BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
開幕編
第4話〜迷走の章・2『旅路』
外の景色が、速度に負けて流れるように視界から消えてゆく。新幹線の中からそんな風景を見たところで、ちっとも風情を感じることはできない。
そう思った蜷川悠斗(兵庫県神戸市立月港中学校3年A組男子13番)は、視線を自分の隣の座席に座っている清川永市(男子9番)に移した。永市は耳にイヤホンをつけている。何か音楽を聴いているのだろうが、悠斗にはそれが何の曲なのか察することはできない。悠斗は永市がこの大東亜共和国で禁止されているロックを好むことぐらいしか知らないし、悠斗はロックの知識がなかった。
今日、5月15日から悠斗の通う月港(げっこう)中学校は、九州への2泊3日での修学旅行へと向かうことになっていた。新幹線で博多まで行き、そこからはバスに乗って観光を行う……そんなスケジュールだ。
仲の良いクラスメートたちとの旅行に、皆心躍らせている。それは悠斗も例外ではない。しかし、だ。
悠斗には、一つだけ気になることがあった。
悠斗は、そっと彼女のいる方向へと目をやる。悠斗と永市のいる席からだいぶ後ろの席――そこに井本直美(女子1番)がいるはずだった。たぶん彼女はクラスで特に仲の良い女子学級委員長の阪田雪乃(女子5番)たちと一緒にいるのだろう。時々直美の声がするのが、悠斗にも良く分かる。
そのうち、後ろの席から声をかけられた。
「悠斗、何未練がましそうな顔してんだよ」
そう言うと同時に、悠斗は額を軽く叩かれる。悠斗は思わず、相手の方を見た。
「何するんだよ、真之」
そう言うと、ついさっき悠斗の額を叩いた男――九戸真之(男子3番)が悠斗の顔を見て、笑顔を見せた。
「だって、井本たちの方を見るお前の顔がメチャクチャ未練タラタラだったんだもんでさ」
「それ、は――」
悠斗は真之の言葉に、思わず口ごもる。真之の言葉は、真実を捉えていたからだ。悠斗は、クラスメイトの直美と中学二年の初めから交際していた。交際自体は順調だった……はずだった。
しかし三年になって間もなく、直美は徐々に悠斗との距離を置くようになってきた。悠斗は何とかして直美との関係を改善しようとしたがままならなかった。そして関係は自然消滅を迎えた。だが悠斗は決してそれに納得したわけではない。わけが分からないままに全てを終わらせてしまいたくはない。この修学旅行を機に、何とか直美と話し合いたい。そう思っている。
その時、誰かの手が真之の頭を小突いた。
「真之、悠斗もそのことは気にしてるんだ。やめとけって」
真之の隣の席に座っていた銀縁眼鏡の少年――志賀崎康(男子7番)がそう言って、真之を小突いた右手を下ろす。
「――悠斗、悪りぃ」
康に言われて真之も自分が不用意な発言をしてしまったことに気がついたのか、悠斗に軽く頭を下げる。
「いや、良いよ」
そう言いつつ、悠斗は再度座席に腰を落ち着ける。そして自分の周囲にいる友人たちを見る。隣で相変わらずイヤホンを耳につけて音楽を聴いている永市に、その隣で大きな身体を座席に収めてウトウトしている天羽峻(男子1番)。
峻はクラスでも一番の背の高さを誇っている。それ故に入学当時から各運動部から誘いがあったという。しかし峻は運動部には入らず、生物部に所属している。元来争いごとを好まない峻らしさに溢れた部活選びだったと、悠斗は思っている。
そして後ろの座席についている真之と、その隣の康。康の隣――通路側の席には本谷健太(男子17番)が康と話をしている。
もともと悠斗と中学入学以前から親しかったのは、峻と永市の二人だった。中学入学後に、幼馴染同士だった康と健太とも仲良くなり、二年になってから同じクラスになった真之がこれに加わった。悠斗は、彼らとの友情を信じている。これから部活を引退し高校受験、卒業を経てもこの関係は続く。そう確信している。
さらに視線を、前の座席へと移す。ちょうど前の席では、悠斗と同じ男子バスケ部所属の原尾友宏(男子14番)と星崎百合(女子14番)の二人が並んで座っている。二人は二年の秋ごろから交際を始めたらしく、今日もこうして二人仲良く並んで談笑している。その姿を見て、悠斗は少し友宏たちが羨ましく思えた。その友宏といつも一緒にいる琴山啓次郎(男子5番)と駒谷弘樹(男子6番)はどこにいるのかと思い探してみると、通路を挟んだ反対側の座席に二人ともいた。どうやら友宏たちに気を使ったらしい。
友宏と百合の隣――通路側の席には福島伊織(男子16番)がいるはずなのだが、先ほどから殆ど動かない。座席の隙間から確認するに、どうやら本を読んでいるようだ。
もう一度視線を動かし、峻の向こう側――通路の挟んだ側の座席を見る。そこでは縁なし眼鏡が良く似合った女子――夏野ちはる(女子11番)と光海冬子(女子16番)が並んで座り、何かを話している。手元には何かのパンフレットがあり、どうやら自由行動で何処に行くかを話しているように見える。
悠斗も、ちはるとは話したことがあった。ごくごく平凡な女子ではあるが社交性があり、基本誰とでも話ができる生徒だ。星崎百合とも気が合うのか、よく話しているのを見かける。
冬子は、艶やかな長い黒髪が映える日本的な顔立ちをした美人と言っても差し支えのないタイプの少女だ。良家の子女だという話もあるがそのことを表に出さない性格と容姿端麗さから、男子人気はかなり高いと聞いている。だが悠斗は、ちはるはともかく冬子のことは話したこともほとんどなく、よく知らなかった。
――そういえば……。
そこで悠斗は、あることを思い出した。
――矢田は、結局来なかったな。
矢田蛍(女子17番)。おそらく悠斗が、このクラスで一番よく分からない人物だ。何せ一度も同じクラスになったこともないどころか、一年の二学期ごろから蛍は不登校を続けているのだ。
だから悠斗は、蛍の顔も良く知らないし何故不登校になったのかもよく知らない。同じクラスとなって初めて、不登校の事実を知ったぐらいだ。
今回の修学旅行も、蛍は担任教師の池谷潤一の再三の説得にも応じず、結局欠席することとなったのである。
――一人いないってのに、何事もなく進むものなんだな。
悠斗はふと、そんな思いを抱く。
そして生徒たちのそれぞれの思いを乗せながら、新幹線は一路博多へと走っていく――。