BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第44話〜後悔の章・1『籠城』
プログラム会場となった街には、三つの特徴的な建造物がある。
一つは、街の南西にある周辺で最も大きなショッピングモール。もう一つは街の中心部より少し南、海浜公園の、そしてこの街のシンボルともいえるG=4エリアの展望タワー。そして最後の一つが、街の最南端――J=7エリアにあるホテルである。
このホテルはF=7エリアにあるホテルほどの大きさはないが、海沿いに建ち、そこから海を一望できることもあってなかなかの人気を誇っていた。デザインもなかなか洒落ていて、街の夜景に調和していた。だが、プログラムの会場となってしまった今は、そんな雰囲気は微塵も感じられない。
そしてそのホテルのロビーに、井本直美(女子1番)はいた。
整然としているロビーの中、窓際に置かれたソファーに座っていた直美は、ずっと俯いていた。
この殺し合いが始まってから、直美はずっとこの調子だった。頭の中を巡るのは、後悔の念ばかり。恋人である、蜷川悠斗(男子13番)への想いと、後悔。そればかりだった。
悠斗と知り合ったのは、小学六年の時だったはずだ。初めて同じクラスになり、彼が話しかけてきたのが最初。その時は、単なるクラスメイトという感情しかなかった。
その後中学へ進学し、直美と悠斗はまた同じクラスとなった。それどころか、部活も男女の違いはあるとはいえ、同じバスケ部に入部することとなった。男女のバスケ部は練習時間が重なっていて、帰る時間が同じになることがある。直美と彼は、何度か一緒に帰ることとなり、色々なことを話した。
それから一年もたつと、直美は何となく気付いてきた。悠斗がバスケ部に入った理由に。そして彼が、自分にしきりに話しかけてくる理由に。
直美はある日の帰り道、そのことを悠斗に話してみた。すると彼は、何とも分かりやすい動揺を示した。その分かりやすさは、直美が彼に好感を持つ部分の一つだったのだが、それはともかく。
すると悠斗は、こう言ったのだ。
――俺は、井本さんに憧れたから、バスケを始めた。それじゃ、駄目か?
――そんな奴が好きじゃないって言うなら……俺もバスケを好きになる。絶対に好きになる。
あまりにも、分かりやすい。その素直さが、直美にはとても素敵に映ったのだ。だからこそ直美は、悠斗との交際を始めた。
悠斗との日々は、直美にとって満ち足りたものだった。楽しいことこそあれ、嫌なことなど何一つありはしなかった。
けれど今、直美は悠斗と距離を置いている。一緒に帰ることを拒み、徐々に彼に反応を示すことさえしないようになっていた。それからの、悠斗のこちらを見る視線が痛かった。視線を感じるたびに、無数の針で身体を突き刺されて痛みに悶えるような思いをした。きっと悠斗は、直美に嫌われたと思っていることだろう。
しかし――直美は悠斗を嫌ってなどいない。今だって、彼のことを想っている。
少なくとも、あの時直美はこれが最善だと――そう信じて彼と距離を置いた。だが……今こうして殺し合いゲームの中にいると、気付かされる。
――悠斗と、一緒にいたい……。ここに悠斗もいてほしい……!
そんな感情が胸を衝き、叫びたくなる。そしてそれを抑え、そのたびに心が張り裂けそうになるのだ。
「また蜷川君のこと、考えてる?」
突然に、背後から声をかけられた。直美が振り返ると、阪田雪乃(女子5番)がこちらを覗きこむように立っていた。
「……うん」
「そう思うんならさ、やっぱり蜷川君と距離を置くべきじゃなかったんだよ。直美ったら、理由も言ってくれないし……蜷川君が混乱するだけでしょう?」
雪乃はそう言った。なるほど、確かに雪乃の言うとおりだ。あの時も、雪乃は同じことを言ったはずだが、直美は聞かなかった。その結果がこの状態である。
「ごめん」
「謝らなくていいよ。あなたはその時、そうすれば良いって思ったわけでしょう? なら何も言えないよ、これ以上は」
そう言うと、雪乃は踵を返した。
「そろそろ、奈保が戻ってくるから。私は見張りに行ってくるわ」
「うん。雪乃……本当にごめんね」
「もう、謝るのは禁止。何かあったら、相談しなよ? 一人で抱え込まずにさ」
言いながら、雪乃は背を向けたまま手を振る。そして見張りのためにバリケードの外へと出ていく。直美はそんな彼女の背中をじっと見送っていた。
プログラムの対象クラスとなったことを伝えられたその時、直美の心には後悔と絶望ばかりが渦巻いていた。悠斗を遠ざけた後悔と、彼ともう会えなくなるのではないかという絶望。
だがそんな自分に気付いていたのか、雪乃はそっと声をかけてきた。そしてこう言ったのだ。
――地図の一番南、海沿いのホテルで落ち合おう。
同時に彼女が渡してきたメモには『ともかく、皆で集まって考えてみよう!』と雪乃の丁寧な字で書かれていた。そしてもう一つ、ホテルがどのあたりにあるのかも書いてあった。
そして出発する時間になり、直美は駅構内へと出た。最初はひょっとしたら悠斗が自分を待っていてくれているではないか、という期待を抱いた。だが、構内には誰もいなかった。
――ごめんね、悠斗。
そんな思いを抱えながら、直美はホテルを目指した。途中で誰かに会うようなこともなくホテルへとたどり着くと、そこには直美の友人たち――玉山真琴(男子8番)、戸叶光(女子10番)、度会奈保(女子18番)が既にやってきていた。そのうちに言いだしっぺながら出発順が後ろから二番目になってしまった雪乃も辿りつき、直美たちはホテルに立て篭もる準備を始めた。同時に、まだやって来ていない友人、鞘原澄香(女子6番)と町田江里佳(女子15番)の到着を待つことになった。
直美や雪乃よりも早く出発したはずの二人がまだ到着していないのはおかしな話ではあったが、光が『道に迷ったのかも』と言いだしたこともあって、二人を待ってみることになった。
しかし、その期待は脆くも崩れ去った。最初の放送で、澄香の死が伝えられたのである。
澄香の死は、直美の心をますます落ち込ませた。近しい友人の死は、直美の脳裏に悠斗の死さえも過らせた。何もできないままに永遠の別れを迎えることはしたくない。しかし、悠斗が自分を受け入れてくれるのか。それが不安だった。
「やっぱり……直美は蜷川君を探しに行きたいの?」
そう声をかけてきたのは、奈保だった。雪乃と見張りを交代したところだったらしく、手ぶらになっている。
このホテルに集まった仲間に支給された武器の中でまともに使えそうなものは、直美に支給されたフォールディングナイフと、雪乃に支給されたS&WM686という名前の回転式拳銃くらいだった(あとは真琴がパタークラブ、光が草刈り機の刃(三枚セット)、奈保がヒーリングCD(環境音収録)と、ものの見事にハズレだった)。
そこで、M686は外の見張りに出る者が、フォールディングナイフはホテル内の仲間が管理する、ということになったのだ。そしてその見張りを、現在直美は免除されている。
もともとは雪乃が、直美の精神面を慮って提案したことなのだが、これに反対していた仲間もいた。
「それは、行きたいけど……そういうわけにはいかないでしょう?」
「そりゃそうよ。それに、直美の今の状態で外に行っても死ぬだけよ」
少し棘のある物言いで言ったのは、真琴だ。真琴は直美や奈保からは少し離れたホテルのフロント近くに立ち、壁にもたれかかっている。
もともと真琴はドライな性格で、ややきついところのある子だったが、この状況下でそれがさらに強まっているような気がする。直美の見張り免除についても、彼女は最後まで強硬に反対していた。一人だけ特別扱いなんて不公平だ、と言っていた。彼女の言葉はいちいち真実を突いているように思えて、直美の心に突き刺さる。
「マコ、あなたはまたそうやってナオにひどい言い方をするのね。空気を悪くするようなことはしないでよ」
厨房から出てきた光が、そう言って真琴を咎める。真琴は光のほうに眼をやると、肩を竦める。「分かりました」というアピールのつもりらしい。それが癇に障ったのか、光の語気が鋭くなる。
「さっきから何よ、マコ。これ以上雰囲気をおかしくするような真似はしないでよ、本当に」
「光が神経過敏すぎるだけでしょう?」
光の言葉に、真琴が言い返す。光も何か言い返そうとしていたが、さすがに売り言葉に買い言葉で、自分の言う『空気を悪くする』ことに加担するのは良くないと思ったのだろう。そのまま黙りこんでしまった。
真琴がきつい言い方をするたびに、光はこうしてそれを窘めている。もともと光は読書好きな大人しいタイプの子なのだが、ここにきて真琴などへの反発を露わにすることが多くなった。意外に意志の強いところがあることに直美は気付かされたような気がしたが、同時に彼女の苛立ちも感じるように思えて、少し辛くなる。
「ふ、二人とも……」
そして奈保は、そんな険悪な雰囲気の二人を見て、何もできずにうろたえているばかりだ。もともと気が弱く自己主張が苦手な奈保では、この状況をどうにかすることなどできない。普段ならばこういうときは直美が何とかしてきたのだが、とても今はそんな気分ではない。この小競り合いは、きっと雪乃が戻ってくるまで続くのだろう。
なおさら、直美の中で悠斗への想いが強くなる。
――悠斗……。
窓の外の景色を眺めながら、直美は大切な人の名を心の中で呼んだ。それが悠斗に届くかどうかは、自分にも分からなかったのだけれど。
<残り24人>