BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第58話〜後悔の章・2『無茶』
少し前から、度々銃声が外で鳴り響いている。そのどれが誰の生命を奪ったか、ずっと室内にいる井本直美(女子1番)には分からなかった。
今隠れている、J−7エリアにあるホテル。その外に、直美は未だに一度も出ていない。直美の精神的な負担を和らげようと、阪田雪乃(女子5番)が交代制の見張りを直美に割り振らなかったためだが、そのことが直美を苦しめる。
そっとしておいたほうが良いと判断したのか、雪乃も、他の仲間も今は直美にあまり声をかけていない。彼女たちに気ばかり遣わせてしまっているようで、申し訳なくなる。
――このままで、本当に良いのだろうか?
そんな考えばかりが過る。雪乃たちに気を遣わせて、足を引っ張って……それで本当に良いのか。直美の心がそう問いかけ続けているのだ。
「……どうしよう……」
誰にも聞こえないほどの小さな声で呟くと、直美は俯く。ロビーの窓際のソファー。直美はそこにずっと座っている。このホテルに着いて以来ずっとこのソファーに座っているので、このソファーは半ば直美の指定席と化していた。
ここにずっといると、自分が何をしていて、何をしたいのかが分からなくなってくる気がする。
――悠斗……。
今どこにいるのかも分からない恋人――蜷川悠斗(男子13番)のことを想う。
相も変わらず、頭を巡るのは後悔の念と悠斗への申し訳ないという思いばかり。そして外から響いてくる銃声たちが、その思いをますます加速させる。これまでに、悠斗の名前は放送で呼ばれてはいない。しかし、これまでに聞こえた銃声のどれかは悠斗を傷つけたものかもしれないし、ひょっとしたらそれで死の淵に立たされているのかもしれない。
そう思うと、ますます心が遠くへと行ってしまい、無限ループに陥ってしまう。
その時、直美の耳に聞き覚えのある声が舞い込んできた。
――直美。後悔しないように、生きなさい。
「おとう、さん……?」
直美の父の声が、急に聞こえてきた。ここにいるはずのない、大事な父の声。今は話をすることもできない、父の声。
直美の父は、刑事をしていた。正義感が強く、他人を思いやれる優しさと情熱を持ち合わせた、直美が誇りに思っている人だった。だが、直美はもう父と話をすることはできなくなっていた。
彼女が中学三年になって間もなく――父が事故に遭った。深夜の帰宅途中に歩道橋の階段から転落したのだ。一命は取り留めたものの……今なお、意識は戻らないまま病院のベッドで眠り続けている。
事故自体は、何でもないものだ。その夜に降っていた雨で濡れ、滑りやすくなっていた階段で足を滑らせた。それだけの、不幸な事故だった、はずだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。
父の事故から間もなく、今度は――。
思わず、直美は身体を震わせる。あの時あったことを思い出すと、直美の全身に悪寒が走る。
あの時のことは、私と母しか知らないこと。雪乃たちにも、悠斗にも話したりはしなかった。いや、話すことなどできなかった。この話は誰かに軽々と話せるものではなかったし、 何より雪乃や、悠斗に不安を与えたくなかった。
そして、直美は悠斗と距離を置き始めた。自分のような人間と付き合うべきではない。そんな風に考えた結果の行動だった。その時はそれが最善だと思っていた。
だが、今はその決断が間違っていたと思い知らされる。
――私、自分勝手な女だよ。自分で離れておいて、今は悠斗ばかり求めてる。
自己嫌悪は募るばかりで、ちっとも歯止めが利かない。そんな時、再び父の声がした。
――後悔しないように生きなさい。後悔があったら、それを少しでも取り戻しなさい。どんなに辛くても、何もしないで後悔するよりも何かして後悔するほうが、後で心が晴れるから。
かつて、父が直美に言っていた言葉だった。
――後悔を、取り戻す。
その言葉を、直美はそっと反芻する。紡がれた言葉は、直美の心にそっと沁み渡っていく。
ずっと後悔ばかりだった。良かれと思った道で、今の直美は後悔に打ち震え、心が泣いている。それならば、少しでも、それを取り戻さなければいけない。
ならば、どうするか。
――悠斗に会わなくちゃ。会って、私の気持ちを伝えよう。これからどうなるかなんか分からないけど、すめて心を通い合わせよう。そうすれば、この後悔も取り戻せる。
そう思い立つと、直美は顔をあげ、ソファーから立ちあがる。たまたま近くにいたらしい戸叶光(女子10番)が、それを見て問いかけてくる。
「ナオ、大丈夫なの?」
問いかけてきた光に、直美は答える。
「私……悠斗を探してくる。見つけたら戻るから、それまで待ってて」
「えっ、ちょっと――」
面食らった表情でなお問いかける光の言葉を遮って、直美は言った。
「ワガママ言ってごめん。でも、私――後悔を取り戻したいの」
その言葉と同時に、直美は駆け出す。向かう先はホテルの出入り口。今は玉山真琴(女子8番)が見張りをしているはずだが、彼女に止められたとしても振り切って走れる自信はあった。
背後では、光が雪乃を呼ぶ声がする。事態を聞きつけてやってきたらしい、度会奈保(女子18番)の声も聞こえる。だが今は、構っている余裕はない。直美はバリケードの隙間から、外へ飛び出す。
「ん? 直美……見張りする気になったの?」
外では真琴がM686片手に見張りをしていた。真琴は直美を見るなり少々無遠慮な言葉を投げかけてきたが、直美はそれを無視した。
「すぐ戻るから……」
それだけ言って、直美は走り出す。あまりに唐突な行動だと思ったのか、真琴が呼びかける声がしたが、構わず走る。足にはそれなりに自信があるつもりだ。
無茶で無謀な行動だとは分かっていたが、やらずにはいられなかった。とにかく悠斗を探し出さなければいけなかった。
伝えるべき言葉は、簡単なものだ。
――ごめんなさい。
――今でも、あなたのことが好きです。
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