BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第49話〜『本音』
モールのエントランスフロアには、妙な沈黙が流れていた。その沈黙の中、浦島隆彦(男子2番)はフロア隅の柱に背中を預けて座り込んでいる。篠居幸靖(男子8番)は、先程から所在無げにあちこちをうろうろしている。苛立ちを隠せないらしく、トレードマークのオレンジ色の丸刈り頭をしきりに掻き毟っている。
この沈黙と、幸靖の苛立ちの原因。それは間違いなく志賀崎康(男子7番)と清川永市(男子9番)の二人によるものだ。
どうやら康の判断に納得がいかないでいた永市が、隆彦たちの合流をきっかけにその不平を表面化させた−−といったところらしい。詳しいことは誰も教えてはくれなかったので、推測の域を出ないが。
それに気になるのは、蜷川悠斗(男子13番)のことだ。ここに入ってから、隆彦はまだ一度も悠斗が口を開いているのを見ていない。そんな彼は、今はどこかへと行ってしまっていているようだ。
自分の知る限り、悠斗はここまで無口なタイプだった気はしない。確かにこの状況下でよくしゃべる者はいないだろうが、それでもここまでしゃべらずただじっと黙っているのは異常な気がする。
他のメンバーのうち、津倉奈美江(女子9番)と光海冬子(女子16番)は悠斗と同じく、今は席を外しているようだ。
「……なあ、さっきから何なんだよお前ら。さっきからずっと黙りっぱなしでよ! 何か言いたいんなら言えば良いじゃねぇか! イライラすんだよ!」
突如として、幸靖が声を荒げた。その表情は、言葉の通り強い苛立ちが表現されている。まるで自分たちが部外者のような、招かれざる客のような、そんなこの空気は彼には到底耐えられないものだったようだ。
だが、これ以上の雰囲気の悪化は避けたいところだ。隆彦は幸靖に声をかける。
「落ち着け、幸靖」
「俺は落ち着いてますよ、隆彦さん。少なくともこいつらよりはいくらかマシだ。なあ、志賀崎」
隆彦の制止でも止まらず、幸靖は少し離れたところにいた康に声をかける。
「俺にはよく分からねぇけど、原因はお前なんだろ? お前が何か不満持たせて、それで清川がキレてんじゃねぇのかよ」
康は口元を引き締めたまま、何も語ろうとはしない。だが、その眼は幸靖の言葉を肯定しているともとれる眼をしている。どうやら、幸靖の言った通りでほぼ間違いないらしい。永市も、幸靖のほうを見据えて黙りこくっている。
「お前らが、俺には分からねぇ。仲間相手に本音をぶつけられないお前らが、俺には理解できねえ。仲間に不満があるならもっとはっきり言ってやりゃ良い。何でそうしねえんだ? 少なくとも、俺はそうしてきてる。そうやってやってきたんだ」
幸靖の言葉を、隆彦は黙って聞いている。正直、幸靖の言葉には半分賛成で半分反対といったところだ。
確かに幸靖の言うとおり、本音を互いにぶつけ合える関係はとても素晴らしいものだと思う。だが、それはそんなに簡単なことではないのだ。隆彦自身、それが自分にどこまでできているのか自身がない。今隆彦は、あの古嶋たち政府連中を倒すという目的をもって行動している。
だが、それでも不安を感じない、などということはない。
−−本当に、俺たちは古嶋たちを倒せるのだろうか?
そんな不安が首をもたげることはある。特に、あの中山久信(男子12番)が隆彦たちを躊躇なく襲ってきた時以来、その思いは少しずつ強くなっている。
久信の裏切りを予見していなかったわけではない。だが現実にその光景を見せられると、自分の覚悟が揺らいでしまうような不安を覚える。自分も、久信のように仲間を裏切ってしまうのではないか。そんな意識が働くのだ。
そしてそれを隆彦は、何度も必死に払いのけてきた。同時に自分の精神もこの状況下で多少なりとも参っていることを実感させられる。
−−それは、俺の弱さなのかもしれない。
自分の強さに自信が持てなくなる。これまでの隆彦は、決してそれに驕ることはなかったが、強さをもって生きてきた。その確固たる芯が、今揺らごうとしている。
そんな中で、幸靖はああやって本音をぶつけ合うことを語っている。それが隆彦にはうらやましく映った。
幸靖の言っていることは事実だろう。だが、そんな彼のような強さは、隆彦自身にはない。幸靖のように本音をぶつけることも、横野了祐(男子18番)のようにギリギリまで仲間を信じることもしなかった。それはこのプログラムにおいて必要なことなのだろうし、そういう意味では重要なスキルを持っているのだろう。
しかし、仲間を持つ人間として、自分は幸靖たちよりも弱かったのかもしれない。決して、久信を笑えないくらいに。
−−何だか、えらく小さい人間みたいだな、俺。
そう思うと、自嘲の笑みが零れる。そして、康たちになお苛立ちを向けている幸靖に言った。
「もういい、幸靖。俺たちはここを出ていこう。それで良いじゃないか」
本来ならば仲間は喉から手が出るほど欲しいところだったが、やむを得ない。さすがにこれ以上こんな状態のグループに混じっていてもやりづらいだけだし、益はないだろう。
「……そうですね。俺もこんなところ、嫌ですよ。もう一回、原尾たちでも探してみましょう」
幸靖は隆彦の言葉にそう返して、こちらを向いた。話は決まった。あとは今席を外している了祐も連れてくれば良い。幸靖はそれを見越してか、了祐を探しにその場を離れた。
そんなことを考えつつ隆彦は、モールを出ていくために荷物の準備をしていく(まあ、少し前にここへ来たばかりなので片付ける物は大してなかったのだが)。その時、永市が口を開いた。
「本当に良いのか? 浦島」
その口調は、それまで放っていた刺々しい空気を帯びてはいない。先程の幸靖の言葉で多少緩んだのか、それとも隆彦たちを引き込んだ張本人としての責任なのか、それは分からないが。
だが、隆彦は言う。
「ここで、俺たちの目的が果たせそうな気はやっぱりしないんでな。少なくとも、他に原尾と星崎は信用できそうな感じだったから、あいつらをもう一度探してみるさ」
「このゲームから脱出したいのは、俺たちも一緒のはずだぜ?」
「それでも、だ。この状況で、変に不協和音出してる仲間なんていてもどうしようもない。当てはまだないが、何とかしてみせる。それが俺の務めだからな」
これは、偽りのない本心だ。脱出を掲げて仲間を集めた責任が隆彦にはある。どんなに困難で当てのない道でも、先を目指して進まなくてはならない。そのためにも、ここで余計なことに足を引っ張られるわけにはいかない。
永市と話しているうちに、ここを出ていく準備はできた。あとは幸靖が了祐を連れて戻ってくれば、全ての準備は完了となる。だが、その幸靖たちが戻って来ない。
−−どういうことだ……?
隆彦が疑問を持ち始めていたその時、このエントランスエリアと他のエリアをつなぐ扉が勢い良く開き、血相を変えた幸靖が飛び込んできた。その顔は、先程までのそれとはうって変わって、青褪めていた。
「た、隆彦さん……大変ですよ、隆彦さん!」
「どうした、そんなに慌てて??」
「りょ、了祐が−−了祐が!」
嫌な予感が−−した。
「幸靖、案内しろ!」
「は、はい!」
ここを出ていくということも忘れ、隆彦は荷物を投げ出して幸靖が出てきた扉から飛び出していく。後から、幸靖もそれを追ってくる。
隆彦は、幸靖に言われるままに走った。向かった先は、フードコート。どうやらここに、了祐がいるらしい。了祐を探して走っていた隆彦は、その眼に飛び込んできた緋色を確認して、足を止めた。
フードコートの中でも一際開けた場所。外へと続く扉にはバリケードが施され、その床には鮮血が水溜りのように広がっている。その中で、誰かが倒れていた。
うつ伏せになっていて、顔は分からない。だが、隆彦にはそれが誰なのかすぐに理解できた。
「了祐!」
隆彦は一声叫ぶと血溜りの中へと駆けて、その中の了祐を抱え起こした。しかし、了祐が反応することはなかった。左胸からは今もなお血液が漏れ出しており、それが隆彦の学ランについた。
了祐の顔には、もはや生気はなかった。
「どういうことだ……何でこんなことになってるんだよ……くそぉっ! 畜生っ!」
あまりにも唐突に奪われた仲間の生命。その衝撃に、隆彦はただ叫ぶしかできなかった。
<残り23人>