BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第54話〜迷走の章・12『解体』

 その音は、悠斗の耳にもはっきりと聞こえていた。

――うわああああアアぁぁ――っ!

 少し遠く、しかし間違いなくこのモール内のどこかから聞こえたのは何者かの叫び声と、連続した銃声。それは、昼前にも一度この会場で聞こえた音と同じものだった。荷物と共に姿を消した
津倉奈美江(女子9番)と、モール内の叫び声と銃声。そこから導き出される解答は一つしかないだろう。
 このモールからの逃走を試みた奈美江は、
横野了祐(男子18番)本谷健太(男子17番)を手にかけた侵入者と出くわし……おそらくは彼女もまたその手にかかった、ということ。
 当然この発想は他のメンバーも思い至ったらしく、その場がにわかに慌ただしくなった。
 真っ先に行動に出たのは、
篠居幸靖(男子8番)だった。彼は以前からまとめていた荷物を持つと、自身の支給武器だという自動拳銃――ジェリコ941Fを手に取った。そしてエントランスエリアの隅のほうにいた浦島隆彦(男子2番)に声をかける。
「いよいよヤバい感じですよ、隆彦さん。もうここを出ましょう!」
 声をかけると同時に、幸靖はエントランスエリアの入り口に施されたバリケードをどかし始める。幸靖に声をかけられた隆彦もすぐに動き出し、バリケードを動かし始めた。
 これこそが、このモールを脱出する時の最大の問題。ここへの潜伏を決めた際に施されたというバリケードは各所に点在している。だが、内部に敵がいる現状では枷にしかならない。
「……俺たちも脱出しよう。もうここにいるのは無理だ」
 康がそう言う。それに真っ先に同調したのは、永市だった。
「俺もそう思う。さっきの音、どう考えても津倉はあれにやられたんだ。侵入者がこっちに来る前に早くここを出ないとまずいぞ」
「そう思うんなら、俺らを手伝えよ!」
 幸靖がバリケードに使った家具をどかしながら叫んだ。確かに、今一番近くにある出口から出るためには、幸靖たちを手伝ってバリケードを外す必要がある。
「ここから出たら、俺たちはもう仲間じゃあない。けど、それまでは仲間だ。そうだろう?」
 隆彦はそんなことを言う。了祐が死んだ段階でここから出ることを考えていたらしい彼は、もう悠斗たちと行動を共にする気はないようだ。しかし、その決別の言葉の後でこう続けた。
「ただ……お前らがやる気じゃないってことはよく分かった。このゲームから逃げるときは、一緒に逃げようぜ」
「―― ああ。その時は、よろしくな」
 永市が、微かに笑みを浮かべてそう答える。だが、悠斗はそんな光景を気にする余裕はなかった。

――ここから出る……なら、直美が探せる。俺一人でも構わない。直美を探さなきゃ……。

 もはや悠斗の思考に、仲間への思いはほとんど含まれていない。頭の中には、
井本直美(女子1番)のことばかり浮かぶ。
 こんな場所から離れて、一刻も早く直美を探す必要がある。いつもの悠斗ならば、ここであることに気付けたはずだった。それは別に、康と永市に協力を依頼しても全く問題がないはずだということ。悠斗の思い、そして悠斗を通して直美についてもある程度知っている彼らならば、悠斗の申し出を拒むことはそうそうないはずだということ。
 だが既に悠斗の精神は彼らから離れてしまっていた。いや、本人には自覚はないのかもしれない。しかし追いつめられた悠斗の精神は、ただひたすらに、愛する直美の救済を求めていた。
 直美に縋り、穢れ沈みゆく己の魂を彼女に救い出してほしい。その一点しか思考の範疇にない。

 その時、エントランスエリアの奥の扉が勢いよく開いた。それは奈美江が脱出の際に使った扉であり、アミューズメントエリアと繋がる扉だった。バリケードをどかしていた全員の眼がその扉に注がれる。
立っていたのは、男子生徒。その手にサブマシンガン――イントラテックTEC−DC9を持ち、その銃口をこちらに向けていた。その姿は、間違いなく
岡元哲弥(男子3番)だった。
「ちっくしょう!」
 哲弥の姿を見るなり、幸靖が一声叫ぶと手にあるジェリコの銃口を哲弥に向け、一発、二発と撃った。急な敵の出現に焦ったこともあってか、弾はことごとく見当違いの方向へ飛んでいく。だが銃を警戒してか、哲弥は近くの柱の陰に隠れた。
「岡元……あいつが了祐と本谷をやったみたいだな」
「くそっ、あの野郎! 隆彦さん、とにかく俺はあいつを止めます。早くバリケードを開けてください!」
 幸靖はそう叫ぶと、体勢を整えて哲弥が隠れた柱へ向き直る。同時に、哲弥がこちらに顔を出してサブマシンガンを撃ってくる。先程も聞いた連続した銃声。放たれた銃弾の雨が、どかされたバリケードに当たって跳ねた。
「ざけんじゃねぇぞクソがっ!」
 そう吠えながら、幸靖はバリケードに身を隠し、そしてもう一度身を乗り出してジェリコを撃つ。今度は割と安定して撃てたらしく、狙いは以前よりもましになっている。
「幸靖が奴の相手をしてる間に、俺たちはバリケードを開けるんだ! 行くぞ!」
 隆彦はそう言って、隙を見て再度バリケードをどかし始める。それに呼応するように、康と永市もバリケードを動かし始めた。そして悠斗、
光海冬子(女子16番)もそれに続く。

――早く……早く!

 そうこうしているうちに、哲弥の銃撃は激しさを増していく。こちらで銃を持っているのは、幸靖だけ。しかも拳銃とサブマシンガン……戦力差は明白だ。
「ま、まだですか隆彦さん! このままじゃヤバいですよ!」
「……よし! 扉が見えた、すぐにここから出るぞ!」
 隆彦の言葉と同時に、バリケードの奥からのぞく扉の向こうへと、皆が脱出していく。まず隆彦。続いて康。悠斗と冬子、永市がそれに続いて飛び出す。最後に銃を持っている幸靖が、哲弥を牽制しつつ外へと出る。
 幸靖が出てくるのを待っていたらしい隆彦は、最後の幸靖が出てくると言った。
「じゃあ、お別れだ。生きてたらまた会えるかもしれないけど、な。行くぞ、幸靖」
 隆彦に促された幸靖は、悠斗たちに微かに左手を上げ(別れの挨拶のつもりらしい)、隆彦と共に走り去っていく。その姿は、どんどん遠ざかっていった。
「……俺たちも、早くここを離れよう。岡元はすぐに追い付いてくるはずだ」
「よし、いっちょ走るぞ!」
 康と永市がそう言うのと同時に、一気に駆け出す。悠斗もそれに遅れて走り出した。ここで皆と別れ、直美を一人で探しに行くのも良いのかもしれない。だが、結局悠斗は仲間を捨てるという踏ん切りをつけきれないままだった。
「――蜷川君」
 背後で声がした。走りつつも振り返ると、冬子がいた。その息は早くも切れ始めている。悠斗の知る限り、冬子はさほど体力のあるほうではなかったはず。ならばこの状態もやむを得ないのかもしれない。
 どちらにせよ、こうして悠斗たちについて走っているということは、今後も行動を共にする気のようだ。
「光海、さん?」
「お、岡元君が……もう、来てる!」
「――マジだ、くそがっ!」
 冬子の言葉を聞いて、振り返った永市が憎々しげに叫ぶ。反応して後ろをよく見ると、確かにサブマシンガンを持った哲弥が、全く表情を変えることなくこちらを追ってきている。
「は、早く逃げないと――きゃっ!」
 一発の銃声。すぐに逃げようとしたらしい冬子が、その声と共に、地に倒れた。とくに大きな怪我をしたわけではないようだが……どうやら銃弾が身体のどこかを掠めたようだ。
 追ってきていた哲弥がいつの間にやら、サブマシンガンを肩から提げ、その手には新たに拳銃――かつて
九戸真之(男子4番)が使っていたもの、スタームルガー・ブラックホークだ――を握っている。どうやら、あれで撃たれたらしい。
「光海さん、早く立って!」
 思わず、悠斗は冬子を助け起こしていた。仲間などもうどうでも良くなっていたはずなのに――結局はこうして土壇場では仲間を気遣ってしまう。
――何やってるんだ、俺は……。
 だが、冬子が立ち上がるより早く、哲弥が再びサブマシンガンを構え、こちらに向ける。その銃口は――永市に向けられていた。どうやら立ち止まって冬子を助け起こしていた悠斗を、康と共に待っていたらしい。
「永市、逃げろ!」
「うおわっ」
 いつもよりもやや調子外れな声を上げると、永市は駆け出した。それに遅れて、康も永市を追う。
「悠斗、お前も早く来い!」
「分かってるって! ほら光海さん、早く!」
「う、うん……」
 康に促され、悠斗は冬子を無理矢理にでも立たせ走り出す。その背後から、また連続した銃声が鳴り響く。しかし放たれたであろう銃弾は、誰にも当たることはなかった。
「急げ悠斗! 急げ!」
 また康の声が響く。それに反応して悠斗は走る。同時に、思わず冬子の右手をとった。それは反射的なものだったが、悠斗は内心直美に詫びた。
――ごめん、直美……。
 とにかく悠斗は走りだした。無我夢中で、ここ最近では一番本気で走ったかもしれない、というくらいに。背後からは度々哲弥のサブマシンガンの連続した銃声が響いていたが、それは徐々に遠ざかっていく。やがて完全に、その音はしなくなった。
 同時に、前を走っていた康が突然立ち止まった。それを見て、悠斗も足を止める。久しぶりの全力疾走で、思いきり肩で息をつきながら、康に聞いた。
「ど、どうしたんだよ……康」
 すると、康はこちらに振り返り、一言だけ呟いた。
「永市を、見失った」
 言われて悠斗は、周囲を見回す。辺りに広がるのは雑居ビルなどの立ち並んだビル群。そしてそのどこを見渡しても、永市の姿は見えなかった。

<残り21人>


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