BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第63話〜反逆の章・3『惨状』〜

 雨音に消されながらも、確かに一発の銃声が響いた。その音を、矢田蛍(女子17番)はその耳で聴いていた。
――かなり近くね。
 その時蛍がいたのは、G−4エリア。会場南に広域に渡って存在する海浜公園の一番のシンボルである、展望台。その入り口付近に立って雨をしのいでいたところだった。
 このゲームに巻き込まれる直前に見たテレビの天気予報が、雨雲の存在を伝えていたことを蛍は思いだす。同時に、この辺りが蛍の知る神戸市からさほど離れていないことも理解した。
 ともかく、展望台の入り口近くには屋根が存在し、当座の雨をしのぐには十分だった。雨足は確実に強くなってきている。この状態でずっと外にいるのはかなりの負担になるだろう。できればそんな状態は避けたいところだ。こんな時に風邪などひいたら、シャレにならない。
 そう思っていたところへ、さらにもう一度、銃声。
 先程の銃声と同じ種類のものに聞こえた。銃声の主がこちらに来る可能性もある。そう考えて蛍は少し身構えた。柳刃包丁を持つ右手に、自然と力がこもる。防弾チョッキを身につけているとはいえ、潜在的な不安はどうしても拭えない。
 だが、誰かがこちらへと向かってくる気配はない。どうやら銃声の主は、別方向へ去っていったようだ。

――行ってみたほうが、良いかな?

 蛍は考える。
 蛍の目的は一つ。自分と同じような経験をした人物がこのクラスにいる。その人物と出会い、真実をこの手に掴む。それだけだ。
 二回目の定時放送までの時点で、その人物は名前を呼ばれてはいない。だが、既に二回目の放送から四時間以上経過している。その間に銃声は何度もしている。その中のどれかが、蛍が探す人物の生命を奪っている可能性だってあるのだ。
 もしかしたら、今の銃声がそうである可能性だってある。
――じゃあ、行ってみるしかないじゃない。
 意を決し、蛍は雨の中へと走り出していった。

 目的の場所へはすぐにたどり着いた。何のことはない、蛍がいたエリアのすぐ北――F−4エリアで先程の銃声は発生していたのだ。
 雑然としたビル群の中にある路地の一つ。そこには蛍が初めて見る惨状が広がっていた。
 まず目に留まったのは、左胸と額に弾痕を遺して仰向けに倒れている男子生徒の亡骸。これは確か――
志賀崎康(男子7番)、だっただろうか? 出発前の駅舎で、他の男子生徒に何かを渡している姿を、蛍は目撃していた。おそらくは、仲の良い生徒たちとの合流を図っていたのではないだろうか。
 康のことを蛍はほぼ知らない。クラスの男子委員長だ、とは聞いたことがある。何度かクラスの委員長が蛍の家にプリントなどを届けに来ていたようだが、それは女子生徒――
阪田雪乃(女子5番)だったはずだ――だったと、母親から聞いている。
 次に、路地を抜けてすぐのところに仰向けに倒れている亡骸に近づく。
 近づいてみて、蛍は改めてその亡骸の惨状に背筋が凍りつく思いがした。一瞬吐き気も感じたが、どうにかそれを堪えた。
 その亡骸も、どうやら男子生徒のものらしい。濃いめの茶色に染められた、長い髪。雰囲気からして、おそらくは不良系の生徒だろう。その骸の痛み具合はかなり激しい。右脇腹は弾丸が撃ち込まれたことによる穴。血が出ているようには見えないため、たぶんもっと前に負傷したのだろう。
 そして顔。右目を刃物で斬られている。これは確実に視力を奪われたとみて良いはずだ。さらに右腕に深い切り傷。そして致命傷になったと思われる、額に空いた弾痕。それらの傷の凄まじさが、ここで起こった出来事を示しているように、蛍には思えた。
 傍らには、血と雨に濡れたナイフ――いわゆるブッシュナイフというものだ――が転がっている。この男子生徒は、このナイフで顔と右腕を斬られたのだろう。その刃は大きく、かなり殺傷能力が高そうだ。
 しかし、ここにある二つの骸の生命を奪ったと思われる銃はどこにもない。二人を殺した犯人が持っているのだろうか?

――さすがにそこまでが精一杯よね。私は探偵じゃないんだし。

 蛍は内心そう言い聞かせると、この場所で起きた出来事について考察するのを打ち切った。そして、落ちているブッシュナイフを拾い上げる。
 使い勝手が悪いと判断されたのか、この武器は放置されている。だがまともな武器が柳刃包丁のみの蛍には、十分頼りになる武器になる。万が一の時の備えとして、持っておくにこしたことはないだろう。ついでにこの二人のデイパックも探してみたが、これはさすがにどこにもなかった。まあ、持ち去られていないはずがない代物だし、期待はしていなかったが。
 最後に、蛍は二人の亡骸にそっと手を合わせ眼を閉じる。よくは知らないクラスメイトだけれども、せめて冥福を祈るくらいは許されるはずだ。
 しばらくの間蛍は手を合わせ、そろそろ良いかと眼を開けた。そして周囲によく気を配りながら、路地から離れていく。路地から出ると、街の表通りに出る。見通しは良いはずだが、この雨で視界はいまひとつ。十分な警戒が必要だった。
――早く彼女に会わないと……時間はない。
 蛍はより強く決意して、再び『彼女』を探し始める。

――井本、直美さん。彼女を早く見つけださなくちゃ。

 自分と同じような経験をしている少女――
井本直美(女子1番)。彼女と出会い、真実を掴む。その目的を必ず果たさなくてはならない。
 その思いを胸に、蛍は再び歩き出す。強い決意をその身に纏いながら。

<残り18人>


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