BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第52話〜情念の章・5『参戦』
会場の中心部、中華街や中心街、海浜公園とも境を接している位置――E−6エリア。そこには一軒の病院が建っている。どうやら個人経営の病院らしく、決して規模は大きくはない。だが医療用の設備は一通り揃っており、処置を施すには十分といえる。
この街は割合広く、平時ならばかなりの賑わいを見せていそうなのに、この病院くらいしか医療施設はないようだ。それだけこの病院の医師の信頼度は高かったのだろうか。
まあ、そんなことは中山久信(男子12番)にとってはどうでもよかったのだが。今は、右脇腹に負った傷の処置こそが大事だった。
「幸靖の、野郎……」
かつての仲間、篠居幸靖(男子8番)によってつけられた右脇腹の銃創。これが放つ痛みに苦しみながら、久信は唸り声をあげていた。
この病院を見つけたのは、全くの偶然だった。幸靖に撃たれた後、久信は彼らを追うことを諦めて傷の処置をすることにした。
だがそこで、久信は肝心なものを自分が持っていないことに気付いた。応急処置用のアイテムを、久信はこれまでに一度も手に入れていなかった。今までに大きな傷を受けるようなこともなかったため、完全に意識の外においてしまっていたのだ。全くの油断だった。
その事実に気付くと、久信は必死になって医療施設を探した。この傷を抱えた状態で他のゲームに乗った連中――朝に遭遇した福島伊織(男子15番)や、午前中に聞こえた連続した銃声――おそらくはマシンガンか何かだろう――の主と出くわしたら大いに不利な戦いを強いられることになる。
不安要素は早めに潰しておかなくてはならない。その思いだけで、ひたすらに歩いた。そしてつい先ほど、この病院にたどり着いたのだ。
学ランをはだけ、下に着ていたオレンジ色のTシャツ(無論、校則違反だ)に空いた穴を見やる。Tシャツの穴からのぞく右脇腹からは、今も少しずつではあるが血液がこぼれ出している。
当初は凄まじい痛みに悶えたものだが、今のところはだいぶその痛みも和らいだ印象を受ける。しかし、これがただの慣れでしかない可能性は大きい。そう考えれば、油断はできない。何より、自分の目的を果たすためにも、こんなところであっさりと終わるわけにはいかない。その思いが久信を突き動かす。
さすがに素人にはまだ残っているであろう弾丸の摘出など不可能だ。ならばせめて止血と、痛み止めだけでもしておかなければならない。
そう考えて久信は、病院に入るなり即座に診察室を探した。診察室に行けば、それらしい薬はあるだろう。そう判断した。
正面玄関から待合室を通り過ぎ、その奥にはまだ昼間だというのに暗く陰気な廊下が広がる。ただでさえ光源が足りず薄暗いのに、あまり広くないことが暗さを助長している。病院というのはそういうものなのかもしれないが、この陰気な感じが久信はどうも好きになれない。
そんな感情を抱きつつ、久信は廊下を進み――診察室の看板が掲げられた扉を見つけた。
「ここだ……」
呟きを一つ洩らすと、久信は横開きの扉を開いて中へと入っていく。
中は割合小奇麗に整えられており、ここの主の性格が何となく久信にも理解できるような雰囲気だ。きっとそれなりに繁盛していたのだろう。そんなことを考えつつも、当初の目的を果たすために久信は診察室を片っ端から漁っていくことにした。
しかし、どこを探しても久信の探しているようなものは見つからない。
――ひょっとして、ここじゃないのか?
久信はふと考えて、周囲をもう一度見まわす。診察室の中には机と椅子、そしてベッド。そしてその奥には――まだ開けた空間があった。
――まさか――!
薬は診察室にあるものと思っていた。だが、久信は自分が病院に行った時のことを思い返した。そう、かつて光海冬子(女子16番)に病院に連れて行ってもらった時だ。あの時診てもらった医者は、看護婦に頼んで薬などを用意してもらっていたはず。
ならば、診察室ではなくもっと他の部屋にあるというのが道理なのではないか?
そう思い立つや否や、久信は診察室の奥の開けた空間へと進む。そこには、久信にはよく分からない器具やら棚やらが数多く準備された部屋が存在していた。
薬の類は、おそらくはここにあるのだろう。
早速久信は、部屋中の棚を探しまわろうとした。そしてまず最初に目についた木製の小さな棚を開けようとした時、それは目に留まった。棚のすぐそば、床の上にぽつんと落ちている何か。紺色をした、手帳のようなもの。久信はこれに見覚えがある。
――生徒、手帳?
間違いなく、それは久信たち月港中の生徒に配られている生徒手帳だった。何とも飾り気のない、つまらないデザインのしょうもない代物。もちろん久信はもらったその日にそ自分の部屋のどこかへ放り投げてそれっきりにしてしまっている。これがここに落ちているということは、他の誰かが以前にここを訪れたということになる。おそらくは、久信と同じ目的で。
気になって、久信はその生徒手帳を拾い上げてページをめくってみる。取り立てて何かが書いてあるということはない、何の変哲もない生徒手帳のようだ。
それが分かってもなお、久信はページをめくる。そして最後、持ち主の名前が記載されるページを開く。
『夏野 ちはる』
それが、この手帳に記された持ち主の名前。
――夏野っていったら、確か光海と仲が良さそうな――。
夏野ちはる(女子11番)については、他の女子生徒よりはある程度情報がある(といっても、冬子のことを知ろうとした過程で彼女と仲の良いちはるのことも多少知っただけにすぎないが)。
特別に容姿が優れているとか、成績優秀だとかそういうことはない、まあ平凡な女子中学生といった感じ。眼鏡をかけているので判別はしやすいだろう。このクラスの女子で眼鏡をかけているのは彼女くらいしかいない。
割と社交的らしく、冬子以外にも様々なクラスメイトと話をしているようだ。星崎百合(女子14番)なんかとは特によく話していた気がする。
このゲームに彼女が乗る可能性は――正直ゼロに近いだろう。もし万が一乗っていたとしても、さほど脅威になるとは思えないタイプの生徒だ。
そんな彼女がここに来たということは――怪我をしている、ということだろうか? だとすれば、やはり大した脅威ではない。だが……。
――あいつなら、俺の知らない光海を知っているかもしれないな。
ふと、そんな考えが浮かんだ。良家の子女で通っている冬子が夜の繁華街をうろつく……かつて自分が抱いたそういう疑問点も、彼女と近しいちはるならば理由を知っているのかもしれない。
気にしなくなっていた疑問が、この一瞬の出来事だけで思考の一部を捉えて離さなくなっている。何とも分からない話だ。
――死ぬ前に、夏野に会って話を聞いてみても良いのかもしれない。
――俺より先に、夏野がくたばらなかったら、の話だろうけどな。
この戦いに、いつしかもう一つの目的ができていた。
光海冬子を生き残らせること。そして、死ぬ前に彼女のことをもっと知る、ということ。どちらも、是非叶えたい願いだった。
――もっともっと、やるしかねぇってこと、だな。
久信はますます、この先の戦いへの決意を強くしていた。
その時、遠くのほうで銃声が聞こえた。方角としては南西の方角。地図でいえば、確か大きなショッピングモールがあった方角だ。これまでにも何度か聞こえた連続した銃声。おそらくはマシンガンの類。何度も聞こえるあたり、持ち主は久信と同じくゲームに乗った者かもしれない。
そちらへ向かってみるのも良さそうだ。そう思った。
危険は伴うだろうが、マシンガンという強力な武器はこの先のためにも是非欲しい。
だが、どちらにせよまずはこの傷を何とかしなくてはいけない。全てはそれからでも遅くはない。
そう考えて、久信は薬探しを再開した。
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