BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第55話〜『激情』

 ショッピングモールに篭っていた志賀崎康(男子7番)たちのグループが、岡元哲弥(男子3番)の襲撃によって崩壊してから20分ほどの時間が経った頃。
 康たちが飛び出していった正面入口から、モール内へと侵入を図る一人の女子生徒がいた。金髪のロングヘアーに、女子の中でも長身といえる体格。その身体を縮こまらせながら、園崎恭子(女子7番)はどうにかバリケードの隙間を縫ってモール内へと入りこんだ。

――やっぱ、ついさっきまで誰かいたみたいだね。

 内側から破られたバリケード。そして銃弾に抉られたと思われる調度品や柱。その全てが、ほんの少し前までこの場が激しい戦場と化していたことを物語っている。
――こりゃ酷いわ。けど……ここに奈美江がいたかもしれないんだ。


 G−7エリアで
矢田蛍(女子17番)と出会い、そして別れた後で恭子が行ったことといえば、やはり親友の津倉奈美江(女子9番)を探すことだった。
 昼の放送では、友人の一人である
方村梨恵子(女子3番)の名が呼ばれた。これで恭子の大事な友人は、奈美江以外に残されてはいないこととなった。それは、恭子に深い衝撃を与えた。
 一番の親友である奈美江。その彼女を何としても守り抜きたい。そう恭子に決意させるのに、梨恵子の死の事実は大きな影響をもたらしたのだ。
 そして蛍と出会い、さらに奈美江の捜索に力を入れた。だが、その成果は全く上がらない。
 もともと奈美江はさほど体力のあるほうではない。だからこそ、山などが多くあるらしい北の方角には好んで行くとは思えない。
 ならば海辺を中心とした、南側のエリアにいるのではないか。そんな考えをもとに奈美江を探し続けていた。そうやって奈美江のことだけを考えて行動していた時、恭子の耳にあの連続した銃声が届いたのだ。
 あの音には聞き覚えがあった。奈美江と別れる最大の原因となった、岡元哲弥が持っていたあのサブマシンガンの音だ。
 そのことに気付いた瞬間、恭子の脳裏に嫌な光景が浮かんだ。
 あの時と同じように感情の読めない顔を向けたまま、サブマシンガンを撃ってくる哲弥。そしてその銃弾の雨に全身を貫かれ、その生命を散らしていく奈美江の姿。
 無論それは現実ではない。だが、一度哲弥と相対したことでその光景を思い描きやすくなっていた恭子にとって、それは到底妄想とは思えないほどの現実感をもって脳裏を走ったのだ。
――奈美江!
 恭子はすぐに、銃声のした方角――ショッピングモールへ向けて駆け出した。奈美江がそこにいて、恭子に助けを求めているのかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなかった。
 事実、奈美江はこのモールにいた。そして先程の銃声と共に放たれた銃弾の雨によってその生命を散らしている。そのことを恭子は知る由もなかったが……彼女の予感は見事なまでに当たってしまっていた。


「奈美江、いるのかい? いるんだったら出てきてくれよ。あたし、恭子だよ!」
 声に出して奈美江に呼び掛けながら、恭子はモール内を歩く。本当に彼女がここにいるのか。それは全く確証がない。
 だがモール内に入ってきて、恭子はより強く感じ始めていた。奈美江はここにいる。必ずいる。その意識を強く感じていた。
 きっかけは、最初に入ったエントランスエリアの中にあった女子トイレだ。そこの化粧台には、見覚えのあるオレンジ色のボトルが転がっていた。中身は空で、大東亜国内でも有名な化粧品メーカーの名前と、CMなどでちょくちょく聞かれる化粧水の名前が金色の字で印字されている。恭子はそのボトルを拾い上げてじっと見る。
 このボトルに、恭子は見覚えがあった。化粧好きの奈美江が特に気に入って、よく使用していた化粧水。これは、その空ボトルに間違いなかった。
「……奈美江?」
 このモールに、誰かがいたことは間違いない。そしてこのボトルが転がっている以上、この場に奈美江がいたことは確実。
 そして先程の、この方角で響いた岡元哲弥のサブマシンガンの音――。
 猛烈に、嫌な予感がした。

「――奈美江っ!」
 恭子は即座に駆け出した。思わず虚空へ放り投げた空ボトルが宙を舞い、床にしたたかに叩きつけられて粉々に砕け散ったが、そんなことは気にしていられなかった。

――頼むよ、奈美江。無事でいてくれよ。

 心から、恭子は奈美江の無事を祈った。仲の良い友人は、
比良木智美(女子13番)も梨恵子も亡き今、もう奈美江しかいない。恭子には、心の底から信頼できる、よりどころにできる人間は彼女しか残されていないのだ。
 恭子にとって、絶対に失いたくない大切な人。
――お願い、無事でいて――!
 そう願いながら恭子は、目の前の扉を開けた。そこに広がっていた光景は……恭子が最も望まないものだった。
 床に大きく広がる紅の海。その中にうつ伏せに倒れたまま動かない骸。後姿ではあるが、恭子にはその骸の正体が良く分かった。ずっと探していた相手なのだ、間違えるものか。
「奈美江ぇっ!」
 恭子は我を忘れて海の中心にある躯に飛びついた。制服が汚れてしまったが、そんなことはどうでも良い。恭子が躯を抱き起し、顔を向けさせると、確かに奈美江の顔がそこにあった。その顔は苦痛に歪み、到底恭子の知る奈美江の顔とはいえないものだった。
 全身に穴を開け、そこから血液が流れ果ててしまったのか、その身体は随分軽かった。
 奈美江は確かにここにいた。しかし恭子の望まない形で、ここにいた。
 その事実が恭子を打ちのめす。
 眼が熱くなる。視界が歪む。そこで初めて、恭子は自分が泣いていることに気がついた。泣くことなど、ここ最近なかった。それだけ自分の精神もすり減っていたのだろう。そのことを痛感させられる。
「奈美江……奈美江……あたし、一人になっちゃったよ……」
――これから、どうしたら良いのだろう。
 ずっと奈美江を探してここまできた。だがもう奈美江はここにはいない。智美も梨恵子もいない今、自分はいったいどうすれば良いのだろうか。
「……矢田を、探そうかな」
 少し前に会ったクラスメイト(といっても、ずっと蛍は不登校だったので面識はほぼなかったのだが)、矢田蛍。最初は警戒していたのだが、敵意がないと分かって話をしてみると、思った以上に話せる相手だと分かった。
 彼女を探したほうが良いのだろうか?

 そんなことを考えていた時、背後で音がした。恭子がその方向へと振り向くと、一人の女子生徒が立っていた。その顔を見て、恭子はすぐに警戒を強める。奈美江の骸を床に置き、支給武器のH&KUSPを強く握りしめて立ちあがる。
 目の前にいた女子生徒の名は――
町田江里佳(女子15番)。蛍に会った時に言っていた、警戒すべき生徒の一人。容赦なく蛍を撃ってきたという彼女の手には、回転式拳銃が握られ、その銃口がこちらへ向けられている。そんな江里佳の眼は大きく見開かれ、ぎらぎらとした光を放っているようにも見えた。その有様に、恭子は少し畏怖を覚えた。
――そうかい。あんたも岡元と同類ってわけか。なら、こっちだって容赦なくやってやるよ!
 クラスメイトを殺すことはしたくなかった。真っ当に生きてきたとは言い切れないが、そこまで道を外したいとは思わなかった。
 だが、奈美江を殺したであろう哲弥と同種の人間相手ならば話は別だ。そう思った。
――岡元みたいな、化け物は生かしちゃおけないんだよ。あんたや岡元みたいなのが、奈美江を殺したんだからさ!
 恭子は素早く横へ走り、江里佳へとUSPの銃口を向けた。

<残り21人>


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