BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第5話〜迷走の章・3『睡魔』
5月15日、昼。月港中学校3年の生徒たちは、博多駅へと到着していた。ようやくの到着にあちらこちらで話し声が聞こえたが、それを主任教師の白河が制した。
「静かにしろ。これから整列して、それからクラス別にバスに乗り込む。くれぐれも勝手な行動はとらないように!」
白河がガラガラ声でそう叫んでいるが、まともに聞いている生徒は少ない。普段から口うるさいこの初老の教師は、あまり生徒受けが良くない。それでも各クラスの担任教師が指示を出し始め、徐々に整列を開始する。
「志賀崎、阪田。整列させろ」
A組担任の池谷潤一がそう言うと、康と阪田雪乃が前に出てきてこちら側を向き右手を挙げる。それを見て、悠斗も整列すべく動き始める。康はもともと人をまとめるのが上手くて決断力もあり、そのあたりが影響してか雪乃と共に男子の学級委員長に推薦されていた。
そして悠斗が自分の位置に並び腰を下ろすと、目の前に直美の姿が見えた。一瞬悠斗は動揺したが、すぐに心を落ち着かせた。
――落ち着け。何でこんなに動揺しなくちゃいけないんだよ!
動悸を抑えながら直美の姿をもう一度見る。直美は鞘原澄香(女子6番)、戸叶光(女子10番)、町田江里佳(女子15番)といった女子生徒と話をしていた。直美も含めたそのメンバーは、揃って雪乃といつも一緒にいる。
そこから少し前に視線を移せば、薄い茶色のセミロングヘアーの後頭部が見える。その特徴から悠斗は、その人物が北岡弓(女子4番)だと分かった。弓の隣には、小柄な女子生徒の姿がある。おそらくは由美と仲の良い沼井玲香(女子12番)だろう。
弓と玲香、そして乙子志穂(女子2番)の三人は、クラスの女子の中でもどちらかというと不良に近い性質のグループだ。しかしそれはあくまでも外見だけという意識があるのか、クラス内で格別孤立することもなく日々を過ごしている。
そこまで視線を動かして、悠斗は再度直美の方へと視線をやる。しばらくして、澄香たちと談笑していた直美がこちらを向く。どうやら悠斗の視線に気付いたようだ。悠斗は慌てて視線をそらす。
――何をしてるんだ、俺は……。
悠斗の心を、自己嫌悪の感情が満たしていく。その間に、直美はまた何事もなかったかのように澄香たちの方に向き直ってしまう。
「はぁ……」
思わずため息を零す。するとそれを聞き逃さずに、後ろに座っていた永市が話しかけてくる。
「何やってんだ、お前は」
「永市」
「この修学旅行でよりを戻すんだ、って張り切ってた昨日までの元気はどこ行ったんだ? それともアレか、あれはお前一流のジョークか?」
そう言いながら、永市は呆れた思いを表すかのように肩をすくめてみせる。それを見て永市の隣にいた峻が割って入る。
「永市、ちょっと言い過ぎなんじゃ……」
「バカ、こいつがこのくらいでへこむキャラかっての。そんな奴なら昨日あんな大口叩きゃしない!」
永市の言う通りだと、悠斗は思った。正直なところ、永市にそう言ってもらえて感謝している面もあるのだ。峻のように気遣ってもらうのもありがたいのだが、さすがに気を遣わせてばかりいるのも辛い。そういった意味では、永市の反応が正直なところ、助かる。
「悪い、永市。ちょっと気が楽になった」
「礼言う暇あったら、さっさとより戻せっての」
悠斗の一言に、永市はそんなことを言って返した。
――サンキュ、永市。
「中山、何をやってる!」
突如として、池谷の怒声が飛んだ。するとその怒声の先にいた少年――中山久信(男子12番)が、濃い茶色に染められた長めの髪を手櫛でかきつつ返事をした。
「なんすか? 池谷センセー」
「何だじゃないだろう。指示を無視してよそのクラスのところへ行くなと言っているんだ!」
そう、池谷が言う。それで見てみると、確かに久信は隣のB組の列にいる。久信は女好きでその名が知られているほどの男で、悠斗も頻繁に他クラスの女子生徒を口説いている姿を目撃している。
その時、A組の列の最後尾にいた金髪の少年が久信に声をかける。
「おい久信。指示を無視してるお前が悪いんだ。女子に声をかけるのは後にしろ」
「……分かったよ、隆彦」
金髪の少年――浦島隆彦(男子2番)の口調の強さに、久信も抗するのは無理と思ったのか、すぐに列の後ろの方へと戻っていった。 直後に久信が小さく声をあげたが、たぶん腕っ節の強い篠居幸靖(男子8番)あたりに軽く叩かれでもしたのだろう。よくあることだ。
浦島隆彦、篠居幸靖、中山久信。これに横野了祐(男子18番)を加えたグループは、この月港中だけでなく神戸市中で名の通った不良たちの集まりだ。特にリーダー格の隆彦はハンパじゃなく喧嘩が強く、心酔している者も多いと聞いている(幸靖や了祐がその類だ)。
もっとも、悠斗は隆彦たちが喧嘩をしている光景をまだ見たことはないので、全て伝聞にすぎない。少なくともA組の中では、隆彦たちは特別問題を起こしたりはせず(サボりなどはしょっちゅうあるが)、さほど敬遠されてはいない。むしろ乱暴者で通っている御手洗均(男子16番)のほうが評判は悪いくらいだ。
それには、グループの異端児である横野了祐も影響もあるかもしれない。了祐は子供っぽい、およそ不良らしからぬキャラクターゆえに、クラス内でも受けが良い。そんな彼の存在は、クラス内での隆彦たちの立場に影響しているだろう。
「あー、それじゃあこれより各クラスごとにバスに乗って移動する。最初に向かうのは予定通り……」
白河が目的地の話をしているが、悠斗は既に話を聞く気をなくしていた。
池谷の指示を受けながら、悠斗はバスへと乗り込み始める。バスの中列窓際の席に悠斗が座ると、すぐに隣に永市が座ってきた。
「あー、白河のやつ話長すぎ。話の長い奴は嫌われるっての」
「しょうがないって。それが白河なんだし、今更どうしようもないって」
愚痴る永市に悠斗が返していると、通路を挟んだ反対側に、見慣れない少年が座る姿が見えた。脱色でもしたのかと思うほどに色素の薄めな無造作ヘアーに、感情の見えない無表情。それらに何ら変化を出すことなく、彼は座席についていた。
「……どうかしたか?」
永市が尋ねてくる。どうやら、いつの間にか完全に視線を少年のほうへとやっていたらしい。
「いや、岡元……相変わらずだと思ってさ」
悠斗がそう言うと、永市も首を横に向けて反対側の座席に座っている少年――岡元哲弥(男子3番)を見つめる。哲弥は荷物の中から文庫本を取り出して読み始めている。その題はブックカバーのせいで確認できない。
岡元哲弥は、このクラスでは矢田蛍と並んで謎の人物の双壁とされる生徒だ。とにかく無口で、感情を表に出そうとしない。外見的には不良ともとれるのだが、隆彦たちのグループや御手洗均とも特に繋がりはなさそうだ。学校にはほぼ毎日来るが、授業中以外は教室でその姿を見ることはない。もちろん悠斗は彼と話したこともないし、その声を聞いたこともない。日直などは普通にこなすため極端に敬遠されたりはしていないが、謎の人物であることに変わりはない。当然友人などもいそうにない。
正直なところ、哲弥がこの修学旅行に来ることも想像していなかった。矢田蛍が来る可能性よりはあり得るが、その二つには微々たる差しかないと思う。
「岡元なぁ……あいつも修学旅行に来たんなら、ちっとはハジけるかと思ってたけど――いつも通りみたいだな」
「ああ。なら何で来たんだろ?」
悠斗と永市は、哲弥に聞こえないように小声で話をする。幸い、哲弥には話の内容に気付かれてはいないようだ。
「さあな。あいつも観光とかしたかったんじゃないの?」
「そういうもんか?」
「そういうもんだって」
結局、哲弥に関する話はそこで終わった。その後は峻や康、真之に健太も交えて他愛のない話をしながらバスは進んでいった。だが、少しずつ悠斗を眠気が襲い始めた。
――おかしいな。さっきまではそんなに眠くなかったのに……。
多少の疑念は抱いたが、悠斗の思考はそれ以上回らなかった。悠斗の思考が停止すると同時に、その意識は失われた。
そしてバスは、他クラスのバスとは違うルートを選んで走り出していった。