BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第57話〜門番の章・4『排除』

 海沿いに広がる大きな海浜公園。その出口の一つがあるエリア――F−5エリアを、岡元哲弥(男子3番)は周辺に視線を配りつつ歩いている。
 この辺りはこのゲームが始まってすぐに
九戸真之(男子4番)を殺した後で立ち寄り、建物の中に隠れたりもしたが、あれから大分時間も経った。あの時はほとんど人の気配はなかったが、今もそうだとは言えない。
 右手に携えたサブマシンガン――イントラテックTEC−DC9は、いつでもその撃鉄を絞れるように備えてある。ここまでかなり順調にきてはいるが、決して油断はできない。一瞬の気の緩みが全てを破綻させてしまうのだ。

――彼女は上手くやれているだろうか。

 哲弥はふと、そんなことを思う。
 一瞬だけの出会いに終わった、かけがえのない存在である彼女。哲弥がショッピングモールを襲って以降、トランシーバーに彼女からの連絡は入っていない。おそらくは、連絡を入れているような余裕はまだないということなのだろう。
――まあ、予想できてたことだけどな。
 心の中で哲弥は呟く。今彼女が置かれている状況を考えるに、哲弥との連絡を取ることはできないのは間違いない。
『ここも潮時だと思うの』。ショッピングモールで会った前に彼女が通信で言ったセリフだ。
 すなわち、彼女はもはやあのグループに残り続ける理由を失っていることになる。だが、今も彼女は奴らと行動を共にしている。別に、そのことに不満があるわけではない。彼女が裏切ったりする可能性も他の奴なら考えるのかもしれないが、少なくとも哲弥はそんな可能性は微塵も考えてはいない。

――俺たち二人は、そう簡単にお互いを見捨てたりしない。そうでなきゃあ、『あの日』は守れない。

 全ては『あの日』を守るため。そして『あの日』を守ることが哲弥たち二人の未来を拓く。哲弥はそう信じていた。それはきっと、彼女も同じだろう。
 そして哲弥が、そのために己の全てを賭け、そして果てる覚悟でいることも承知の上なのだ。その間に、他の何人たりとも入ることはできないし、許されない。
 何よりも――彼女の行動は全てが打算に基づいたものだということが、哲弥に彼女への全幅の信頼を抱かせている。彼女にとって、哲弥以外の人間は自分たちにとって得なのか損なのかの一点のみしか判断材料にならない。
 どれだけ優しかろうが、容姿が優れていようが、金を持っていようが……自分の役に立つもののみに価値を見出し、役に立たないのであれば早々に見切りをつける。ましてそれが邪魔にしかならないとなれば、彼女はどこまでも冷酷になれる。
 おそらく他の奴らが彼女の本性を知れば、心底軽蔑するのだろう。哲弥もそう思う。
 だが、哲弥にとって彼女は同じ道を歩み続ける何よりも大切な存在なのだ。


 あの時まで、岡元哲弥という人間は平凡な少年にすぎなかった。明るい性格で友人も多い、今とは真逆の存在だったのだ。『あの日』、古びた廃墟へ侵入し、あのあぞましい光景に出くわすまでは。
 そこで哲弥は彼女と出会い――そして、互いにかけがえのない存在となっていった。そんな彼女との『あの日』を守るために哲弥は『要塞』を生みだしてその門番となり、近づくものすべてを傷つけていった。
 相手がどんな奴であろうと、本人にその意志があろうとなかろうと関係なく、哲弥は門番としての役割を全うしてきた。それはこのプログラムという舞台でも変わることはない。

――私はもう戻れないの。哲弥君と同じ。今更元の世界に戻ることは許されないし、戻りたくもない。
――私が信じるのは貴方だけ。それ以外の世界なんて、必要ない。私は貴方と二人だけの世界をずっと生きていくの。

 彼女がかねてから言っていた言葉だ。哲弥はそれを信じるし、自分の気持ちも全く同じだ。
――俺はお前以外信じない。お前のいない世界など認めない。俺とお前の世界に――『要塞』に立ち入る者は全て俺が排除してやる。
――いつか俺がいなくなっても……『要塞』は絶対に開けさせない。


 思考を巡らせながら歩いていると、海浜公園がいつの間にか遠ざかり、街の中心部近く――E−5エリアとの境近くまでやってきていた。周辺には少しずつ大きな建物が増えてきている。
 哲弥はあらためて周囲に注意を配りながら、歩を進めていく。その時、ふと眼が止まった路地裏の道の先に誰かがいるのが見えた。
 服装は哲弥と同じ学ラン。男子生徒のようだ。その男子生徒はこちらへとゆっくり近づいてくる。哲弥はその相手に向かってイントラテックを構える。瞬間、その男子生徒も両手に持った何かをこちらへ向けた。
「ちっ」
 それが何かを理解した哲弥は、舌打ちと共に素早く横に退いた。直後に大きな音が響き、道路脇に立っていた街路樹の幹がいくつもの穴に抉られた。
――ショットガン、ってわけか。
 哲弥はすぐにイントラテックを構えなおし、先程の男子生徒――
福島伊織(男子15番)をじっと見据えた。伊織の手には哲弥の予測通り、大きなショットガンが握られている。それを見て哲弥はすぐに近くの街路樹へと走る。
 そんな哲弥の姿を見た伊織が、ショットガンの銃口をこちらへと向ける。だが、それと同時に哲弥は振り向きざまにイントラテックの銃口を伊織へ向け、撃鉄を引いた。
 走りながら撃鉄を引かれたイントラテックの銃口はぶれ、四方八方へと銃弾の雨を降らせる。それに気付いたのか、伊織はすぐさま自分が出てきた路地へと引っ込んでいった。そのままこちらへと出てくる気配はない。どうやら、不利と判断して退いたらしい。

――福島、か。

 伊織がこのゲームに乗るであろうことは、哲弥には想像できていた。
 別に、哲弥は学校やプライベートで伊織との交流があったわけではない。伊織もきっと、哲弥のことなどほとんど知らないはずだ。だが、哲弥は彼のことをいくらかは知っていた。 彼がゲームに乗るに足る理由を持っていることも。
――悪いが、お前の目的は果たさせてやれないな。
――お前は知らないうちに『要塞』に触れていたんだよ。

「まあ、せいぜい頑張りな。もうちょっと人数が減ってから、俺が引導を渡してやるから、さ」
 哲弥は一言、呟く。
 二人が歩む偽りまみれの茨道。その道の障害となる者は『要塞』と門番によって排除される。そのことを、哲弥はあらためて言い聞かせた。

<残り20人>


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