BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第61話〜情念の章・6『妄執』

 中山久信(男子12番)の心は、これまでとは違う感覚に襲われていた。
 目の前には、左胸と額に銃弾を撃ち込まれて仰向けに倒れ込んだ
志賀崎康(男子7番)の身体。その身体からは確実に生気が失われつつある。久信がこの手で殺したのだ。だが、久信にとって康のことなどは今やどうでも良かった。
 康の身体の向こうには、呆然と立っている
蜷川悠斗(男子13番)。そして――久信がこのゲームに乗る目的でもあった、光海冬子(女子16番)の姿があった。

――会えた。光海に。やっと会えた。

 久信の心の中を興奮が駆け巡る。正直、この会場で彼女に会えるとは思っていなかった。
 ただ、彼女をこの殺し合いゲームから生還させるために、仲間を裏切ってでも戦い抜こう。そう誓ったのだ。だからあの時も、仲間である
浦島隆彦(男子2番)たちを撃った。もちろん、罵声が飛んできた。篠居幸靖(男子8番)の声だった。
――久信。俺、お前には失望したぜ。まさか俺たちの中に、人間以下の糞野郎がいたなんて、思いもしなかったぜ! 何とか言ってみろよこの野郎!
――っざけんじゃねぇぞコラァ!
――そっちがその気なら、こっちだってやってやるよ! お前なんか、もう仲間じゃねぇ! お前のことなんか、分かりたくもねぇよこの糞野郎が!
 あの時、幸靖はそう叫んで、久信に向かって撃ってきた。元来あまり頭の出来が良くない幸靖らしい、怒声だったと思う。正直、久信は幸靖のことが苦手だった。基本的に単純で、腕っ節以外は大したことのない奴だと、そう思っていた。
 しかしあの時の言葉に、久信は幸靖の友情を微かに感じたのだ。
 隆彦の口ぶりからしても、彼らは久信が
比良木智美(女子13番)を殺したことを完全に理解していたはずだ。そして、集合場所へ行かなかったことも。だが彼は、久信を完全に見限る事が出来ないでいたのだ。
 だからこそ、実際に襲われて初めてあんな言葉を口走ったのだろう。

――お前なんか、もう仲間じゃねぇ!

 その言葉は、確かに久信の心を抉った。幸靖によって撃ちこまれた右脇腹の弾丸よりも、ひょっとしたら痛かったのかもしれない。
 久信自身、仲間を捨てきれてはいなかったのかもしれない。心のどこかでまだ、隆彦たちを求めていたのかもしれない。だが、その感情をどうにか捨てきって、これからを戦っていくつもりだった。
 そして響いた、あの連続した銃声。久信は獲物を求めて動き出した。あのマシンガンの持ち主とぶち当たる可能性も十分にあったが、久信は迷わなかった。
 冬子を生き残らせるための戦いにあたって、もっと強力な武器は必ず必要になる。そのためには、朝になってから出会った
福島伊織(男子15番)が持っていたショットガンや、マシンガンなどは是非手に入れておく必要がある。
 何より、そんな危険な輩をのさばらせておいたら、冬子の身に危険が及んでしまう。そうなったら、久信の目的は何もかも御破算となる。
 それだけは、何としても阻止しなければならない。そう決意して移動を始め――それからすぐに話し声を聞いた。そっと息を潜めて、久信は声のするほうへと接近した。
 路地の中に、日本刀を構える男子生徒の姿が見えた。その向こうにも誰かがいるのが見えたが、まともな武器を持っている風ではない。
 好機と捉えて、久信はそっと接近してファイブセブンを構えた。狙いは、こちらに背を向けた男子生徒。この中で一番まともな武器を持っているのは、そいつだけだった。しかし直後、そいつの横にいた蜷川悠斗が、こちらに視線をやると声を響かせた。
――康! 後ろ!
 声に反応した、男子生徒が振り返って日本刀を構える。そこで初めて久信は、相手が志賀崎康だと気付いた。
――遅い。もらった!
 即座に、久信はファイブセブンの引き金を引いた。放たれた銃弾が康の無防備な左胸を撃ち抜く。仰向けに倒れようとしている康に向けて、久信は止めのつもりでもう一発銃弾を放つ。銃弾は康の額を撃ち抜き、彼の動きを完全に停止させた。生命活動を終えた康の身体は、仰向けに崩れ落ちて二度と動くことはなかった。

 呆然としている悠斗に、久信はファイブセブンの銃口を向けた。完全に思考停止状態に陥っているのか、悠斗は微動だにしない。表情をピクリとも動かさずに立ちつくしている。その姿を見た久信は、その奥に立つ冬子に声をかける。無論、銃口は悠斗に向けたままだ。相手が呆けているからといって、油断するわけにはいかない。
「やっと会えたな、光海」
「――中山、君?」
 冬子が、戸惑いを隠せないといった様子で呟く。その様子から、久信は冬子がこちらの気持ちに気付いたりはしていないと悟った。
 この時しかないと思った。一生言えないと思っていた、この想いを彼女に伝えたかった。彼女をこのゲームから生還させるために、全てをなげうった。せめてこのくらいの役得があっても良いじゃないか。そう思った。
 たとえ軽蔑されても良い。彼女の中に自分の存在を刻みたい。そう思った。それはある種の妄執ともいえるものだった。
「半年前さぁ、ボコられた俺を病院まで運んでってくれたよな? 俺、すげぇ嬉しかった。ずっと礼がしたかったんだけど、ずっと言えなかった」
 思いの丈をぶちまけ始める。冬子の表情は変わらない。ひょっとしたら、あの時のことなどもう忘れ去っているのかもしれない。でも構わなかった。これは自己満足に過ぎないことを、久信も承知していた。
「それで、ずっと言えないままいたらさ、俺……気付いたんだ。俺――光海のことが、好きだ」
 冬子の眼が、一瞬見開かれるとすっと細くなった。その意味を久信は解せなかったが、話を続けた。「何も言えないまま、こんなゲームに参加させられてさ。最初はどうしようかって思った。でも、考えたんだ。俺が他の奴を殺していけば、光海をここから生きて帰させることもできるんじゃないかって」
 だんだんと、言葉が冬子へ向けたものではなくなっていく。言葉の一つ一つが、自己正当化のように聞こえてくる。
「智美も、駒谷も、琴山も。所も、志賀崎もだ。次にここにいる蜷川さ。これからも俺は殺していく。それだけ光海は早くここから生きて帰れるんだ。だから……もうちょっとだけ辛抱しててくれよ。俺、頑張るからよ。だから――」

――俺と一緒にいてくれ。

 そう言葉を続けようとした。
 孤独だった。冬子のために仲間を裏切った。その結果、隆彦たちからは完全に見限られた。幼馴染の智美もこの手で殺した。あの時のロープの感触がまだ手に残っている。全て冬子のためと思ってやってきた。でも、もし彼女が自分の行いを受け入れてくれなかったら? 全てを拒んだら?
 そんなこと、今の今まで考えてもいなかった。否、考えてはいたはずだ。だが、本当にじっくり考えたのか?
 自分は短絡的な、自己中心的な考えで、自らを追い込んでいただけだったのではないか?
 だから今、冬子に一緒にいてくれと言おうとし、彼女を求めたのではないのか? 冬子の気持ちなど全く考えもせずに?
 だとしたら、俺はいったい何のために――。

 その時、冬子の眼つきが微かに変わった。細めていた眼。その奥の瞳に、久信が見たこともない光が宿ったように感じた。その直後だった。
「うおぁああああ――っ」
 強烈な咆哮が、久信の耳をつんざいた。それに反応して久信が視線を横にやると、久信が銃口を向けていた相手――悠斗がこちらに向かって右手を振り上げながら飛びかかってきていた。その右手には、ブッシュナイフが握られている。
 何かが切れたのか、そこには理性が感じられない。
――何だと?
 久信は予期せぬ悠斗の攻撃にどうにか反応し、ファイブセブンの引き金を引いた。しかし照準は焦りのためか上にずれ、悠斗の左肩を僅かに掠めたにすぎなかった。
 直後、悠斗が思い切りブッシュナイフを振り下ろす。肉が裂ける痛みと共に、視界が半分真っ赤に染まる。右目の視界が全く利かなくなった。悠斗が振り下ろしたブッシュナイフの刃が久信の右目を切り裂き、その視力を奪ったのだ。
「があっ!」
 痛みを堪え切れずに、久信が叫ぶ。それと同時に、飛びかかってきていた悠斗の身体に押されて、久信の身体がアスファルトに叩きつけられた。続けて襲ってきた痛みに、久信は悶え転げたい衝動を必死で抑えた。
 こうなると、幸靖に与えられた脇腹の傷がなおのこと悪影響を及ぼす。それまでは痛みがその一か所だけだったので痛みを堪えられたが、複数箇所となるとそうも言えなくなる。
「ふっ……ざけんじゃ……ねぇっ――」
 久信はどうにか口を開き、精一杯の悪態をつく。そしてもう一度、ファイブセブンを悠斗に向かってポイントしようとした。だが、それを悠斗が阻んだ。
「おぁァァァッ!」
 再び咆哮をあげると、悠斗がファイブセブンを握った久信の右腕にブッシュナイフを振り下ろしていた。再び肉の切れる痛みが走り、久信の思考を狂わせる。腕こそ切断はされなかったが、もはや久信にファイブセブンを持っているだけの力は残っていなかった。手から零れ落ちたファイブセブンを、悠斗が拾い上げる。そして、両の手でしっかりと握り締めて久信の額に銃口を向けた。

――嫌だ。こんなところで俺はまだ死ねない。
――俺は光海を生きて帰すんだ。俺の邪魔をするんじゃねぇ。
――頼む。俺をこんなところで終わらせないでくれ。じゃないと――。

「全部捨てた意味、ねぇじゃねぇかよぉ……」
 最期の言葉は、酷く弱々しいものになった。中山久信という少年がここまで張り続けていた虚勢という名のメッキが剥がれ落ちた瞬間だった。
 悠斗が放った一発の銃弾は、正確に久信の額を貫いた。衝撃で久信の頭が僅かに揺れ、後頭部が爆ぜた。そしてその傷口から溢れだした脳漿と鮮血の混じり合った液体が、アスファルトへと広がり沁み渡っていく。

 久信の眼が最期に捉えたもの。それはかつてないほどの憤怒に満ちた表情を浮かべた悠斗の顔と、その後ろで全てを見つめる冬子の眼。
 その眼は、あまりに淡々と情景を見つめていて――、久信の最期の思考を絶望と困惑に染め上げた。

 <PM16:07> 男子12番 中山久信 ゲーム退場――(情念の章〜完)

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