎の応接室にあったというこのソファは、なかなかに心地良い感触を古嶋に与えてくれている。
_これ、プログラムが終わったら家に持って帰ろうかな? どうせこの駅舎も使えなくなるだろうし。
そんなことを思ったりもしたが、さすがに職権濫用とみなされそうな気もするので、考えるだけにとどめておいた。
周囲では、プログラム管理のために常駐している専守防衛軍の兵士たちが、慌ただしく仕事に追われている。まもなく正午を迎え、二回目の定時放送を迎えるため、その準備に忙しいのだ。
そして古嶋も放送に備えて、戦闘記録をチェックしている。
しかし、古嶋は今回の戦闘記録がやや不満であった。戦闘自体は頻繁に発生しているが、その進行自体はさほど速いとはいえない。
古嶋個人の経験からして、ペースが鈍り始めるのは最初の正午を越えてから、という認識でいた。今まで自分が担当したプログラムは、基本的にそうだった。半日が経過すると、やる気になった者も疲れ始める。そして生徒が減ると、その分遭遇率も下がる。そういった要因があるのかもしれない、と古嶋は考えていた。
無論、これが普通だとする担当教官もいるかもしれない。だが、古嶋にとってはそうではないのだ。
ゲームに乗った生徒自体は、結構いる。
先程所真之介(男子11番)を殺し、これで四人を殺したことになる中山久信(男子12番)。
当初の予想ではここまで積極的になるとは古嶋も思っていなかった、北岡弓(女子4番)。
早い段階から積極的に動いていたが、最初の放送以降はあまり動きを見せていない岡元哲弥(男子3番)。
その他にも福島伊織(男子15番)や町田江里佳(女子15番)も、まだ誰も手にかけてはいないが、このゲームに乗ったとみて良いだろう。
「どうかしましたか?」
その時、唐突に声をかけられ、古嶋はソファにもたれたまま顔を向ける。そこには、穏やかな笑みを浮かべた女性が立っている。
「おっ……島居、か。脅かすなよ」
「すみません。何か難しそうに考えていたみたいなので、気になりまして……」
声をかけてきたのは、島居マサコ(同プログラム担当教官補佐)だ。生徒たちの前に姿を見せた時に見せていた挙動不審な態度は影を潜め、むしろ理知的な雰囲気すら感じさせる。 そしてあの白パジャマも着替え、迷彩柄の軍服を着ている。
島居のことは、古嶋も良く知っている。大学の後輩で、よりによって卒業後の進路まで一緒だった。
そんな彼女は、プログラムの運営に携わる時だけ、挙動不審なキレたキャラクターへと変貌する。その理由を、以前彼女が教えてくれた。
_あのくらい訳の分からないキャラクターを見れば、生徒たちはここが非日常なんだと理解しやすいと思うんです。そのほうが、その先もスムーズに進むんじゃないか、って。
そう語った時の島居の顔は、知性に溢れていた。正直、女としての魅力を感じるほどに。
だからこそ、仕事中はその魅力を全て台無しにしかねないレベルにまで敢えて弾ける彼女とのギャップは凄まじく、現に古嶋自身、未だにこのギャップには慣れていない。
「いまいちペースが不満でね。もうちょっと頑張ってほしいところかな、と思うわけ」
古嶋は、島居にそう言った。気にしすぎとも思われるかもしれないが、別にどうでも良い。
すると島居は、突然こう言い出した。
「_じゃあ、トトカルチョでもしません?」
「はあ?」
突然の提案に、古嶋は思わず面喰らって間の抜けた声が飛び出してしまう。トトカルチョというのは、このプログラムで誰が優勝するかに金を賭ける、政府高官の間で人気のギャンブルだ。無論、そんなことがプログラムの中で行われているのが知れたら大変なことになるのは目に見えている。だからこそ、その事実を知るのは一部の人間だけ。
そして古嶋と島居は、その『一部の人間』だった。
だが古嶋は、この遊びをやったことはない。いくらなんでも、金を賭けるのはおふざけが過ぎる。そう思っていたからだ。まあ、だからといって別にプログラム自体に反対する気はないが。
それは、確か島居も同じだったはずだ。その彼女が、何故そんなことを言い出すのか……?
古嶋は疑問に感じた。そんな雰囲気を察したのか、島居が言う。
「一応言っておきますけど、お金は賭けませんよ? ただ、ちょっとだけ特定の生徒に注目して見てみましょう、ってだけです。気分も変えられるのではないかと思うのですが……」
そう言われると、古嶋は何となく納得できた気がした。
「言いたいことは分かったよ。けどそれはもうトトカルチョじゃないよな」
「でしょうね」
笑みを浮かべながら、島居はそう言った。
「……まあ、気分を変えるってのには賛成だな。とりあえず、期待できそうな生徒を上げてみようか」
「私は、矢田蛍さんが気になるんですよね」
島居は、そう言って室内にあるディスプレイを指差す。そこにはエリアごとに区切った会場の地図が映し出されており、生存している生徒の現在位置が出席番号で表示されている。そして島居が言う生徒_矢田蛍(女子17番)を示す桃色の数字「17」は、海浜公園エリアの中_G=8エリアにあった。
「矢田蛍って、確か不登校とかで自宅から拉致した子だっけ?」
「はい。基本的に不登校とか引きこもりとかの生徒は生き残れないんですが、彼女はそういったこれまでのケースとは違う雰囲気を感じるんですよ」
言われてみて、古嶋は矢田蛍という生徒の駅舎での姿を思い返す。不登校を続けていたせいか、他の生徒とは違う異質な雰囲気があった(一人だけ私服だったのもあるかもしれないが)。そしてその眼の力は、ちらと見ただけでもなかなかのものだった。僅かな時間ではあるが、それだけの印象を残している。
「確かに、やる気じゃないみたいだけど、要注目って感じはするな」
「でしょう? じゃあ、古嶋先輩は誰に期待してます?」
そう言うと、島居はまたディスプレイに目を向ける。古嶋はしばらく考え込むと、二人の生徒を示す番号を指した。
その男女は、それぞれ離れた場所におり、一見何の関係性もないように見える。だが、首輪に密かに仕込まれた盗聴器から入ってくる会話記録から、この二人に繋がりがあるのは明白だ。
島居もそのことは理解していたようで、即座に言う。
「その二人ですか。確かに要注目ですね。互いの関係性なんか、こうやって会話記録を調べないと分からなかったですよ」
その通りなのだ。プログラムの対象にこのクラスが選ばれた際、古嶋たちは拉致前に彼らのことを調査した。しかしその調査では、この二人の男女の関係性は浮かび上がってこなかった。
無論、調査が手抜きだったはずがない。となれば、この二人は自分たちの意志で関係性を隠していたということになる。そこまでして関係を隠すということは……何か後ろ暗いことがある、ということかもしれない。
_要注目っていうか、要注意な気もするなぁ、こりゃ。
古嶋はそんな感想を抱いていた。同時に、彼らのことをもう一度調査してみたほうが良いかもしれない、とも思い始めていた。プログラムの進行とは関係なく、彼らに興味を抱いたからだ。
「ま、この二人の間に何があるのかも、会話記録を辿っていけば見えてくるかもしれないな」
古嶋の言葉に島居が頷きで返した直後、ディスプレイと向き合って作業中だった兵士の一人がこちらに向き直り、言った。
「古嶋先生、そろそろ定時放送の時間です。準備はできているので、お願いします」
「はいはい、了解っと」
そう返すと、古嶋は放送用のマイクが取り付けられた机へと移動していった。
<残り24人>