BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第45話〜『怒号』

 南からの潮風が吹きつける、G=5エリア。すぐ西には、大きな展望タワーが見えている。なかなかに風光明媚な場所だとは思うが、この状況ではそんなことを気にしている余裕はない。
 
浦島隆彦(男子2番)は、周囲を気にしながら歩を進める。その手には果物ナイフ。すぐ後ろを、横野了祐(男子18番)が続く。その右手にはネイルハンマーが握られているが、まず了祐がそれを振るうことはないだろう、と隆彦は思っていた。
 最後尾を歩くのは、
篠居幸靖(男子8番)。三人の中で唯一の拳銃を持つ彼が、最後尾から周囲を警戒している。こんなフォーメーションを組んで、隆彦たちはずっと行動していた。

 二回目の放送前に
原尾友宏(男子14番)星崎百合(女子14番)に会って以降、隆彦たちはまだ誰とも出会っていなかった。
 おまけに友宏たちと別れた後、彼らの向かった方角から二発の銃声が響いたのを隆彦たちは聞いた。あれは友宏が撃ったものなのだろうか? それとも……? 結局その後の放送で友宏と百合の名前は呼ばれなかったが、それでも気になる。幸靖と了祐もそれは同様だったらしく、それ以降口数も減っている。
 やる気でない人間に出会えたことは僥倖だったが、それでも状況が好転したとは言い難い。脱出を目指していながら、隆彦たちは未だに何ら前に進むことができないでいるのだから。

「隆彦さん。原尾と星崎、大丈夫なんですかね……」
 幸靖が、小さく漏らした。普段の幸靖からは想像もできないほどに、気弱そうな声だ。この殺し合いゲームの環境は、幸靖のような明るい男でさえもここまで気弱にさせてしまうらしい。おかげでトレードマークのオレンジの丸刈り頭が妙にミスマッチになってしまっている。
 その前を歩く了祐も、幸靖の言葉に反応して懇願するような視線を向ける。友宏たちの無事を願っている、ということだろうか。
 少なくとも、放送で呼ばれなかった以上、友宏と百合はまだ生きている。だが、五体満足かどうかまでは分からない。
 あの銃声の主が、友宏かどうかでだいぶ状況は変わるはずだ。友宏が撃ったのであれば、やる気でない友宏が銃を撃つ――つまり、ゲームに乗った者に襲われた、ということになる。その場合、友宏には銃を撃つだけの余裕があった、ということだ。ならば彼らは、目の前の危機をどうにか免れた、という可能性が高い。
 だが、銃声の主が友宏ではなかった場合は? その場合は、友宏は銃を撃たなかった、ということになる。
 友宏が銃を撃たない理由としては、相手が彼の親しい友人――
琴山啓次郎(男子5番)駒谷弘樹(男子6番)であったから、というものがあり得る。しかしその二人は先程の放送で名前を呼ばれてしまっている。
 あとは、完全に油断しきった状況で襲われた場合だ。その場合、友宏はろくな反撃もできなかったことは疑いない。

――どっちにしても、原尾たちとは是非もう一度会っておきたいところだ。貴重な信用できる奴らなわけだし、な。

 隆彦がそうやって考えを巡らせていたその時、了祐が言った。
「隆彦さん。今、その先に誰かいたような……」
「あ? ホントかよ了祐? 俺には見えねえぞ」
 幸靖がそれに反応して周囲を見回し始めたが、そう言って了祐を問い詰める。すると了祐が返した。
「俺と眼があって、そしたらそこの建物の陰に引っ込んだんだよ。間違いないって。俺に気付かれて隠れたんだよ」
 そう言って了祐は、進路の先にある建物を指差す。そこには小奇麗な平屋の建物がある。建物には『チケット売り場・待合室』と書かれた看板が掛けられている。どうやら、この辺りから出航している遊覧船のチケット売り場と待合室を兼ねた建物らしい。あらためて隆彦が海のほうを見ると、やたら派手な船が一艘、港につけてあるのが見える。おそらくあれが、遊覧船なのだろう。
 誰かを見たという了祐の口調はかなり強い。相手が幸靖だというのもあるのだろうが、とても嘘や、曖昧なことを言っているようには見えない。間違いなく、了祐は誰かを見たのだろう。
 しかし、了祐を見て隠れるというのは妙だ。乗っていない奴ならば、隠れる必要などないはずだ。隆彦たちがやる気だと疑っているにしても、この状況下でグループ行動をしている人間がゲームに乗っているとは考えにくいはず。
 となると……。
「幸靖、了祐。相手はどうも、危険人物みたいだ。いざって時の準備と覚悟をしとけよ」
「えっ、それって」
 幸靖が言いかけたのを遮るように、了祐が言った。
「殺す気になってる奴ってことですか!」
「声が大きいぞ、了祐――」
 少し大きな声を出した了祐を隆彦が窘めたその時――隆彦の背筋を、悪寒が走った。
「二人とも隠れろ!」
 隆彦の声に反応してか、幸靖と了祐は近くにあった街灯の陰にそれぞれ隠れた。二人とも、訳が分からないといった表情をしていたが、仕方がない。すぐに隆彦も、二人が隠れたのとは別の街灯に隠れる。そのために隆彦が走りだした直後、隆彦のいた場所を一発の銃声と共に何かが過ぎ去っていった。
――やっぱりか……!
「隆彦さん、大丈夫ですか?」
 了祐が問いかけてきた。
「俺のほうは問題ない。お前と幸靖はどうだ」
「だ、大丈夫です。幸靖も無事みたいです!」
 了祐がそう言うと、了祐の隠れた街灯の隣――銃声に近い側の街灯に隠れていた幸靖が、こちらに手を振った。無事だというサインらしい。
「くそっ、誰だよ! いきなり撃ってきやがって……!」
 幸靖が吐き捨てるように言う。どうやら、相当相手に腹を立てているようだ。
 すると、銃声のした方向――了祐が人を見たという建物の陰だ――から、誰かが出てきた。右手に持った拳銃をこちらに構え、こちらの隙を窺っているようだ。その人物は、隆彦たちにとって馴染み深い男だった。
 濃い茶色に染められた長髪。そんな男子生徒は一人しかこのクラスにはいない。隆彦たちの仲間で、おそらくは
比良木智美(女子13番)を殺したであろう……中山久信(男子12番)に間違いなかった。その久信が、一切の躊躇なくこちらを狙っている。
「よう、皆勢ぞろいみたいだな」
 久信は、いつも通りの口調でこちらに話しかけてくる。こちらを油断させようとでもしているのだろうか。だとしたら、それは大きな間違いだ。そもそもこちらに向かって撃ってきている時点で、弁解の余地などないのだから。きっと久信も、それは分かっていてやっているのだ。
「ちゃんと指示通りに集まってたわけだ。俺はさ――」
 なおも話しかけてくる久信の言葉を、隆彦は遮った。
「比良木を」
「ん?」
「比良木を、殺したな? 死体も見たぜ。酷ぇ死に顔だった」
 隆彦の言葉に、久信の表情が少し歪んだ。やはり、間違いなかった。
「……俺が殺したって、何で言い切れんだよ」
「死体の傍に、ライターが落ちていた。そのライターに俺は見覚えがあった。お前のライターだ。俺と一緒にいた時に買ったやつだ、見間違うはずがねぇだろ」
 久信は、黙り込んだ。何かを言い返すでもなく、ただ沈黙している。
「久信……やっぱり、お前が比良木を? お前とは幼馴染だったんだろ? それなのに何で……」
 了祐が言う。それに続けて、幸靖が声を荒げた。
「久信。俺、お前には失望したぜ。まさか俺たちの中に、人間以下の糞野郎がいたなんて、思いもしなかったぜ! 何とか言ってみろよこの野郎!」
 すると、久信の雰囲気が急に変わった。何か開き直ったような、いわゆる『キレた』状態というべきなのか……そういった表情でこちらを見据えてくる。どうやら、幸靖の言葉が引き金になったようだ。
「うるせぇな……。てめぇらに俺の何が分かるってんだよ。智美を殺した俺に、もう戻る道はねぇんだよ! だったら、やるしかねぇだろうが! 本気で好きな女のために命かけるしかねぇだろうがよ!」
 それは、隆彦が初めて見た、久信の姿だった。ここまでに、一つのことに執着する彼の姿を、隆彦は今まで一度として見たことはなかった。そして同時に、彼の口から気になる単語が出てきたのも聞き逃さなかった。
――本気で好きな女。
 隆彦にとっては、初耳の話だ。ナンパが趣味で、女好きで通っている久信からは、誰かを好きになったという類の話を聞いたことはなかった。自分が、仲間たちの全てを知っているわけではないことをこれほど痛感することもなかっただろう。
 だが、それとこれとは話が別だ。
「そういうわけだからよ……てめぇらも死んでくれよ。あいつのために、そして俺のためによぉ!」
 そう叫ぶなり、久信が右手に力を込めたのが分かった。久信はこちらを撃つ気だ。何ら躊躇することなく。この様子だと、智美以外にも誰かを殺していそうだが、今はそんなことに構っている暇はない。この状況をどうにかしなければいけない。
「幸靖、了祐、走れ! 逃げるぞ!」
 幸靖と了祐に向かって叫ぶと同時に、隆彦は街灯の陰から飛び出して走り出す。それにやや遅れて幸靖と了祐も走り出した。ほぼ同時に三人が動き出したことで狙いを定められなくなったのか、久信が即座に銃を撃つ気配はなかった。しかしその状況も、すぐに終わった。隆彦の眼に、久信が了祐に狙いを絞る姿が映った。三人の中では一番身体能力が低く、走り出した時も少し出遅れていた了祐を狙うのは道理だろう。
――ヤバい――!
「っざけんじゃねぇぞコラァ!」
 隆彦が了祐の危機を察したのとほぼ同時に、大きな怒声が響いた。見ると、隆彦の横につけて走っていた幸靖が、振り返りながら久信に向かってジェリコの銃口を向けていた。
「そっちがその気なら、こっちだってやってやるよ! お前なんか、もう仲間じゃねぇ! お前のことなんか、分かりたくもねぇよこの糞野郎が!」
 幸靖が一際大きな声で吼えると同時に、ジェリコの引き金を引いた。一発、二発。
 一発目は久信の足元に着弾し、久信の態勢を僅かながら崩した。そして二発目は――久信の右脇腹を貫いていた。
「ぐうっ……」
 久信は呻き声と共に撃ち抜かれた右脇腹を押さえて蹲る。この時しか、なかった。
「幸靖、了祐、とにかく走れ! 走れ!」
「ちっくしょう……!」
「は、はい!」
 隆彦の声に幸靖と了祐が答え、一斉に走り出す。久信が隆彦たちを追ってくる気配は、もうなかった。
 走りながら、隆彦は幸靖と了祐の表情を窺う。幸靖の顔は怒りに満ちたものだったが、同時に、仲間だった者を撃ったことを受け入れきれていない様子で、何とも複雑な感情の入り混じった表情をしている。
 そして了祐は、沈痛な面持ちで俯いたまま、何も言おうとはしない。久信がやる気だということが、直接会うことで事実だと分かってしまったからなのだろうか。
だが、それは隆彦も同じことだ。心のどこかで、久信を信じていた。しかし、その思いは裏切られた。やはり久信は、このゲームに乗る道を選んでいた。
「くそったれが……!」
 隆彦には、そう呟くことしかできなかった。

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