BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第60話〜『破綻』

 雑居ビルが数多く立ち並ぶ、この会場がある街の中心部。その路地の一つ。エリア区分としては、おそらくF−4エリア辺り。そこまでたどり着くと、志賀崎康(男子7番)は立ち止まり、一度息をついた。
――こんなに走ったのは久しぶりかもしれないな。
 もう
岡元哲弥(男子3番)の姿は見えない。途中、別方向で同じ銃声がしていたから、おそらくは康たちを見失って他の場所へ移動し、また誰かを襲ったのかもしれない。それが浦島隆彦(男子2番)たちか、逸れた清川永市(男子9番)である可能性はあったが、今から移動してもどうしようもないだろう。康としては、相手が永市でないことを祈るばかりだった。
「こ、康……」
 後からやってきた
蜷川悠斗(男子13番)が、息を切らしながら声をかけてくる。康よりもよっぽど体力のあるはずの悠斗でさえこの調子だ。よほど精神的に参っているのだろう。 そして……。
 康は、悠斗の背後を見やった。康が常に警戒してきた人物――
光海冬子(女子16番)。彼女もまだ、この場にいた。

――何故、ここにいるんだ。

 真っ先に思ったのは、それだった。大方、悠斗が連れてきたのだろう。あの時は康も焦っていたし、変なことを言えば悠斗との関係が拗れてしまう可能性もあった。
 だが、思う。
――光海とこれ以上一緒にいるのは、危険すぎる!
 こういう時、永市や
本谷健太(男子17番)がいないのが悔やまれる。こういう時に永市か健太がいれば、もっと康は楽になれるはずだ。だが、永市とは逸れ、健太は既にこの世にはいない。
――だけど、やるしかないんだ。俺はもう、仲間をこれ以上失いたくないんだ。
 意を決し、康は一つの言葉を紡ぎだした。
「なあ……悠斗……」
 その声色に違和感があったのか、悠斗が少々怪訝そうな表情を見せた。

「鞘原を殺したのって、お前なんだろ?」

「えっ……」
 唐突に出た、
鞘原澄香(女子6番)の名前。
 一瞬にして、悠斗の表情が強張る。それは、いかにも図星を突かれた人間がしそうな、焦りと怖れの入り混じった表情だった。
「お前がやったんだよな? モールに来た時、お前は学ランを着てなかった。お前は学ランを捨ててきたって言ってたよな? でも、おかしいんだよ。学ラン一枚捨てる理由なんて、そうそうないはずなんだよ」
「それは――……」
 悠斗が何か言いかけて口ごもる。構わず、康は言葉を続ける。
「だってさ、学ラン一枚着てるくらいで動きに対して支障はないんだ。さっきの岡元なんかが良い例さ。あいつは学ランを着てても平気で動き回ってた。お前くらいの体力があれば、全く問題はなかったはずなんだ。じゃあ何で捨てたのか? それはきっと、返り血が学ランに付いてたから、なんだろ?」
 言いながら、康は冬子のほうをちらと見る。彼女はじっと、康を見据えている。その眼は、今までに康が見てきた光海冬子の眼ではなかった。
 意志の強さを秘めた部分は変わることなく、同時に強かさと冷徹さを湛えている。これはきっと、康の妄想ではないはずだ。これこそが、冬子の本当の姿なのだ。だが冬子は、何か行動をしようという雰囲気ではない。康は引き続き、話を続ける。もちろん、冬子への警戒は怠らぬまま。
「お前が進んで鞘原を殺したわけじゃないってことは、俺にも分かるよ。でも、俺は分からないことが一つある。何で、俺や永市にそのことを話してくれなかった? 何故、一人で抱え込んだんだ」
 心からの言葉だった。悠斗が苦しんでいるのは康にも良く分かっていた。だからこそ、彼を早く開放してやりたかったのだ。
「俺……永市たちに疑われたくなかったから――」
「なら、包み隠さず説明してくれよ! お前にとって、俺たちってそんなに信用できないか? 俺たちは、友達じゃなかったのかよ?」
「康……」
「俺も、永市も、健太も、峻も、真之も! お前が進んで誰かを傷つけるような奴じゃなって良く知ってる! でも悠斗、お前は俺たちが話もよく聞かずにお前を否定するとでも思ったのかよ! ……苦しいことがあるんなら、吐き出してくれれば良い。俺は、それを受け止めるよう努める。だから――頼むよ、悠斗。一人で抱え込むのは、もうやめてくれ」
 全ての思いを康は吐き出した。後は、悠斗の反応次第だ。そして、冬子がどう対応してくるか……それが肝心だった。
 そして悠斗は、口を開いた。
「俺、殺すつもりなんてなかったんだ。でも、学ランにべったり血が付いてるのはおかしいと思われると思って……皆に避けられたくなくて、やる気だと思われたくなくて……。それで、光海さんが――怪しまれないようにしたほうが良い、って――」

――そこまで聞けば、十分だった。

 康は、悠斗が言い終わる前に、手に持っていた日本刀を鞘から抜き放ち、両手で構えた。その切っ先には、冬子の姿がある。目の前の冬子が、刃の先を凝視している。
「分かったよ、悠斗。ありがとう、話してくれて。光海……やはりお前は信用できない。即刻この場から去れ。でないと……俺はお前を殺すことになる」
「ちょっ、康……いきなり何を――」
 悠斗の言葉を、康は遮った。
「悠斗。悪いが光海は危険だ。今の話を聞く限り、こいつはお前に真実を話させようとしていなかった。むしろ、鞘原の件を隠させようとしていた。その結果、お前を精神的に追い込んだ。狙ってやったのかどうかはともかく、そんな女をこれ以上近くには置いておけない。危険すぎる」
 すると、今まで黙っていた冬子が口を開く。
「――志賀崎君。それはいくら何でも勘繰りすぎじゃない? そんな理由で、私を危険だと言いきるの?」
「お前がやる気かどうか、そんなことじゃないんだ。現状、俺から見てお前の存在は俺たちにとってマイナスでしかない。そう言ってるんだ。だからここから早くいなくなってくれ。そう言っている。駄目だと言うなら、俺はこいつを振るうしかなくなる」
 そう言って、康は日本刀を強く握りしめる。刃が、横に立っている悠斗の表情を写し出す。その表情は、困惑に満ちていた。だが同時に、今までよりも少しだけ心の重荷が取れたような雰囲気が滲み出ている。
「俺はこれ以上、仲間を失いたくない。悠斗も、永市も。そして、悠斗が探したいと思っているはずの井本もだ」
「康――」
 悠斗が、康の顔を見る。それは、康に対する信頼が多少なりとも見て取れるものだった。ようやく悠斗の信頼を得られたことに、康は少し安堵した。
 その時、だった。悠斗の眼が、康の背後へと向き、そして驚愕の表情へと変わる。続けて、悠斗の声が響いた。
「康! 後ろ!」
 その声に反応するかのように、康は背後へと振り向く。そこには、路地の出口からこちらに向けて拳銃を構える男子生徒――
中山久信(男子12番)の姿があった。その眼には、間違いなく殺意が宿っていた。

――しまった――!

 そこで初めて、康は自らの過ちに気がついた。会話に気を取られ過ぎて、周囲への警戒を完全に怠っていた。どうしようもない大失策だ。
「くっ――」
 どうにか、康は久信に日本刀の切っ先を向ける。だが、それだけだった。次の瞬間、久信が構えた拳銃から、一発の銃弾が放たれた。その弾丸は、康の無防備な左胸を正確に撃ち抜いていた。

――……仲間を失いたくない、か。
――俺が先に逝っちまっちゃ、意味ないじゃないか……。

 全身の力が失せて行く中で、康はそんなことを思った。そして、一つの事実に気付く。
 久信の姿を目撃した時、最初に気付いたのは悠斗だった。だが、悠斗はあの時康と話をしていて、路地の出口など見てはいなかったはず。その方向に視線が行っていたのは――他でもない、冬子だった。
 ということは、冬子はこちらに近づく久信の姿を最初に目撃していたはずなのだ。そこから導き出される結論とは――。

――悠斗。永市。
――光海はやっぱり危険すぎる。あいつは――。

 そこでもう一度銃声が聞こえ、康の思考に大きな衝撃が走る。そして直後、康の脳は完全に思考を停止した。

 <PM16:07> 男子7番 志賀崎康  ゲーム退場

<残り19人>


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