BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第46話〜『軋轢』
モール外の広場にある時計を見ると、13時を回ったところだった。もう二回目の放送から一時間も経っているとは思わず、志賀崎康(男子7番)は少し驚いた。
――何だか時間の感覚が狂ってきてるな。
それを正す意味では、あのふざけた放送もありがたいのかもしれないが……そんなありがたみを感じていてはいけないのだと、康は自分自身に言い聞かせる。
自分が見張りをすることになって、こうしてモールの外に出てみると、やはりあの中は恵まれているのだと思える。外に出ただけで、死という言葉が脳裏によぎってくる。康は、自分の精神力の低さを感じた。
だが、あのモール内も安全と言えるのだろうか?
そんな思いが過ると同時に、康は光海冬子(女子16番)のことを考える。友人である蜷川悠斗(男子13番)と共にモールへとやってきた、あの女子生徒。
気になるのは、やはり鞘原澄香(女子6番)に関する件だ。この件についての疑念は、時間をかけて康の中で膨らんでいった。特に悠斗の態度と、学ランの件もそれに拍車をかけている。特におかしいのは、悠斗だ。もともと井本直美(女子1番)との件もあってここ最近気落ちはしていたが、あまりにも精神的に不安定すぎやしないだろうか?
時々何かを言いたそうにして、しかしそれを堪える……そんな感じの行動をずっととり続けている。これは明らかに不自然といって良い。
やはり澄香は、二人によって殺されたのだろう。そしておそらく直接手にかけたのは、悠斗だ。
しかし悠斗の態度から察するに、悠斗は澄香を進んで殺したというわけではなさそうだ。おそらく冬子が言っていた、澄香に襲われたというのは事実だと思われる。そもそも澄香は出発の段階で、既に恐怖に呑まれてしまっているのが見て取れた。澄香はおそらくその状態を加速させ、手当たり次第にクラスメイトに襲いかかるようになってしまったのだ。
そしてどういう経緯かまでは分からないが、その場にいた悠斗が澄香をやむなく殺し、冬子と揃ってそのことを隠し続けている。
そう考えると、やはり冬子を容易に信用することなどできない。だからこそ康は、それまでの節を曲げてまでして津倉奈美江(女子9番)を仲間に加え、冬子の監視役としたのだ。 もっとも、これについて不満を抱えている者がいることは康も承知している。清川永市(男子9番)などは、態度や表情にそれが出ている。もともと隠し事が苦手な性分なのが永市らしい、と康は思った。
だが、この状況はあまり良くない。何とかして自分の考えを他の仲間に伝えなければ、かえって康のほうが疑われてしまう危険性がある。しかし康の考えていることは所詮推理の範疇。納得してもらうためには、やはり悠斗に真相を説明してもらうのが一番良いはずなのだが……。
そこで康は、悠斗のことを思い出す。
ここに来てからの悠斗は、あまりにも不安定だ。それは澄香を殺した(これは推測でしかないが、康はほぼ確実なことだと考えている)ことだけでなく、そのことを話せないが故のものなのだろう。
悠斗は大方、自分が人殺しだと知られることで信用されなくなることを恐れているのだ。だが、それは大きな間違いだ。
――俺たちの関係は、そんなあっさり崩れるものでもないはずだろ? 悠斗。
たとえ悠斗が澄香を殺したのだとしても、それは悠斗を信用しない理由にはならない。悠斗が澄香を進んで殺す――すなわちゲームに乗ったとはとても思えない。それに康も永市も健太も、この状況下であっさり壊れるような関係性だとは微塵も思ってはいない。むしろ、悠斗にそう思われているのではないかと考えると、辛くなる。
できれば、こちらから悠斗を問い詰めるような真似はしたくない。彼自身の口から、真実を聞きたい。
――悠斗。俺はお前を信じてるからな。
康は、今この場にいない悠斗に向かって問いかけた。
そこで康は、考えをいったん打ち切って見張りに集中する。見張り担当の者には、毎回永市の武器である探知機と、康の武器である日本刀を預けているが、今回の康も例外ではない。左手には探知機を絶えず持ち、右手には日本刀を持つ。この状態で、見張りに臨んでいた。
本当ならば見張り役に銃を持たせることができれば良かったのだが、このモールにいる者の中で銃の類を支給された人間がいない以上は、康に支給されたこの日本刀を頼りに探知機で周辺の反応を警戒する以外にない。
――そういえば……。
康は、ふと考えた。荷物検査のことだ。
冬子がやってきた時に康は荷物検査を行ったが、私物のバッグの中身は検査しなかった。女子の私物を検査するのは良くないし、言い出しても確実に永市たちに反対されると思い行わなかったことだ。そしてこれは、奈美江の時も同様だった。
だが、もしも。もしもである。そう判断されると見越して、あらかじめ怪しまれそうなものは私物の中に紛れさせておく、という方法をとっていたら?
そこまで考えてみて、康はその想像を振り払う。そうだったとして、その後他の仲間がいる状況で隠している武器をどうこうしようというのはまず無理だ。トイレに立った時でさえ、こちらはトイレに向かうところを確認している。これは冬子一人の時も、奈美江を含めて女子が二人になってからも変わっていない。
――俺の判断に、間違いがあったんだろうか……。
康は少しずつ悩み始めていた。自分のここまでとってきた行動を振り返り、おかしなところがないか延々と探し続ける。今やっても意味のない不毛な行為だとは気付かずに。
その時、康の耳に何かの音が微かに響いた。何かの足音のようにも聞こえるが、はっきりとしたことは分からない。ただ、その音は徐々に近くで聞こえてくる。やはり、足音なのだろうか。となれば、誰かがこちらに近づいてきているということになる。康は日本刀を握り、探知機で反応を探す。探知機には、こちらに近づく首輪の反応が三つ。
――誰だ?
そしてその三つの反応が、一気に接近してきた。康は声を上げた。
「誰だ? いるのは分かってるんだ。姿を見せろよ」
康の声に反応してか、広場の先――駐車場にあるワンボックスカーの陰から一人の男子生徒が姿を現した。それに続いて、さらに二人。そこで康は、最初に姿を見せた男子生徒が浦島隆彦(男子2番)で、後から出てきたのが篠居幸靖(男子8番)と横野了祐(男子18番)だということに気付いた。
この三人を、康は多少警戒していた。いくらクラス内では問題を起こしたりしないとはいえ、相手は神戸市中でも名の通った不良とその仲間だ。要注意人物なのは間違いない。だが、向こうは三人組。このゲームのルールを考えると、ゲームに乗っているとは考えづらい。
――どう判断する……?
康がそうやって思考を巡らせていると、隆彦が口を開いた。
「――志賀崎、か。お前、一人か?」
隆彦は決してクラス内で問題を起こしたりはしなかったが、だからといって仲間以外のクラスメイトと積極的に話すわけでもなかった。それ故に、こうして隆彦から話しかけられるのは康にとって意外だった。
「いや、俺以外にも仲間が何人かいる」
「……なら、別にやる気ってわけじゃなさそうだな。少しばかり、頼みがある」
そう隆彦が言ったのを聞いて、康は何となくその続きの言葉を予想できた。康にとっては、あまり望ましくない展開だ。
親しい仲間のみで集まる。他のクラスメイトを無理に集めるよりも、そのほうが現実的な案だと考えていた。しかし冬子の登場により目論見は崩れ、彼女を警戒するために奈美江を加え、ますます予定は狂ってきている。これ以上、おかしな方向に進むのは良くない。康はそう思っていた。
そして隆彦は、康の予想通りの言葉を発した。
「俺たちも、仲間に入れちゃもらえないか? 俺たちはこのふざけたゲームから逃げ出したい。けど、俺たち三人だけじゃ無理なんだ。志賀崎たちにも、協力してほしい」
――やっぱり、か。
この口ぶりから察するに、隆彦たちがゲームに乗っていないのは間違いない。三人組の時点でその可能性は低いのだが、別に親交もない康にこう持ちかけてくるあたり、なりふり構っている余裕がないことを感じさせる。
だが、やはりこの話を受け入れるわけにはいかない。康はそう思った。
「……悪いが、浦島。その話は受け入れられない」
「何だよ、どういうことだよ! 俺らはそんなに信用できねぇってのかよ!」
隣に立っていた幸靖が声を荒げる。明らかに苛立っているといった感じで、同じく横に立っていた了祐が今にも康に食ってかかりそうな幸靖を押し止めている。その了祐も、口を開いた。
「俺たちは、やる気じゃない。それも理解してもらえない、ってこと?」
「いや、浦島たちがこのゲームに乗ってない、ってことは俺にも分かる。でも、普段親しく接してなかった奴をこの状況ですんなり受け入れる気にはならない。それだけなんだ。だから――」
だが、康はそれ以上の言葉を続けることができなかった。知らないうちに、康の前に誰かが立っていた。モール内にいるはずの永市が、康の前に立って、康の言葉を遮っている。
「入りな、モールにさ。歓迎するぜ」
永市は、隆彦たちに向かってそう言い放った。それは、康の考えとは明らかに反するものだ。
「永市、お前何言って……」
「もう光海だけじゃなく、津倉だっているじゃないか。このモールにはよ。とくに津倉は、お前が自分で招き入れたんだ。津倉がオーケーで、浦島たちが駄目ってのはおかしいだろ?」
そう言って、永市は康のほうを見た。その眼は、複雑な感情が入り混じっている。だが少なくとも、最初の時ほど康を信頼しているわけではない、ということは理解できる。
――もう少し、周りを見るべきだった、ってことか。こうなっちゃ、仕方がないか……。
「――永市がそう言うんじゃ、仕方ない。入るといい」
康はそう隆彦たちに声をかけると、永市に彼らをモールの中に入れるように促した。それを汲み取ったのか、永市は隆彦たちに声をかけ、次々と彼らをモール内へと招き入れていく。
――もう、今までどおりじゃいられそうにないな。
康の中で、少しだけ何かが軋む音が聴こえた気がした。
<残り24人>