BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第48話〜『背後』

 ショッピングモールの中は、さすがに普段に比べれば静かすぎて違和感があるが、それでもまだ外と比較すると平穏だ。その平穏を噛み締めながら、横野了祐(男子18番)はモール内を散策していた。
 右手には、自分の支給武器だったネイルハンマーを持っている。一応の護身用として持っているもので、どうにも心許ないが、このモール内ならばこれでも十分だろう。
 
清川永市(男子9番)に言われて了祐たちがこのモールに入ってから、了祐は久方ぶりの安息を実感していた。
 心酔している
浦島隆彦(男子2番)や信頼できる仲間である篠居幸靖(男子8番)との行動はある程度の安心感を了祐にもたらしていたが、それでもこういった緊張からの解放は得られていない。そういう意味で、このモールに入れたことは了祐にとって有難いことだといえる。
 今にして思えば、外では緊張の連続だった気がする。
 
比良木智美(女子13番)の死体との遭遇は、初めて見る死体のおぞましさと無残さに慄き、ひどく気分を悪くした。原尾友宏(男子14番)星崎百合(女子14番)との遭遇は、相手がやる気でなかったから良かったものの、そうと分かるまでは恐怖心に駆られた。
 そして何よりも衝撃を受けたのは、仲間であるはずの
中山久信(男子12番)の豹変だ。智美の死体を見つけた時に隆彦は言っていた。

――今後俺たちが久信と会った時、あいつは俺たちを殺そうとする可能性が高い。そうなった時の覚悟は、今のうちにしとけ。

 だがそう言われても、了祐の中では久信を信じる気持ちが強かった。彼は自分たちの仲間なのだという意識が、了祐の思考を凝り固まらせていた。しかし了祐の前に現れた久信は、躊躇なくこちらへ発砲してきた。
――もう久信は、俺たちの知ってるあいつじゃないんだ。
 了祐はそう思うように努めることで、自分の中の「久信=仲間」という図式を消し去ろうとする。だが、それは容易にはできないことだった。
 現に、今の了祐は久信のことを心配してしまっている。あの時、幸靖の銃撃を受けて腹を撃ち抜かれた久信のことを、了祐は今も心配している。彼は果たして、大丈夫だったのだろうか? 傷が思いのほか重症で、生命の危機に瀕してはいないだろうか? そんなことばかり考えてしまう。
 そんな了祐を見て、隆彦や幸靖は「甘い」と言うのだろうか。だが、これが了祐なのだし、そうそう変えようがない性格であることは重々承知していた。

 もともと了祐は、不良とは何ら縁のない生活を送ってきていた、平々凡々な少年だった。そこそこ人当たりが良く、周囲からの受けもまずまずだった。だが、了祐はそれが不満だった。了祐の中では、漠然としたアウトローへの憧れが強くなっていた。
――もっと、刺激がほしい。今の生活は、退屈だ。
 そう思いながら日々を生きていた了祐が隆彦と出会ったのは、中学に入ってすぐのことだ。
 その感情が、自分と隆彦を引き合わせたのだと、了祐は今も信じている。彼は、了祐の求めるアウトローを体現している。そう思えた。
 喧嘩に強く、名前だけで人を恐れさせる貫禄とカリスマ。そして決して自分たちと同じ立場でない者には力を振るわない。その立ち振る舞いは、まさに了祐の理想だった。了祐が隆彦に心酔し、彼の周りをついて回るようになるまでさほど時間はかからなかった。当初は困惑した様子だった隆彦も、そのうちに了祐を仲間として扱ってくれるようになって行った。
 だがそうやって隆彦と知り合い、憧れの世界に飛び込んだ了祐は、すぐに自分がこの世界では下っ端以上の何者でもないのだと気付かされた。
 了祐には隆彦や幸靖のような強さもなかったし、久信のように夜遊びをする度胸もなかった。ただ、隆彦たちの周りをついて回るだけ。そんな自分に嫌気がさしたこともある。しかし了祐はこの世界に留まり続けた。
 惨めな思いをすることがあっても、隆彦たちと共にいることは了祐にとって楽しかった。それ以外には、何もない。

 そうやって築かれてきたのが、了祐と仲間たちの絆なのだ。その絆を、そう簡単に手放したくはない。それが了祐の偽らざる思いだった。

「んー……っ」
 ふと了祐は両手を組み、上へ向かって大きく伸びをした。比較的平和なこの場所にやってきたことで、やはり多少緊張が緩んでいるのだろうか。仕方がないことだとは思うが、緩み過ぎないようになければいけないだろう。
――それに、ここも絶対大丈夫とは言い切れない気がするしな。
 そんなふうに、了祐は感じていた。最初にここにやってきた時の、永市と
志賀崎康(男子7番)のやり取りを見たのが全てのきっかけだ。
 自分の知る限りでは、永市と康は仲の良い友人であり、ああも刺々しい空気を出したりしていただろうか? どうもそこに違和感を感じる。まあ、こんな状況でお互いに結構精神的に参っているのだとすれば、仕方のないことかもしれないが。
 あまり今のような状況が続くようならば、隆彦たちにここから出ることを勧めるのもありなのかもしれない。そんなことが了祐の脳裏を過る。

――いや、せっかく得た仲間なのだ。そう簡単に放り出していたら、このゲームを考えたクソ政府をぶっ飛ばすことができなくなる。

 了祐はそう考えて、一瞬浮かんだ考えをすぐに打ち消した。
 そうやって考えながら漫然と歩いているうちに、了祐は開けたエリアへと足を踏み入れていた。どうやらフードコートにあたるらしいこの場所は、数多くの店が詰め込まれた他のエリアとは違って、壁も少なく開放的な空間が広がっている。客席を確保して、快適に過ごさせるためのようだ。
――へえ、こういう場所もあるんだな……。
 周囲を良く見まわしながら、了祐はフードコートの中を歩いていく。ここには食料もかなり大量にあるようで、立て篭もるにはまさにうってつけなのだということを実感できる。
 近くには外へと続くガラス張りの扉があるが、そこには観葉植物やベンチ、椅子などでかなりがっちりしたバリケードが作られている。了祐は、そこでふと気になった。
――このバリケード、やけに不安定じゃないか?
 そこにあるバリケードは、決して太くはない観葉植物にやや大きめの椅子が背もたれごと寄りかかるように置かれている箇所がある。それが了祐には、どうも不安定に映った。了祐たちが入ってきた正面入口のバリケードは、もっと厳重な組み方をしていたはずなのだ。
ひょっとして、誰かが動かしたのだろうか? でも、一体なぜ、誰が……。
その時、了祐は背後に何かの気配を感じた。その気配は、前に久信と相対した時に感じたものと同じ感覚……明確な、殺意だった。了祐の背筋に、悪寒が走った。素早く振り返る。そこにいたのは、色素の薄い髪をした男子生徒。了祐とは基本的に関わりの薄い――
岡元哲弥(男子3番)だった。

――な、何でこいつがここにいるんだ!? ま、まさか??!

 了祐の中で、一つの結論が出た。バリケードを動かしたのは、目の前にいるこの男。そして本来ならばいるはずのないこの男は――自分たちの敵だ。了祐は直感的に、そう結論付けていた。
 すぐさま、了祐は右手に持ったネイルハンマーを振り上げた。敵である哲弥を即刻排除しなくてはいけない。普段なら二の足を踏んだであろうこの判断を、殺意を持つ者を前にして初めて、了祐は瞬時に下していた。あるいは、久信のような友人相手でなかったからこその判断だともいえるだろう。
 しかし、振り上げたネイルハンマーが振り下ろされることはなかった。了祐の動きよりも速く、哲弥は了祐の懐へと飛び込んできていた。そしてその手に持ったもの――文化包丁の刃を、了祐の左胸に深々と突き立てていた。
「うがっ……」
 口の中に、鉄の味が広がる。同時に、了祐は自分の身体から徐々に力が抜けていくのを感じていた。哲弥は突き立てた刃を引き抜き、了祐の左胸に残った傷から、緋色の液体が溢れだしてくる。
 持ちこたえられなくなった了祐の身体が崩れ落ち、うつ伏せに床に倒れ込んだ。了祐が必死で視線を上げ、哲弥の顔を見る。哲弥は、感情を感じさせない表情でただこちらを見下ろしていた。
「く、そっ……」
 意識が混濁していく。その中で了祐は思った。

――隆彦さん、幸靖……。ここは、安全なんかじゃ、ない……。
――久信――。

 その思考を最後に、了祐の意識は完全に途絶された。溢れだした鮮血の海の中、了祐の身体も完全に活動を停止した。

 <PM14:19> 男子18番 横野了祐 ゲーム退場

<残り23人>


   次のページ  前のページ  名簿一覧    表紙