BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第43話〜反逆の章・2『交流』

 海浜公園の中心部にあたる、G=8エリア。ここは海浜公園の中でも特に開けていて、非常に見通しが良い。芝生の小さな丘と、石畳の道によって構成されていて、見栄えも抜群だ。
 だが、そんな風景を気にしている余裕は、
矢田蛍(女子17番)にはない。
 先程の放送で、蛍がいたG=8エリアは15時から禁止エリアとなることが発表されてしまった。まだ15時までは時間があるが、ギリギリになって移動が遅れてしまっては意味がない。ならばさっさと移動するべきだ。蛍はそう考えて、早いうちからG=8エリアからの脱出を目指して移動していた。

 蛍は、そっと背中に手をやる。以前
町田江里佳(女子15番)に撃たれた箇所は、防弾チョッキのおかげでさすがに大したダメージはない。だが衝撃自体は吸収できていないらしく、未だに蛍の背中には違和感が残っている。
――彼女は、今後も要注意ね。
 蛍の中で、江里佳を要注意人物のリストに加えておく。
 不登校であったために、蛍はこのクラスの人間関係や、それぞれの性格などをほとんど把握できていない。それ故に出発前の駅舎での反応や、先程の江里佳のように実際に会ってみなくては情報もろくに得られない。
 ともかく、もう一度クラスメイトの情報を整理してみよう。

 まずは、
志賀崎康(男子7番)たちだ。男子学級委員長らしい彼は、時々蛍の家に学校に来るように手紙をよこしたりしていたので、一応の面識はある。
 出発前に、蛍は康がメモらしき紙を一部のクラスメイトに渡しているのを見ていた。あの様子から察するに、康は仲間を集めることを計画していたのだろう。そういう行動を早くから定めていたあたり、彼はこのゲームに乗る気はない、とみて良さそうだ。
 同じことは、女子学級委員長の
阪田雪乃(女子5番)にもいえる。彼女もまた、連絡事項の書かれたプリントを蛍の家に持ってきたりしていた。
 彼女もまた、一部の女子生徒にメモを渡していたのを見た。つまり、雪乃も康と同じ考えを持っているということになる。この状況下で揃って同じ発想に至るあたり、あの二人は非常に相性が良いのではないか、などとも考えたが、そんなことはもはやどうでも良いことだ。
 そういった経緯を鑑みるに、この二人は要注意人物リストに加えなくても良いだろう。もっとも、彼らの集めた仲間がどう出るかが未知数すぎるのは不安要素だが。

 あと気になるのは、
浦島隆彦(男子2番)を中心とした男子の不良グループだろうか。不登校の蛍にも、隆彦たちの噂くらいはたまの外出の際に耳にしたことがある。
 基本的にそういった不良タイプは信用できない。そう考えていたのだが、出発前の駅舎で
御手洗均(男子16番)が殺された時の隆彦の反応を見て、少し考えを改めた。あの時隆彦は、確かに均を止めようとしていた。結局他の仲間――篠居幸靖(男子8番)横野了祐(男子18番)に止められて、叶わなかったが。
 少なくとも彼らは、見た目以上には信用できるのかもしれない。もっとも、だからといって無条件に信用する気はないが。
 あとは
北岡弓(女子4番)や、比良木智美(女子13番)(智美は既に最初の放送で名前を呼ばれていたが)たちのグループだ(厳密にいえば、弓たちのグループと智美たちのグループは別々のものなのだが、蛍にはそんなことが分かるはずもなかった)。出発前に固まって座っていた派手な印象のある女子のグループ。あれがそうなのだろう。
 彼女たちは、隆彦たち以上に警戒の必要がある。

 ともかく、今の蛍がもっとも会っておく必要があるのは、あの人物だ。
 かつての自分と同じ経験をしているはずの、その人物。『彼女』と出会い情報を得ることができれば、蛍は真実へ一歩近づくことができる。そして『彼女』次第で、より深くへと迫ることができる。
 だからこそ、どこかで死んだりはしないでほしい。このゲームに乗ったりはしないでほしい。自分と同じ経験をしているならば、きっと分かり合える。そう思ってはいたけれど、一抹の不安が頭をよぎる。

――それができれば、私たちは初めて、私たちを弄んだ――捩じ曲がった運命――に立ち向かえる。

 蛍はそう信じていた。同じ経験をしたということは、蛍と『彼女』の間には共通項があるはず。その共通項から、何とかして突破口を見出したい。
 そのためにも『彼女』との出会いは最重要課題といえた。
――何とか彼女に会わないと……。

 そこまで考えたところで、蛍は周囲を見渡す。北にはこの町で一番大きなホテル(出発後に隆彦たちが合流していた場所だ)、南には海浜公園の中でもかなり目立つ建造物である、海洋博物館が建っている。地図で確認した限りでは、どうやら隣のG=7エリアまで来たらしい。どうやら自分が先程までいたあたり――G=8エリアからはひとまず出ることができたようだ。
 とりあえず、禁止エリアの危機は回避できたようだ。その事実に、蛍は少し安堵した。その時だった。蛍は遠目に、人影を視認した。
 人影は、北にある大きなホテルの中から姿を見せていた。そしてこちらへとやってくる。派手な金髪のロングヘアー。あまりにも目立つその風貌は、遠目からでもよく分かる。
 あの駅舎の中で、まとまって座っていた派手な女子生徒たちのグループの一人――確か、
園崎恭子(女子7番)という名前だったはずだ。その右手には、拳銃らしきものが握られている。
――できれば、あのグループと出会うのは避けたかったのに!
 蛍は警戒を強め、右手にある柳刃包丁を強く握りしめる。向こうは拳銃を持っている。蛍は防弾チョッキを着込んでいるからある程度身を守ることはできるだろうが、それでも頭を撃ち抜かれたりしたら一発であの世行きとなってしまう。それだけは、避けなくてはいけない。
 そのうち、恭子もこちらに気付いたらしく、蛍のほうを見て足を止めた。こちらが警戒していることに気付いたのか、右手に持っている拳銃――H&KUSPをこちらに向けた。そしてゆっくりとそのまま蛍のほうへとじりじりと接近してくる。完全に臨戦態勢。強い警戒心を抱いているのは明白だ。まあ、向こうも蛍のことを大して知らない以上無理もないだろう。
――逃げたほうが良いだろうか?
 そんなことを考える。だが、この状況で逃げ出したりすれば、恭子は即座にその手の中の拳銃の引き金を引くだろう。
 ならば、ここはひとまず声をかけてみよう。蛍はそう思った。防弾チョッキがある以上、多少のことならどうにかなるはずだ。
「あなた……園崎さん、だったっけ?」
 蛍の声に、恭子が反応する。そして動きを止めた。どうやら、この状況で蛍に声をかけられることになるとは思っていなかったようだ。
「あ、ああ。確かにアタシは園崎だけど……。アンタは、矢田、だっけ?」
「ええ、私は矢田。矢田蛍よ」
 蛍は恭子に返事を返す。すると恭子は、続けて話しかけてくる。もっとも、その手の拳銃はまだ蛍に向けられているのだが。
「矢田、悪いけどアタシはアンタを信用しきれない。アタシはこのゲームに乗る気はない。でも……そっちがその気だってんなら、受けて立つよ?」
 恭子はそう言って蛍を見据える。その言葉に、嘘はなさそうに思える。少なくとも、彼女は積極的にクラスメイトを殺して回るつもりはなさそうだ。ならば……選択肢は一つだった。蛍は、手に持った柳刃包丁を地面に落とした。包丁が、金属音を立てて石畳の上に転がる。恭子は、意外そうな顔でこちらと柳刃包丁を見比べていた。
「これで、証明にはならないかな? 私にこのゲームに乗る気はないってことの」
 そう言って、蛍は恭子をじっと見据える。これで駄目ならば、何とかして円満に別れる道を探るしかないだろう。同時に、恭子のことを要注意リストに入れておく必要があるだろうが。
 やがて恭子が、そっとUSPを握った手を地面に向けて下した。
「この状況でそこまでやられちゃ、ね。いいよ。アンタのこと、信用してやろうじゃないか」
 恭子が、その顔に笑みを浮かべた。


 それから、蛍は恭子と情報を交換し合った。彼女には友人の
津倉奈美江(女子9番)を見なかったかどうかを聞かれたが、あいにく蛍はまだ恭子と江里佳以外の生徒とは遭遇していなかった。そのことを話すと彼女は明らかに消沈していたが、蛍のほうも彼女から探している『彼女』についての情報は得られなかったのでお互い様だろう。
 その代わりに、こちらは江里佳が危険だという情報を、恭子は
岡元哲弥(男子3番)がやる気だという情報を出し合った。
 岡元哲弥。彼については正直情報がなさすぎる。恭子から聞いた外見的特徴から、ようやく駅舎にいた時にいた生徒たちの中にいたことを思い出したくらいだ。
 だが恭子の口ぶりから察するに、相当な危険人物と予想される。おまけに彼は、マシンガンを所持しているという。夜明け前に一度マシンガンらしき銃声がしたことがあったが、それも彼の仕業だろうか。だとすれば哲弥は既に誰かを殺している可能性がある。相当の注意を払う必要があるだろう。

 互いに情報を出し合ったところで、恭子が言った。
「アンタ、何か想像してたよりも話せるみたいだね。こういう状況じゃなきゃ仲良くしても良いような気がするよ」
「それはどうも……」
 恭子の言葉に、蛍はそっけなく返す。恭子はちょっと残念そうな顔をしていたが、別に蛍は恭子と仲良くなるのが嫌というわけではなかった。随分と人との交流がなかったせいか、どうにも好意的に話しかけられるのは慣れない。ただそれだけのことだ。
「じゃあ、またね。次はいつ会えるか、分からないけどさ」
 そう別れの挨拶をした恭子が、複雑な表情を顔に浮かべる。そう、この殺し合いの中で、一度別れた人間が生きて再会できる可能性は高いとはいえない。それは蛍も、恭子も。とうに分かり切っていた。
「ええ。次は二対二で、ね」
 蛍がそう言うと、恭子は笑みを浮かべて、走り去っていった。その姿はしばらくは見えていたが、やがて海浜公園から出ていくと見えなくなった。恭子が見えなくなると、蛍も動き始める。
「さて、と。ああ言った以上、早く見つけないと」
 次に恭子と会うときは、彼女のほかに、自分の探す『彼女』と奈美江がその場にいられるように。

<残り24人>


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