BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第50話〜『仮説』

 モール内の中でも、これまでほとんど立ち入らなかったエリア。そこには映画館、ゲームセンターなどの娯楽施設などが点在していて、日常でここを訪れたなら、凄まじい喧騒を味わえそうな場所。
 そのエリア内を、
志賀崎康(男子7番)は慎重に歩いている。周囲に十分気を払いつつ、前へと進む。その右手には、康の支給武器でもあった日本刀を握りしめている。これをここまで緊張しつつ持っているのは、このモールにたどり着いて以来初めてのはずだ。
 傍らでは、
本谷健太(男子17番)が肩を震わせながら康についてきている。頭には相変わらず工事用ヘルメットをかぶっていて、その手にはモール内のスポーツ用品店で手に入れた金属バットを持っている。もっとも、もともと非力な健太では護身用としても心許ない気がするが、それは言わないでおいた。
 健太の表情は、すっかり強張っている。こうなるのもまあ、無理はないだろう。
 
横野了祐(男子18番)の死を、知ってしまった以上は。


 了祐が殺された−−。それを
浦島隆彦(男子2番)篠居幸靖(男子8番)が伝えてきたのは、ほんの少し前のことだった。
 最初は信用できなかったが、嘘を彼らがつく意味はないように思えたし、何よりその表情が語っていた。自分たちの話は紛れもない真実だと。そして隆彦たちに言われるままに現場を確認しに行き−−了祐の無残な亡骸を発見したのだった。
 その事実はすぐに他のメンバーにも伝わり、誰もが驚愕に包まれていた。安全と思われていた場所で、死者が出た。このモールに侵入者がいて、しかもそいつはゲームに乗っている。その事実を受け止めることに皆が苦労していた。
 そこで、侵入者がどこにいるのかを突き止めようという話になり、手分けしてモール内を探索することになった。
 康は健太と、
蜷川悠斗(男子13番)は幸靖と、隆彦は津倉奈美江(女子9番)光海冬子(女子16番)と。こういった感じでメンバーを分けた。そして清川永市(男子9番)は、バリケードの外で見張りにつくことになった。
 それと同時に、康は今回の件について考えていた。

 了祐の死体が見つかったのは、フードコートの扉の近く。そう、バリケードを用意していある扉の前だ。そのバリケードに、康は少し違和感を覚えたのだ。永市や健太はそれには気づかなかったようだが、これは仕方のないことだ。ここのバリケードを作ったのは、他ならぬ康自身だったのだから。
−−間違いなく、あのバリケードは動かされていた。
 ということは、故意にバリケードを開けた者がモール内にいるということになる。そしてその人物が、了祐を殺した−−。
 ではそれは一体誰なのか? 
 少なくとも、隆彦たちではないだろう。彼らがそんなことをして、侵入者に了祐を手にかけさせるメリットなどないはずだ。
 永市と健太も、それからは除外して良いだろう。あの二人の性格はよく知っているつもりだ。彼らがそんな真似を出来るとは到底思えない。悠斗は状態がちょっと気になるが、あの状態で人を殺せるとは思えないので除外して良いだろう。
 ならば犯人は−−。

 そこまで考えていた時だった。
「なあ、康……」
 突然、健太が声をかけてきた。
「ん? どうした健太」
「ずっと聞きたかったんだけど……、康は何で、光海や浦島たちを拒むんだよ? 部外者だっていうんなら、津倉はどうなるんだよ? 津倉だって部外者じゃないか」
 まあ、当然の疑問といえるだろう。よくよく考えれば、康は自分の考えの多くをまだ話してはいなかった。それは、幼馴染であり、もっとも付き合いの深い健太にも同様だった。
 しかし、さすがにこれ以上何も言わないのはまずい。既に永市との間がおかしくなり始めているだけに、健太や悠斗との関係まで悪化させては、このグループの維持も不可能になる。
 意を決して、康は話し始めた。
「まず言いたいのは、俺は部外者は全て駄目だとは思っていないってことだ。部外者でも、ゲームに乗る可能性が低いのならば一緒に行動しても良いと思ってる。津倉は、そういう理屈で合流させたんだ」
「でも、そしたら光海は? 光海は信用できるだろ? ゲームに乗りそうな子じゃないし、悠斗と一緒にいたんだからさ」
 健太がそう問いかける。確かに、日常における冬子は十分に信用に足る人物だといえる。だが、そんな彼女に疑念を抱かせるだけの要素はある。康は健太に、その要素を話した。
「それでも、俺は彼女を疑わざるを得ない。夏野と合流していないことについては置いておくにしても、一緒にいた悠斗のあの様子はいくらなんでもおかしいだろう」
「でも、この状況じゃ怯えるのも仕方ないだろう? 現に俺だって、康たちと会うまではひたすらビビりまくってたんだし……」
「にしたって、もう俺たちと合流して随分経ってるのに、いつまでもあの調子だ。それで俺は、鞘原のことを考えたんだ」
 ここで康は、
鞘原澄香(女子6番)の名前を出した。冬子に襲いかかり、悠斗を見て逃げていったという、彼女の名前を。
「何で、そこで鞘原の名前が出てくるのさ?」
「光海は、鞘原に襲われたと言っていた。これは事実だろう。鞘原は出発の時から様子がおかしかったし、この状況で精神的におかしくなっちまったのかもしれない。だが、悠斗が来たら逃げたというのは疑わしいな」
 康は一旦話を切り、続ける。
「何故なら、その後の放送で鞘原は名前を呼ばれてたからだ。普通に考えれば、鞘原は悠斗から逃げた後で誰かに殺されたと考えれば良い。でも、それだとあそこまで悠斗がおかしくなる理由づけにはならないと思う。俺は……悠斗が鞘原を殺しちまったんじゃないかと思うんだ」
「えっ−−ま、まさか……」
「それ以外に、悠斗が学ランを着ていないのもひっかかる。悠斗以外には俺たちの誰も学ランを脱いでなんかいない。つまり、学ランは動きにくくて邪魔、ということにはならないんだ。だとすれば、悠斗の学ランには鞘原の血がついてしまって、それで捨てた−−と考えることができる」
 そこまで言うと、今度は健太が言った。
「で、でも、何で悠斗はそれを隠すんだよ! 康の言うことが事実だとしても、なら悠斗は鞘原を殺そうとしてたわけじゃないんだろ? なら、俺たちは別に悠斗を嫌いになったりはしない。悠斗の友達でい続けるよ! それとも、俺たちは悠斗には友達だって思われてなかったのか?」
 それは悲痛な叫びだった。健太は心の底から、悠斗を信じているのだということが、その語気から伝わってくる。それを見ると、康は胸が苦しくなった。
「たぶん、光海が悠斗に隠すように言ったんだ。そこまでする理由はまだ分からない。でも……光海は信用できない。それははっきりしている。だから俺は、津倉が光海についているようにしたんだ。同性なら、細かく監視ができるからな」
「そういう、ことなんだ−−」
 健太はそう漏らして、それきり黙ってしまった。自分でも康の言葉を反芻してみているようだ。
 今までに健太に話した内容は、まだ仮説レベルでしかない。だが、これがすべて間違っているとは思わない。ひょっとしたら、侵入者とも繋がりがあるのかもしれない。だとすれば……このモールはもはや安全地帯とはいえない。
 そこまで考えていたところで、康たちはモールの隅にあるトイレの前までやってきた。こんな奥の、逃げ場もない場所に侵入者がいるとは思えないが……チェックに漏れがあってはならないのだ。
 康はトイレの中に入り、探索してみることにした。健太にトイレの前で待っているように言い、康は中へと入っていく。
 トイレは、何の変哲もない、ごくごく平凡なつくりをしている。手洗い場に、小便器と水洗トイレ。眼につくものは、せいぜいそんなところか。
 さらに、康は水洗トイレの扉を開いて中を確かめる。中の便器にも、さして変わったところはない。便器の蓋は閉じられている。その蓋を、康はそっと開けてみる。この中に何かいると思ったわけではない(いたらそれはホラーの世界だ)。ただ、どうにも全てチェックしておかないと収まりが悪く思えた。
 当然、中には何もない。そう感じて蓋をまた閉めようとした時、康の眼に何かが飛び込んできた。それは、煙草の吸殻。それもやけに新しい。煙草の銘柄には詳しくないが、この大東亜では割とポピュラーなものだったはずだ。
 新しいものということは、誰かが最近ここで煙草を吸ったということだろう。仲間の中で喫煙者などはいない。隆彦たちはどうなのか知らないが、彼らに煙草を吸っているような余裕はなかったはずだ。殺された了祐以外の二人はずっとエントランスにいたのだし。

−−ということは、この近くに侵入者が−−!

「うわあっ!」
 その時、トイレの外で叫び声がした。それはつい先ほどまで話をしていた人物−−健太のものだった。背筋を嫌な汗が流れた。
 すぐに康は、トイレの外へと駆けだす。そして同時に、床に広がる血溜りを視認した。そして、己のミスを強く悔やんだ。何故自分は、健太を一人にしてしまったのか。そんな後悔が押し寄せてきた。
 そこには、了祐の時と同じような光景が広がっていた。紅い染みの中心に、健太が仰向けに倒れていた。腹を深く刺されたらしく、そこから血液が溢れだしている。健太を刺した人物らしき影は見えない。このわずかな間にこの場を立ち去ったらしい。その手際の良さに、康は戦慄した。
「健太! しっかりしろ健太!」
 康はすぐさま、健太の身体を抱き起こした。手を回した背中にも、血が溢れる刺し傷があるのが分かる。背中と腹の傷。これが健太の生命を奪おうとしている。
「こ、う……」
「しゃべるな! 傷に響く!」
 健太に呼びかける。だが、健太の生命が失われようとしていることは容易に分かった。そして自分の行為が、気休めにしかならないことも。
「康! 何があった!」
 そう叫びながら、今度は永市がやってきた。見張りをしていたはずの彼だが、どうやら健太の声を聞いてここまで来たらしい。康は永市に聞く。
「永市、ここに来る途中で怪しい影とか見なかったか!」
「いや……誰も見てない」
 永市は答える。どうやら、侵入者は永市の来た方向とは別方向に逃げたようだ。同時に、健太がまた口を開いた。
「康……ゆう、とを助け、てくれ、よ。俺、康のはな、し……しん、じ、て−−」
 それを最後に、健太は何も言わなかった。いや、何も言えなくなった。その生命は、遠いどこかへと旅立ってしまったから。
「おい……健太? ちょっと待てよ健太! いなくならないでくれよ! なあ! なあ!」
 康はひどく取り乱し、叫び続けた。だがその声は健太に届くことなく、フロアに響き渡った。

 <PM14:46> 男子17番 本谷健太 ゲーム退場

<残り22人>


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