BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第47話〜門番の章・3『侵入』
俺の目の前には、ガラス張りの両開きの扉がある。本来ならば、かなり開放的な雰囲気を出せそうな、すっきりした扉だ。しかし今はその面影はない。扉の向こう側には、ベンチやら観葉植物やらで厳重なバリケードが施されているからだ。
この建物にたどり着いた時、俺は一応建物の周囲をぐるりと回ってみた。もちろん、中にいるであろう人間に気付かれぬよう細心の注意を払った。その結果、他の扉もすべてこのような状態になっていると分かっていた。
その中で俺は、この扉の前に立って時を待っていた。それは、彼女が動き出す時である。
少し前、この近辺の建物に身を潜めて彼女からの通信を待っていた俺に、待ちわびた彼女からの通信が入った。彼女は開口一番、俺にこう告げた。
――ちょっと人が増えすぎたわ。そろそろ、ここも潮時だと思うの。
それはすなわち、俺に動けと言っているということになる。彼女は、俺の手を必要としている。もう、俺以外の仲間は必要がないということか。そう考えると、俺は少しだけ優越感を感じた。
――彼女の全てを知っているのは、俺だけだ。
そんな感情が、首をもたげる。
だが、このことは事実なのだ。彼女の家族も、友人も、誰も彼女の本当の姿を知りはしない。そして、彼女と俺の関係も。そうなるように、俺たちは行動してきた。全ては『あの日』を守るためだ。『あの日』から、全ては変わった。そう、全てが。
今でも思い出す、あの時のおぞましい光景。今なお身震いしそうなほどに強烈な印象を俺の脳に焼き付けている。
あの時は理解できなかったが、年月が経った今、そのおぞましさは度々フラッシュバックしてくる。そのせいか、俺の身体はすっかり変調を来してしまっている。
辺りにたちこめる死臭。まとわりついて離れない死臭。それがあの時から俺たちを支配しているのだ。だが同時に、俺たちは互いにかけがえのないものを得た。それは他人からすれば真っ当な関係ではないかもしれない。でも、俺たちにとっては心地良い。
――絶対に変わることのない、俺たちの道だ。
そう信じられるものを、俺は得たのだ。
『……ようやくそっちへ行けるわ。ちょっと時間がかかっちゃったけど、大丈夫?』
考え事をしている間に、手に持ったトランシーバーへと彼女からの通信が入る。どうやら、上手く単独行動を取れたらしい。この建物に入ってから、彼女の行動はかなり制限されていたようだが、今ならば動きやすいらしい。
――人が増えれば人の眼は増える。でも、その分注意力は散漫になる。警戒する人間が増えるんだからね。
彼女は前の通信で、そう言っていた。彼女は本当に周囲を良く見ている。『あの日』以来、彼女は『あの日』を守るために常に周囲を警戒していた。普段人に見せている偽りの仮面の裏で、周囲を観察し、値踏みし、疑っていた。そして『あの日』を壊す恐れのある因子は、常に俺が絶ってきた。それこそが、俺の作った『要塞』。
互い以外に本当の顔を見せず生きる。信じられるのは互いのみ。そうやって生きてきたし、これからもそうだ。それが『あの日』を守るための方法であり『要塞』の一要素なのだから。
「こっちは大丈夫だ。そっちこそ、気取られるなよ?」
『それは大丈夫。今こっちの空気は良くないから、かえって自由が利くの。仲良しこよしなんて、あり得ないって良く分かったわ』
仮にも仲間であるというのに、随分と辛辣な言葉を放つ。だが、彼女ならば仕方がないだろう。彼女は常に、打算を持って動いてきた。今の偽りの姿も『あの日』を守るために装っている姿にすぎない。
強かで、打算的で、常に自己のことを追求する。そこに他者の感情などは挟まない。その姿は、俺だけが知っている。
いつだったか、彼女は俺にこう漏らしたことがある。
――……君以外の人間の価値は、私にとっては一点だけなの。『私の利益になるか、邪魔になるか』。それ以外に何も求めてないわ。
『あの日』に至るまでの彼女の道程が、こうした精神を形成したのだろう。それだけ、彼女の口から語られた『あの日』以前の話は、俺にとって強烈だった。だからこそ、俺は彼女の隙間を埋めてやりたいと思った。彼女の力になりたいと思った。そのための『要塞』だった。
この殺し合いゲームでの生存の椅子はただ一つ。それはすなわち、俺か彼女、どちらかしか元の世界には帰れないことを意味する。だが、俺の選ぶ道はただ一つだ。
――彼女のために、『あの日』を守るために戦い、果てる。
それで、俺は構わない。ずっとそうやって生きてきたのだから。
やがて、扉の向こうのバリケードに動きがあった。微かにバリケードの一部が動き、そして少しだけ隙間ができた。その隙間からすっと腕が伸び、扉を僅かに開けた。すかさず俺は、そのわずかな隙間から扉の中へと侵入する。
案の定、中では彼女が待っていた。普段教室では見せないような、妖艶にして冷酷な表情を浮かべている。
「……久しぶりね。こうやって直接会って話すのは」
「仕方がないだろう。俺たちの関係を知られないためには、ああやっていくしかないんだから」
互いの関係を隠すため、俺たちは常に人目を忍んで会うことしかできなかった。努力の甲斐もあって、ここまで誰にも悟られることなく繋がって来られた。だが、時々こういう関係に嫌気がさしたこともある。
でも今は、もう迷わない。これも俺たちの選んだ道だ。楽なようでいて、その実最も険しい、茨の道。月日を経て全てを蝕む不治の病。それに打ち勝つために、俺たちは心を閉ざした。互いにしか、本当の姿は見せずに偽り続ける。偽りまみれの人生だ。
「まずは、一人だな。それも、なるべく俺の存在を気取られないように、だ」
「ええ。そうすれば、一網打尽も可能よ。ただでさえ人が増えて、色々溜まってるみたいだし……案外こっちが何もしなくても壊れてくれるかもね」
「そのほうが、俺は楽なんだけどな」
「だからって、怠けたりはしないでね?」
彼女がそう言うが、その眼は笑っている。そう、俺は怠けたりはしない。目的のため、俺は身を粉にして戦うだけだ。
「今まで俺が怠けたことなんかあったかよ」
「そうだったわね。いつも働き者の――哲弥君」
そう返されて、俺――岡元哲弥(男子3番)は笑みを浮かべる。哲弥が笑うのは彼女の前だけ。これが哲弥の本当の姿。
「じゃあ、そろそろ私は戻るわ。あなたは上手いこと身を隠していてね。それと……」
言いかけて、彼女は哲弥が先程入ってきたバリケードの隙間を指差す。
「それは戻しておいてね。侵入者がいるなんてバレたら、やりにくいでしょう?」
「了解。そっちはさっさと戻っておきな」
哲弥がそう言うと、彼女はこちらに背を向けて、手を振りながら去っていった。哲弥はそれを見届けると、周囲を警戒しながらバリケードを元の位置に戻し始める。
――しかし、支給品に恵まれて良かったな。
哲弥は、自分のズボンのポケットに入れてあるトランシーバーを気にしながら、思った。これが支給武器だと分かった時はさすがにひどくがっかりした。しかしそれでも適当に入った民家で文化包丁を拝借し、九戸真之(男子4番)を殺して銃を奪えた。さらに天羽峻(男子1番)を殺し、マシンガンも手に入れた。
その過程で、同じトランシーバーを彼女が手に入れていたことはまさに僥倖だった。トランシーバー越しに彼女の意思を知ることができたのは有難かった。
「……運が向いてきてる、のか?」
そう、哲弥は小さな声で呟いた。そして力を込めて、バリケードの一つである観葉植物を動かし始めた。
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