BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第59話〜守護の章・2『待伏』
海浜公園内――G−6エリア。広い海浜公園の敷地内でも、この辺りは近くに博物館や大きなホテル、そして南のほうにはもう一軒のホテルがあり、割と遮蔽物が多い地形だ。
そのG−6エリアにある木の陰で、福島伊織(男子15番)は座り込んでいた。少し息を整えて、空を仰ぐ。
このプログラムに巻き込まれて初めて、伊織は潮の香りを感じた。それは伊織に僅かなリラックスを齎す。だからと言って気を抜いたりはせず、その手に握ったショットガン――イサカM37フェザーライトをいつでも撃てるように準備していた。
――岡元が、今までに聞いたマシンガンの音の主ってことで良さそうだな。
先程遭遇し、伊織が容赦なく仕掛けた相手――岡元哲弥(男子3番)のことを思い出す。あの時は、哲弥がマシンガンをこちらに撃ってきたことで一旦退いたが、あの後すぐに伊織は再度哲弥を探した。
だが、結局哲弥はどこかへと既に逃げてしまっていたらしく、気配はまるでなくなっていた。
哲弥がどういう人間かは伊織も知らない。しかし、彼が持っていたマシンガンと、夜明け以降によく聞こえていた連続した銃声が無関係とは思えない。十中八九、あの銃声の主は哲弥だろう。となれば、哲弥は完全にやる気になった人間――伊織や中山久信(男子12番)と同種の人間だということになる。
いや、しかしそこで自分を同列に見て良いものだろうか? ふと伊織は考えた。
哲弥があの連続した銃声の主ならば、少なくとも一人や二人は確実にその手にかけているだろう。
午前中に遭遇し戦った久信も、彼が逃げ去った後に残されていた琴山啓次郎(男子5番)と駒谷弘樹(男子6番)を、間違いなく殺している。そして他にも、既にクラスメイトを手にかけた者がいる。
一方の伊織は、早々にゲームに乗ることを決めたものの、未だに一人も殺していない。
夜明け前に見つけたあの女子生徒には、結局逃げられてしまった。彼女が自分の探すあの少女かどうかは判断がつかなかった。
そして久信を襲った時も結局取り逃がしてしまった。その後にも、一人女子生徒と出くわし、襲ったが逃げられてしまった。
二回目の放送の少し前――中華街の路上、C−8エリアで、夏野ちはる(女子11番)を見つけた。彼女は何かを探すように周囲を見回しながら、西へと歩を進めていた。その左手には(そこで伊織は、ちはるが左利きだということを初めて知った)、拳銃らしき物体が握られていた。
伊織はすぐに、建物の陰から接近しイサカで狙いを定めた。しかし、周囲を見回していたちはるの眼が、偶然にもこちらを捉えた。伊織を見て状況を察したのか、ちはるは全速力で駆けだしていった。伊織はそれを見て、すぐにイサカの引き金を引いた。
一発の銃声。それと同時に、走っていたちはるの身体が左に少し傾いだ。しかしその場に倒れるようなことはなく、ちはるはそのまま走り去っていく。伊織はもう一度ちはる目掛けてイサカの引き金を引いたが、結局ちはるには当たることなく逃げられてしまった。
そしてそれ以降、伊織は誰の姿も見ていない。
会場の北のほうを中心に動いていたが、ちっともクラスメイトと出くわさないので、南のほうに当たりをつけて移動してみたが……その直後に遭遇した哲弥も取り逃がしてしまった。
――思うようにいかないもんだな。
伊織は溜息をつく。そして、昼前に遭遇したちはるのことを少し考えてみる。
夏野ちはる。割と顔が広く、いつも仲が良い光海冬子(女子16番)以外の生徒ともそれなりに親しくしている、ということ以外は、ごくごく平凡な女子生徒だ。
運動神経も、学業のほうも、特別優れているというわけでもなかったはずだ。やる気になる可能性はまずないタイプだと、伊織は考えている。そしてあの時、ちはるは拳銃を持っていて、伊織の存在に気付いたにもかかわらずこちらに反撃してこなかった。
これはつまり、あの銃が使える状態でなかったか、ちはるがやる気で無いかのどちらかになる。まあ、まず間違いなく後者だとは思うが。
それと、伊織の一度目の銃撃の際、彼女は少し左に傾いだ。これはたぶん、伊織の放った銃弾が彼女の身体のどこかを掠めたからではないだろうか。事実、ちはるが走り去った後の路上のアスファルトには、微かに血が垂れていた。そのまま走っていったことからみても、残念ながら大した傷にはなっていないだろう。それが何とも悔やまれる。
以上の点から見て、夏野ちはるはそれほど脅威といえる存在ではないといえる。もちろん銃を持っているという点で全くの無警戒というわけにはいかないろうが、少なくとも哲弥や久信ほどの危険性はない。
次に、伊織が想う、あの少女のことを考える。
夜明け前に見つけた女子生徒が、その少女だったのかどうかは分からない。だが、最初の放送でも、二回目の放送でもあの少女は名前を呼ばれてはいない。つまり、まだ伊織の目的は果たせるということだ。
「……どこにいるんだろうな、あの子」
少女のことを考え、彼女に会いたいという気持ちがますます膨らんでいく。
――僕が、必ず君をこのゲームから解放してあげる。だから……それまで無事でいてよ。
伊織が改めて、決意したその時だった。遠くに、微かな足音が響くのが聴こえた。これでも耳の良さには自信がある。あれは間違いなく人の足音だった。
その音は徐々にこちらに近づいてくる。
――誰か来た……。今度こそ、やってやる。
イサカを強く握りしめ、伊織は来るべき時に備える。そして、足音の主を確かめるために僅かに木陰から身を乗り出した。遠目ではあるが、誰かの影が見える。シルエットからして、女子生徒のようだ。だが、あの少女とは違う。
――ならば、殺すだけだ。
伊織はそっと立ち上がり、女子生徒がこちらへ来るのを待ち構えた。
<残り20人>