BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第42話〜迷走の章・10『雑談』
『はい、皆さんこんにちはーっ。担任の古嶋でーす』
突如として響き渡った海パン男・古嶋の声に、蜷川悠斗(男子13番)はその身を震わせた。そして時間を確認しようと視線を泳がせる。モールの中にある時計に眼が止まる。時間は、ちょうど正午。例の定時放送の時間だった。
『もうお昼になりました。皆さんお昼ご飯は食べましたか? ちゃんと食べないと元気に殺し合えないですから、しっかり食べましょう。それではまず、これまでに死んだクラスメイトの名前を読み上げます。男子6番、駒谷弘樹くん。男子5番、琴山啓次郎くん。女子3番、方村梨恵子さん。男子10番、高埜道昌くん。男子11番、所真之介くん。以上5名でした。もうちょっと頑張ってペースを上げないと、早く終わらないですよー。早く家に帰りたいと思う皆さん、頑張って一人でも多く殺して下さいね』
読み上げられたクラスメイトの名前を、名簿に線を引いて消していく。この作業を、悠斗はどうにかこうにか行った。
朝に比べれば幾分落ち着いてはきたが、それでもこんな作業をなかなか受け入れることはできない。線を一本引くたびに、悠斗の手はひどく震えた。
前の放送では友人である天羽峻(男子1番)と九戸真之(男子4番)の名前が呼ばれていたが、今回はそういった仲の良い人物の名が呼ばれていないというのもあるのかもしれない(それはそれで、他のクラスメイトに失礼な気もするが)。
そして何よりも、井本直美(女子1番)の名前が呼ばれなかったというのが大きいだろう。
少しずつ精神的に落ち着いてくると、悠斗の中で直美に会いたいという感情が一層強くなっていく。まだ好きな、離れていった恋人。その彼女に会いたくてたまらないのだ。
しかしそれを邪魔するのが、これまた自分自身の心の問題だった。
直美への想いを感じるたびに、悠斗は鞘原澄香(女子6番)の死に様を思い出してしまう。胸を真一文字に斬り裂かれ、血の海の中に伏して動かない澄香の死体。その事態を生みだしたのは、紛れもない自分自身。
_俺は、人殺しなんだ。
そう思うたび、悠斗は恐怖する。もし直美に会って、そのことを知られたら? 彼女は、ますます自分から離れていってしまうのではないか? そう思うと、心が想いを抑えつける。お前には直美に近づく資格はもうない。世界にそう言われているような気になってくる。
悠斗がそうやって思考のスパイラルに陥っている中でも、放送は続く。そのことを思い出して、悠斗は我に返った。
放送では、白パジャマ女・島居による禁止エリアの発表が始まっていた。
『……次に、15時から、G=8。そして最後に17時から、H=5。以上です。これで今回の放送は終わりです。それでは生きていたら次の放送でお会いしましょう。_キャッチアンドリリース! キャッチアンド……』
最後に島居は前の放送の時のように奇声を上げ始めたが、さすがに今回は早々に切るつもりだったのだろう、奇声の途中で放送が終了した。
_まいったな……。
悠斗は頭を抱えた。ぐるぐると無為に思考を巡らせている間に、放送を途中だけ聞き逃してしまった。聞き逃したのは禁止エリアのうち一つだけ。それもこのモール内の他の仲間から聞き出せばよいことなのだろうが、それにしても迂闊なことをした。
_こんなんじゃ、直美を探しに行くなんて夢のまた夢だ。
そんなことを考えてため息をついていると、背後から声をかけられた。
「13時から、B=4。15時から、G=8。17時から、H=5。大丈夫、このモールは禁止エリアになったりはしてないから」
穏やかな声でそう言いながら、光海冬子(女子16番)が悠斗に向かって微笑みを見せる。そして彼女の隣には、よく似た長い黒髪の女子生徒が立っている。後姿だけならば、どちらが冬子なのか判別できないような気がする。
だが、この二人には決定的な違いがある。もう一人の女子生徒の顔には、薄く化粧が施されている、その一点だ。
このクラスで化粧などしている女子生徒はただ一人。津倉奈美江(女子9番)以外にはありえない。
奈美江がこのモールにやってきたのはほんの数時間前の話だ。最初に出会ったらしい本谷健太(男子17番)の話では、彼女は息も絶え絶えの状態でここまで走ってきたということだ。
その後詳しく話を聞いてみたところ、園崎恭子(女子7番)といたところを岡元哲弥(男子3番)に襲われて逸れてしまい、一人でここまでやってきたとのことだった。
だが、奈美江に関して悠斗は少し気になることがある。奈美江本人のことではない。彼女がやってきた後の志賀崎康(男子7番)の様子のことだ。もともと彼は、悠斗たち仲の良いメンバーだけを集めるつもりだと公言していた。だからこそ、悠斗が冬子と一緒にやってきた時は所持品検査までやったのだろう。
しかし奈美江の時は、冬子の時ほど反応することもなく、普通に彼女を受け入れていた。奈美江を警戒する必要はないと、康は判断したのだろうか? だとしたら、ちょっと納得しかねる。
そうならば、いくらなんでも前言をあっさりと翻し過ぎだと思う。
「ありがとう、光海さん」
冬子に対して、悠斗は礼の言葉を投げかける。それに冬子はまた微笑みで返す。
「蜷川君、元気を出して? ここは今のところかなり安全なんだから、当面心配はしなくて良さそうだしね」
おそらく、冬子は悠斗の悩みの正体に気付いている。澄香を殺してしまったこと、それが全ての発端であることに。あの件の当事者の一人である彼女ならば、理解しているに違いない。
だが彼女は、決してそのことを口にしようとはしない。その姿を見ていると、なおのこと悠斗はその事実を打ち明けようとは思えなくなる。彼女は、悠斗の不安を覆い隠しているのだから。
そして悠斗は、冬子の隣に立つ奈美江のほうを見る。視線に気付いたのか、奈美江が声をかけてくる。
「……どうかした? 蜷川君」
「いや、何でもない。何か、津倉ってここに来てからずっと光海と一緒にいるよな、って思ってさ。それだけのことさ」
そう、悠斗が奈美江について気になっているのはこの点だ。ここに合流してからというもの、彼女はずっと冬子と行動を共にしている。悠斗の知る限りでは、この二人は普段特に接点はなかったはずだ。いや、むしろ良いところのお嬢様な冬子と、どちらかといえば比良木智美(女子13番)や園崎恭子(女子7番)といった不良っぽい友人を持っていた奈美江とでは繋がるようなものさえ感じられない。
すると奈美江が、まさに悠斗のその疑問に答えてくれるかのような言葉を発した。
「志賀崎君が言ったの。光海さんは男グループに一人だけ女子でいるから肩身が狭かっただろうから、できるだけ一緒にいてあげてほしい、ってね」
_なるほど。そういうことか。
奈美江の話を聞いて、悠斗は合点がいった。おそらく康はまだ冬子への疑念を残している。かといってそれを今更表面化させたところで、妙な軋轢を生みたくない。そう考えたのだろう。そこで、同性である奈美江を冬子と行動させることで自然な形での冬子の監視をすることにしたのだ。
なるほど確かに今のところ軋轢は起こっていない。康の考え方自体、この殺し合いゲームの上では有効なものだろう。しかし、康の疑念が杞憂だった場合はどうするのだろうか。実際悠斗は、杞憂だと思っているのだ。あの時悠斗を包み込んでくれた微笑みは嘘ではないはずだから。
同じようなことを清川永市(男子9番)も考えているらしく、冬子と一緒にいる奈美江を見て、彼もまた複雑そうな顔をしていた。
_康の考えは分かるけど……だけど_。
悠斗の心は、親友の康と、助けてくれた冬子の間で揺れる。そしてその揺らぎがおさまる時は、まだ来ない。
その時、悠斗はふと、目の前の冬子のことを考えた。当初、光海冬子という女子生徒に対して悠斗が持っていた印象は『良家の子女で容姿端麗だが、それを鼻にかけたりしない』というくらいのものだった。
交友関係は_普段仲が良さそうな夏野ちはる(女子11番)繋がりで交友はあるようだが、彼女自身にはちはる以外の親しい友人はいないように見える。
それ以上の印象は、なかった。この殺し合いゲームに巻き込まれ、彼女に出会うまでは。
今、悠斗が彼女に抱いている印象は『強い』の一言だといえる。力が強いとかそういったものではなく、心の強さ。
それはあくまでも悠斗と比較してのものかもしれないが、ここまで冬子は、特別取り乱したりするようなことがなかった。安全な場所にいるからかもしれないが、だとしても、彼女はこのモールに来る前からほとんど変化がない。
ここまで彼女が精神的に強いとは、悠斗は思ってもいなかった。と同時に、そんな彼女に助けられ、どうにか平静を保っている自分がとてつもなく情けなく思えてくる。
そんな思いが、思わず口を衝いて出た。
「光海さんは、強いな。俺なんかより、よっぽど」
言葉を発し終わって、悠斗は自らが発した言葉の卑屈さ加減に気付いた。どこまで自分は弱くなっていくのだろうか。暗澹たる思いが心を占めていく。奈美江も悠斗の言葉に驚きを隠せなかったのか、呆然とこちらを見つめている。
_くそっ! 俺は何でこんなに弱っちいんだ!
全てが負の感情に浸食されていくような気がしていたその時、冬子が口を開いた。
「私だって、別に強くなんてない。強いって思えるんだとしたら、それはきっと……私がお嬢様育ちじゃないから、だと思う」
これまでの冬子となんら変わらない、落ち着きを保った口調。だが、悠斗はその口調から、僅かに不快感のようなものが感じられることに気付いた。
「それって……どういう、意味?」
冬子の言葉の意味を察しかねたらしい奈美江が、冬子に言う。すると冬子は、続けて口を開いた。
「養子なの、私。子供のいない光海家に引き取られた、施設育ちの孤児。旧姓は、唐川(からかわ)。それが私。お嬢様でも何でもない、惨めな子供だったの」
そう言うと、冬子はいつものように微笑みを浮かべる。そして、続けた。
「この話、殆ど誰にもしたことがないの。ちはるくらいかな、クラスで知ってるのは」
悠斗は、奈美江と共に冬子の話をじっと聞いていた。そして感じた。彼女のこの状況でも己を見失わない強さは、きっとその養子入りする前の段階で形成されていったものだろう、と。
同時に、友人のちはるくらいにしか話したことのない話をしてきた理由も、気になった。そしてその理由は、本人がその口から明かしてくれた。
「何だか、疑っている人もいるみたいだし……仲間には早いうちに中身を見せておいたほうが良いと思ったのよ」
冬子は康がまだ疑念を抱いていることを感じ取っていたらしい。
_やっぱりだ、光海さん。君は強いよ、間違いなく。
悠斗はそう思わずにはいられなかった。と同時に、またしても自分の弱さと冬子のそれを比較しようとしている自分の深層心理に気付き、嫌な気分を味わった。
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