BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第51話〜迷走の章・11『救済』

 本谷健太(男子17番)を失ったことで、モール内にはますます重苦しい空気が流れていた。そしてその空気を、蜷川悠斗(男子13番)は敏感に感じ取っていた。
 モールの柱に背を預け、地球の重力に従って床に腰掛ける。体育座りの態勢をとり、俯いて床の一点のみを見つめた。
 場には沈黙ばかりが漂う。どうも悠斗と同じような状態の者もいるようだ。
 そんなモール内の雰囲気を表すかのように、外の天候は悪化し、灰色の雲が空を覆い始めている。この調子なら、間もなく会場中に雨が降り注ぐことだろう。プログラム前に見た天気予報でも、天候の崩れに注意というふうに気象予報士が言っていた気がする。
 悠斗は、周りをそっと見渡す。

 
浦島隆彦(男子2番)篠居幸靖(男子8番)は、非常に張りつめた空気を放っている。
 もともと悠斗たちと特に親しいわけでもなく、このモールにやってきたのもつい最近。さらに彼らも仲間の
横野了祐(男子18番)を失っている。先程まではここから出ていこうとしていたくらいだし、この状態も仕方のないところだろうか。
 
清川永市(男子9番)は、先程からしきりに志賀崎康(男子7番)との会話を繰り返していた。
 その話の内容まではこちらに聞こえてこないが、それまでの二人にあった不協和音はほとんど感じられなくなっている。健太を失ったことが、かえって二人の関係を戻すきっかけになったのかもしれない。
 そして悠斗自身は――。

――直美……。

 こういうと健太たちには失礼な話になってしまうだろうが、今の悠斗には彼らのことを考えているだけの余裕はなかった。
 思考の端から浮かんでくるのは、
井本直美(女子1番)のことばかりだ。今もこの会場の中で生き続けているであろう、悠斗にとって大事な恋人のこと。
 もう嫌だった。こんな澱んだ感情を抱えたまま無為に時間を過ごすのも、親友たちに何かを偽って殻に閉じこもるのも。だが、それしかできない自分の弱さがそれを打破させてくれない。
 そんな状況で悠斗が縋れるのは、もう直美くらいしかいなかった。
 悠斗に起こっていることを何も知らない彼女。彼女は自分の罪――
鞘原澄香(女子6番)を殺し、そのことを隠し続けている――を知った時、赦してくれるだろうか。
 いや、赦してくれるかどうかはもはや問題ではない。底へ底へと沈みゆく自分の精神を掬いあげてくれるのは直美しかいない。そんな感情が頭の中を渦巻き始めているのだ。
 罪を赦す。それは、
光海冬子(女子16番)も同義の行為を行ってくれたはずだ。
 だが、彼女の行為の末に、悠斗の精神はさらなる摩耗を強いられることになっている。

 放送のすぐ後に、冬子や
津倉奈美江(女子9番)と話したことを思い返す。
 あの時彼女は、悠斗に自分の身の上を曝け出してきた。そのことが、きっと彼女の雰囲気に似合わぬ強靭な精神力の源となっているのだろう。
 そんな彼女だからこそ、悠斗を掬いあげてくれた。悠斗はそう思ってきた。
 しかし、それは本当に真実なのだろうか? 結果として、冬子の行為は悠斗を蝕んでいるのではないだろうか? そんな感情が首をもたげるのだ。

――そんなはずがない。彼女が、何だってそんなことをする必要があるんだ――。きっと疲れているんだ。誰かのせいにしなきゃやってられないくらいに。きっとそうさ――。

 そうやって悠斗は己の考えを振り払おうとしてきた。だが一度生まれた疑念はそう簡単に消せはしない。
 結局、悠斗はこれまでとは別のベクトルでスパイラルに堕ちていく。この流れはもはや止められないのかと、絶望を抱きそうになる。
 そんな中で悠斗が縋るのはやはり、直美しかいない。

――直美。直美は今どこにいるんだ? 俺、無性にお前に会いたいんだ。誰か、直美がどこにいるのか教えてくれよ。お前がいなくちゃ、俺は壊れちまうよ……。

 不意に、涙が零れそうになった。この涙が何の感情を表しているかは、悠斗には分からない。だが、己が救いを求めていることだけは確かだった。
 その救いをくれる相手は、この場にいる誰でもない。冬子でも、奈美江でも、康でも永市でもない。
「直美だけなんだ……直美だけ……」
 悠斗はそっと呟いた。康たちに聞こえないようにしたのは、悠斗の持つ罪悪感がなせるものだった。この期に及んで親友たちを信頼していない自分を知られるのは嫌だった。これ以上醜い自分を親友たちに晒したくはなかった。これ以上この場を荒らしたくはなかった。

――出ていこう。ここを。そして、直美を探そう。

 悠斗は決意した。直美を探すため、そして康たちをこれ以上裏切らないために、この場から消えることを誓った。
 きっと康と永市は怒るだろう。俺たちがそんなに信用できないのかと、そう言うことだろう。だが、そういう問題ではないのだ。自分を救済する道は、もう直美に会うことしかないから。そんな自分を知られたくないから。場を荒らして彼らに迷惑をかけたくないから。だから、ここからいなくなる。
 それがきっと、一番正しい選択なのだと思った。
 康たちには、直美を探しに行くと言えば良い。いや、むしろこっそりここを離れたほうが良いかもしれない。
 悠斗がどちらの方法をとるべきか考えていたその時、頭上から声をかけられた。
「なあ、悠斗」
 そっと悠斗は顔を上げる。涙は直前に袖で拭った。己の考えを悟られないように。
 声の主は、永市だった。どうやら康との話は終わったようだ。そして、彼はこう続けた。
「お前さ、津倉を見なかったか?」
「え……」
 最初、悠斗には永市の言葉の意味が分からなかった。何故自分に、永市が津倉奈美江の所在を聞いてくるのか。それが分からなかった。
「何でそんなこと――」
「さっきから、姿が見えないんだよ。一体どこ行ったんだ? 侵入者がいるんだから、下手に動かないほうが良いって言っておいたのに……」
 そう言いながら、永市は悠斗から離れていく。悠斗が奈美江の所在を知らないと理解して、隆彦と幸靖に話をしに行ったようだ。永市が完全に離れてから、悠斗は周囲を見回す。確かに、奈美江の姿はない。荷物の傍に冬子の姿は確認できたが、それだけだ。
 もう一度、今度は荷物を確認してみる。冬子の傍――あの辺りには、皆の私物のバッグなどが置かれていた。奈美江のものも、おそらくはそこにあるはず。

 だが、そこで悠斗は気付いた。
 荷物が、一人分だけすっかりその場から無くなっているという事実に。そして奈美江が、自分の考えていた手段を実行したということに。

<残り22人>


   次のページ  前のページ  名簿一覧    表紙