BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


第64話〜後悔の章・3『邂逅』

 早くも足元に溜まった雨水が、勢いよく跳ねる。その原因を作っているのは、一人の少女の足。水が激しく跳ねたため、靴下がぐっしょりと濡れる。だが、そんなことに構っている暇はなかった。どうせ先程からの雨で全身びしょ濡れなのだ。
――悠斗! 悠斗! 悠斗!
 少女――
井本直美(女子1番)は、ひたすらに走り続けていた。彼女をそこまで駆り立てていたのは、一人の男子生徒の存在。
 大きな銃声が一度響き、何かが直美の横を通り過ぎていくのを感じた。その正体が、直美にはすぐ分かった。

――まただ、また……撃たれた!

 危険を承知しながらも、直美は走りつつ背後へと振り返る。直美の後ろから男子生徒――
福島伊織(男子15番)が、大きなショットガンを構えながら追いかけてきていた。


 
蜷川悠斗(男子13番)を探すためにホテルの外へと飛び出した後、直美はひたすら海浜公園を北西の方角へと進んだ。
 室内にいたせいかはっきりとは聞こえなかったが、遠くのほうで銃声を何度か聞いていた。ひょっとしたら、悠斗はその銃声の方角にいるかもしれない。そう考えた。だが外に飛び出した後で、直美はその方角がどちらかがすぐには理解できなかった。
 その時に思い出したのが、この会場の全体が描かれた地図のことだった。
 地図によれば、この会場の中で直美たちがいたホテルの位置はほぼ南端。特にあそこは海に最も近く、ホテル周辺は北の方角を除いて全て海に囲まれていた。そして地図によれば、東の方角には大した建物はなかったはず。おまけに、いくつかのエリアが既に禁止エリアに指定されてしまっている。ならば、北西の方角を目指すしかない。そう判断した。
 そうやって大体の向かう先を決めた後はとにかく必死だった。一刻も早く、悠斗を探し出したかった。その後のことなど、考えている余裕はない。
 とにかく、今の自分の想いを率直に、言葉に乗せて悠斗に届けるだけ。たったそれだけのことだ。
――今抱いている後悔。それを何とかして取り戻す。
 それだけが、今の直美の望みだった。
 だが――そんな時に、G−6エリアで直美は出会ってしまったのだ。最悪の相手と、完全な丸腰の状態で。


――福島伊織。
 よく一人で本を読んでいることの多い、どちらかといえば文科系よりの男子。性格も大人しいほうで、普通ならばあまり目立たない生徒ということで片付きそうな人物だ。
 しかし彼は、クラス内でも結構目立っていた。女子からも憧れの姿勢を向けられるレベルの、中性的な容姿故に。そのせいか、割と女子とも仲良く話ができる人物で――。少なくとも、このゲームに乗ってしまうような人物だとは直美は思っていなかった。
 その伊織が、今こうして直美に、無慈悲に銃口を向けている。
 これまで実感することのできていなかった、プログラムの現実。それを直美はこの時、初めて理解した。
 何か抵抗をしようにも、ホテルを丸腰のまま飛び出してきてしまった直美には、武器どころかデイパックすらない。ここにきて直美は、自分の無謀さを悔やんだ。

――何やってるんだろ、私……。

 しかし、ここで死ぬわけにはいかなかった。後悔を抱えたまま死ぬのだけは絶対に嫌だった。悠斗と出会って、全ての想いを伝えなければいけないのだから。
 そう思って、直美は必死に走った。もともと、男女の差はあれど、女子バスケ部で鍛えてきた直美の体力と、それほど体力派ではない伊織とでは基礎体力に差がある。徐々に、二人の差は広がっていく。
 だが、伊織はショットガンを持っている。対する直美は完全なる丸腰。この差は如何ともし難かった。時折伊織が撃ってくるショットガンの弾丸がもし当たりでもしたら、その時が最後だ。そんな気がして直美は戦慄した。
 走っているうちに、いつしか直美の目の前に大きなホテルが見えた。直美たちがいたホテルよりもっと大きな、おそらくはこの街で最も大きく、高級感に溢れた外観。そこで直美は、自分がF−7エリアまで走ってきていたことに気付いた(集合場所に向かう途中で、ここは通ったので良く覚えている)。
 その時、直美の足元で何かが跳ねるのを感じた。すぐに、伊織の放った銃弾が足元で跳ねたことを理解した。幸い、跳弾は直美に当たらなかったようだが、このままではいけない。そのうちジリ貧になってしまう。

――どうすれば……。

 その瞬間だった。伊織がいる方向とは別の方向から、一発の銃声がした。伊織のほうを見ると、伊織が左腕を押さえているのが見えた。押さえている右手の指の間から、微かに血がにじんでいる。どうやら先程の銃撃で、怪我をしたらしい。
 直美はあらためて、銃声のした方向を見る。そこには、見覚えのある回転式拳銃――S&WM686――を両手でしっかりと握った、
阪田雪乃(女子5番)の姿があった。その手は、小刻みに震えていた。
 雪乃が、伊織に言った。
「福島君。この場は、退いてくれない? でないと私は、もう一度あなたを撃たなきゃならなくなる。その前に、どこかへ行って」
 伊織は、雪乃と直美を交互に見る。ショットガンを持った右手で、左腕を庇うようにしていて、銃口は地面に向かっている。
「……お願い」
「――くそっ」
 怪我をしたということもあったのだろうか。伊織はやけに潔く、しかし苦々しげな呟きを残すと、踵を返して走り去っていった。伊織の姿が見えなくなると、雪乃はM686を下して直美のほうに向きなおった。
「大丈夫だった? 直美」
「ゆ、雪乃……」
「あなたが出て行ってすぐに、光から話を聞いてね。すぐに私も出てきたの。真琴から銃を借りたんだけど、真琴は不満そうにしてたわ」
 どうも雪乃は、直美が出て行く直前に話をした
戸叶光(女子10番)から事情を聞いて、見張りをしていた玉山真琴(女子8番)から銃を借りて直美を追いかけてきたらしい。
「何で、そこまでするの……?」
 直美が問いかけると、雪乃は即座に答えた。
「だって、友達じゃない。ほっとけなくってさ。さすがに銃なんて初めて撃ったし、まさか当たるとは思わなかったし……正直、今でも全身に震えがきそう」
 そこまで言うと、雪乃は黙り込む。よく見ると、膝が微かに震えている。雪乃にこんな思いをさせたことを、直美は恥じた。そして、言葉が口をついて出た。
「ごめん……雪乃」
「――うーん、謝るなら、戻ってからにしよう? 皆の前で謝れば良いの。蜷川君を探しに行きたいのは分かるけど……一人でああやって出て行くのは危なすぎるよ。どうせやるなら、皆巻き込んじゃえば良いんだから。もっとね、私たちを頼ってくれて良いんだよ? 何でも言ってみてよ。信じてみてよ」
 そう言うと、雪乃は笑った。とても温かな、ほっとする笑顔。
 阪田雪乃という少女は、こういう子なのだ。度胸の据わった性格でいて、同時に人を包み込める温かな心――包容力を持つ。そんな少女。
――雪乃。あなたって、本当に良い女だよね。
 直美は心の中で、そう思った。

 ぱしゃっ。

 その時、近くで水の跳ねる音がした。直美の背筋が凍る。同時に、雪乃は直美から眼を離して音の方角にM686の銃口を向けた。
「誰?」
 雪乃が問いかける。銃口の先には、誰かが立っていた。どことなくおぼつかない足取りで、雪乃の声が聴こえていないのか、はたまた無視しているのか、とにかく全く構わずにこちらへと歩いてくる。
 ぱしゃっ。ぱしゃっ。
 直美は、その人物をよく見た。全身ずぶ濡れで、かなりふらつきながら歩いてくる。その姿を直美はじっと観察し――心にざわめきを感じた。そして、走り出す。
「ちょっ、直美!?」
 雪乃の声が聞こえたが、気にしている心の余裕はない。何故なら――。

「悠斗――!」

 そこにいたのは、直美がその思いのすべてを伝えたいと望んでいた、蜷川悠斗だったから。
 悠斗の身体――白いカッターシャツの腹部には、雨に濡れて少し薄くなった緋色が滲んでいた。

<残り18人>


   次のページ  前のページ  名簿一覧    表紙