BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第62話〜迷走の章・13『自失』

――まだ、死にたくない。

 そう、強く願った。それだけだった。それだけの思いが、
蜷川悠斗(男子13番)を突き動かした。
 気付けば咆哮と共に
中山久信(男子12番)にとびかかり、その右目を切り裂いていた。かつて鞘原澄香(女子6番)の胸を切り裂いた、あのブッシュナイフで。またしてもあのナイフは、人の血を啜った。
 そこから先は、悠斗もはっきりとは記憶していない。ただ、悠斗がふと我に返ると、そこには右目を切り裂かれ、右腕の肉を切り開かれ、そして額にぽっかりと穴を開け血の海の中に無念の表情で倒れた久信の姿があったのだ。
 久信のそんな姿を悠斗は見下ろしていて――。手には最初久信が持っていた拳銃――FNファイブセブンがあった。ファイブセブンの銃身は今も熱を帯び、その熱が悠斗の手に伝わってくる。
 全てが物語っていた。悠斗は確かに、久信を殺した。澄香の時とは違い、確実に自分の意志で。

――まだ、死にたくない。
 ずっと会いたかった
井本直美(女子1番)に会うまで、死にたくない。あの時、志賀崎康(男子7番)が目の前で久信の放った銃弾に倒れた時。悠斗が最初に覚えた気持ちは、それだった。
「はっ。ははは……」
――最低じゃないか、俺。
 またしても大切な友人を失ったというのに。そんな時に過るのは直美のことばかり。そんな自分が今、どうしようもなく憎い。
 どれだけ仲間のことを想うべきだと思っても、気付けば心を直美ばかりが占めている。
 そういえば、このゲームが始まってからの自分は、ずっとそうだったかもしれない。出発したときだって、康たちとの合流を気にしつつも、結局は直美のことを考えていた。澄香を殺してしまってからは、そのことを隠すことばかり考えていた。そのせいで自分を追い込み、自己嫌悪。挙句の果てには仲間を見捨てることを真剣に考える始末。

――救いようのない大馬鹿野郎だよ、俺は。

 結局のところは自分のことばかり考えて、それでも何もつかめない。何も得られないまま、業を深めていくばかり。迷って迷って迷いまくって。そんな己がどうしようもなく滑稽で、間抜けに見える。
――蜷川悠斗。お前は最低最悪の駄目野郎だ。もう結論出ちまったよ。

 一体、これからどうすれば良いのだろうか?
 悠斗はふと考える。
 自分の駄目さ加減に気付けたのは百歩譲って良いとしよう。だが、それでこのあとどうする? 自分自身を裁くような度胸がないのはよく分かっていた。情けないが、やはりまだ死にたくないという思いが立ってしまう。
 では、いっそ開き直ってこのゲームに乗ってしまうか? 今ならば、久信の持っていたファイブセブンがある。久信はきっと予備の弾丸も持っているだろうし、康の日本刀もあれば当座は大丈夫のはずだ。
岡元哲弥(男子3番)のような危険人物によくよく注意していれば何とかなるかもしれない。
――いや、それは駄目だ。
 その考えを、すぐに悠斗は脳内で打ち切った。
 そんなことをすれば、自分は直美や、唯一残った友人である
清川永市(男子9番)を殺さなければならなくなる。それだけはいけないと、悠斗の中の良心が呼びかけてくる。
「じゃあ、一体どうすりゃ良いんだよ……」
 悠斗は、ふと宙を見上げた。空は灰色の雲が覆い、何とも陰気な姿を晒している。視界に入る、両端のビルの色と相まって、余計に陰気くさい。悠斗の頬を、一滴の水が濡らす。どうやら雨が降り始めたようだ。
――そういえば、週間予報は雨になるって言ってたっけ……。
 まだ平和だった頃のことを思い出すと、無性に切なくなる。

 永市がいて、康がいて。
本谷健太(男子17番)も、天羽峻(男子1番)も、九戸真之(男子4番)もいて。
 バスケ部の練習では
原尾友宏(男子14番)たちと共に汗を流してボールを追いかけた。
 部活が終われば、直美と共に家路につき、他愛のない話で笑いあう。ほんのちょっと前の話なのに、随分昔のことのようだ。そして、もう二度と戻れない世界。人は足りないし、自分は汚れすぎた。
 雨足が少しずつ強くなる。悠斗はその中でうたれる。
――この雨が、全部洗い流してくれれば良いのに。何もかも、なかったことになってしまえば良いのに。
 叶いもしない願いを、空に願ってみる。無論、何も変わりはしない。そんなことは分かっている。でも、何かに縋りたかった。

――直美……永市……助けてくれ。俺、もうわけ分かんないよ。
――頭ん中がぐちゃぐちゃになってて、どうすれば良いのかも、何がしたいのかももう分かんないよ。
――このままじゃ俺、どうにかなっちまうよ。助けてよ。誰か――。

 その時。
 一発の銃声が、響いた。その音は、次第に強くなってきた雨音に飲み込まれて、今までで一番早く消えた。

<残り18人>


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