BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第66話〜深遠の章・4『妖艶』
ここから東の方角で、銃声が何度か聞こえた。その音は他の銃声と比べるとやや異質であったが、私はその銃声が福島伊織(男子15番)のものだろうと推測した。
ついさっき、岡元哲弥(男子3番)との通信の際に哲弥から報告があったのだ。内容は、福島伊織との遭遇と、彼がショットガンを所持しているという情報の伝達。本来ならもう少し早く連絡したかったみたいだが、こちらの行動に自由が利くようになって連絡してくるのを待っていたようだ。
私はそっとタオルで髪を拭く。いつ何があるか分からない以上、見張り役もいないのに服を着替える余裕はあまりない。濡れたセーラー服を着続けるのはかなり不満があるが、致し方がないだろう。
タオルで髪を拭き終えると、私はタオルを近くにあったソファに投げ出す。そして、目の前にあるテーブルの上にあるものを見つめる。
そこにあるのは、一振りの日本刀とトランシーバー。そして……掌サイズの小さな拳銃があった。ほんの少し前に、蜷川悠斗(男子13番)を撃ち抜いた銃弾を放った、あの拳銃だ。
「……問題は、ここからよ。ここからが肝心……」
そう、私――光海冬子(女子16番)は呟いた。
レミントン・モデル95・ダブルデリンジャーという名前のその拳銃を冬子が手に入れたのは、まさに僥倖だったといえるだろう。
思えば、出発前のあの時に古嶋という海パン男に御手洗均(男子16番)が反抗し、兵士たちに撃ち殺されたことこそが僥倖の始まりだったといえる。あの時は均の死のおかげで、死体に怯える女子生徒を演じることができた。そのうえ、均が死んで余ったぶんの武器をデイパックの一つに混ぜることになった。
そして見事、その武器が二つ入った幸運なデイパックは冬子のもとへとやってきた。入っていたのはトランシーバーと、デリンジャー。そのことに気付いた時、冬子は均に強く感謝した。
――これも、あなたが死んでくれたおかげね。ありがとう。どっちがあなたのものだったかなんて、もう分からないけれど。
さらに幸運は続いた。二つの支給武器のうち、トランシーバーでの通信を試みた結果、通信に応じた相手が哲弥だったのだ。そして哲弥は、冬子への協力を約束してくれた。まあ、彼ならばそう言うだろうと思ってはいたのだが。それでも本人の口からはっきりと言ってもらえたのは良かった。
その後で、潜伏していたD−3エリアの民家の外で伊織を見つけたが、冬子は声などかけずに隠れることにした。
理由は単純。冬子は伊織という人物についてある程度の情報は持っているが、それだけを基準に彼のこのゲームにおけるスタンスを決めつけることはできないからだ。だが、そのうち彼は何かを見つけたらしく、突然走りだして冬子の視界から消えてしまった(その時は理由がよく分からなかったが、後にショッピングモールで津倉奈美江(女子9番)と出会い話をした際に、伊織は奈美江を見つけて追いかけたのだということを悟った。その段階で、冬子は伊織への手出しを自分がする必要はないと判断した)。
それからしばらくして、冬子は民家を出た。もともと長居をする気はなかったのだが、夜闇の中に家という小さなスペースに長く篭っているのが耐えられなかったのだ。『あの日』からずっとそうだ。あれからずっと、暗がりや闇を感じるとおぞましい気分になって耐えられなくなる。気が狂いそうになる。
結局そうやって民家を半ば飛び出すように出ていって……あの鞘原澄香(女子6番)と、悠斗に出くわしたのだ。
恐怖に耐えきれずどうにかなってしまったらしい澄香の攻撃は、民家から持ち出したフライパン(カモフラージュ用に用意したものだ)を使って対処したが、それだけでは限界があった。持っていたデリンジャーで澄香を撃ち抜くことも考えたのだが、デリンジャーの装弾数は僅かに二発。どちらも外したりすれば一気に不利になる。
そう考えて躊躇していた時に、悠斗が現れた。そして澄香は悠斗に襲いかかり――悠斗によって殺された。
冬子は悠斗に感謝した。悠斗のおかげで、貴重なデリンジャーの弾を無駄遣いせずに済んだのだ。そういう意味で彼に感謝した。無論、生命を救ってもらったという意味ではない。
――私は、自分自身と哲弥以外には頼らない。
それは『あの日』以来ずっと冬子が固く誓っていることだから。
後は、簡単なことだった。悠斗が仲間とショッピングモールに集まると聞いた時、自分も連れて行ってほしいと頼んだ。もちろんモールにたどり着く前に、悠斗に見つからないようにトランシーバーとデリンジャーを自分のスポーツバッグの中に隠した。替えの下着を入れた袋に入れてしまえば、そうそうその中を検めようとする者はいない。モールに集まる予定の人間が悠斗の仲間――男子のみだというのも都合が良かった。
さらに、悠斗には澄香の件を隠すように話をした。こうすれば、澄香を殺したことで精神的に参っていた悠斗をもっと追い込める。おまけにそのことを悠斗自身には悟られにくい。きっと彼は、冬子の提案を悠斗を思いやってのものだと捉えていたことだろう。
モールに到着すると、案の定志賀崎康(男子7番)が冬子に疑念を抱いていた。彼がなかなかの切れ者だということは普段の学校生活で何となく感じていたので、さほど動揺はしなかった。
だがそんな彼でも、やはり下着などについてはチェックしなかった。そこまではまあ良かったが、津倉奈美江が合流してきたことには少しばかり焦ったものだ。
康も自分たちだけでは冬子を監視しきれないと判断したらしい。奈美江が近くに来ることでそれまでに比べて冬子の行動は制限された。しかし……奈美江もまた、精神的には不安定だった。その監視には隙も多く、冬子は少しずつ隙を見つけては来るべき時に備えて準備した。
奈美江が康から特に意図を聞かされていなかったらしいことも、冬子に味方したといえる。
――志賀崎君。結構切れるみたいだけど……やっぱりあなたは甘いのよ。こんな状況で、なりふり構わずに動けない時点で、ね。
奈美江の隙をついて密かにトランシーバーとデリンジャーを回収し、隠した。そして徐々に不協和音が見えてきたところで、哲弥に連絡を取る。それだけで良い。あとはこちらが崩したバリケードから、哲弥がモールに入ってきて終了。
何のことはない。いつもの自分たちだ。
モールから逃げ出す時は、あえて悠斗たちと行動する。どうせなら、康と悠斗の関係も壊してしまったほうがやりやすいと判断した。それだけ。哲弥の銃撃に合わせて、悲鳴をあげて倒れる演技も念のためにこなしておく。怪我などしていないことに、あの状況ですぐに気づくことはできない。事実、康も悠斗も、冬子が全くの無傷だということには何ら気付いていなかった。
そして哲弥から逃げ切った後で、康は悠斗を説得しようとし始めた。どうやら冬子への疑念は確信に変わっていたようだ。タイミングを図って、哲弥を呼び寄せて始末することも考えたが、そのタイミングで現れたのが……中山久信(男子12番)だった。
――ありがとう。中山君。あなたが志賀崎君を殺してくれたおかげで、私にとっては有利に動いたわ。本当に、感謝しなくちゃ。
――本当に、人には優しくしておくものね。
久信が自分に好意を抱いていたことは、冬子も気付いていた。この状況下で彼がどう動くかまではいまいち予測しきれなかったのだが……あの時の口ぶりから察するに、実に都合よく動いてくれていたらしい。
そう。あの時久信が康を仕留めてくれたのは冬子にとって都合が良かった。自分を強く疑う邪魔な存在を消してくれたのだ。実に良い働きだった。その後で、悠斗が久信を殺したのは少々予想外だったが。まあ、あとは哲弥と伊織に頑張ってもらうのが最善だろうか。
後は、モールにいた残りの清川永市(男子9番)、そして浦島隆彦(男子2番)と篠居幸靖(男子8番)も首尾よくどちらかが仕留められれば良いのだが……。
――私がやっても良いんだけど……あの銃じゃ、ちょっと無理がありそうね。
当初は、久信を殺した悠斗をどうにか誘導して久信に代わる存在にできないかと思っていた。だが、悠斗の様子を見ていてそれは不可能だと、冬子は判断した。
彼はまだ、井本直美(女子1番)に拘泥している。そんな彼を、思い通りに利用することなどまずできないだろう。そう考えた瞬間、冬子は悠斗を始末することに決めた。そこまでの思考に、躊躇などあるはずがない。これまでにもやってきたことだ。銃を使うのは生まれて初めてだが、やることの内容は、これまでと違いはない。
――私と哲弥は、今までこうやって生きてきた。そしてこれからも、私はこうして生きて行く。
――騙されるほうが、馬鹿なのよ。
そして冬子は、隙だらけの悠斗の背後から、彼をデリンジャーで撃った。弾は彼の背中を貫き、そこから鮮血が溢れた。その時点で彼は重傷だったようだが、何とそこでこちらを見ることもなく走り出した。これは完全に予想外だった。まだ動けるとは、思わなかった。
即座に、もう一発の銃弾を走る悠斗の背中目掛けて撃ち込んだ。銃弾はまたしても悠斗の背中に食い込んだが、結局彼はそのまま走って逃げて行った。
――あの銃を奪えなかったのは、残念だったわね。
冬子は、そんなことを思う。
デリンジャーも銃ではあるが、装弾数は僅か二発。これではあまりに心許ない。今までならば隠しやすいぶん便利だったが、今の状況では強力な銃のほうが欲しい。おそらくはもうじき死ぬであろう悠斗を追い、止めを刺して銃を奪おうかとも思ったが、銃声を聞いた誰かが近くへやってくることを考えて、結局その場からは離れた。
回収できたのは、康と久信、そして悠斗のデイパック。それと康の持っていた日本刀。悠斗が持っていたブッシュナイフは、日本刀がある以上必要ないと判断して、捨ててきた。
そして今、冬子は最初に隠れていた民家に、もう一度戻ってきている。雨を避けるためだったが、止み次第すぐに外に出たいところだ。
――雨のせいで、相変わらず暗い。あまり長くはいたくないわ。
それが、冬子の偽らざる感想。
こういうところにいると『あの日』を思い出すのだ。『あの日』は、冬子と哲弥を出会わせたという意味では意義があるものだったが、冬子を苦しめる要因の一つでもある。
「本っ当に、大っ嫌い」
ぽつりと、冬子は呟く。ようやく、人目を気にせず本音を零せる。それは少しだけ気分が良い。
これから、どうするか。それが目下の問題であったが、その答えはすぐに出ていた。
「哲弥だけに任せておくのも、悪いしね。私だって、場数は割と踏んできてるんだから――」
――別に、初めてじゃあないんだし。
その一言は、口にはしなかった。
とにかく、まずはもっと良い銃を手に入れるべきだ。知っている限りでは、銃を持っているのは哲弥と伊織を除けば、幸靖と悠斗。だが、他にも持っている人物がいるかもしれない。
何とかしてそれらの人物と接触して、銃を手に入れる。無論、相手の生死は問わない。これが基本的なスタンスになる。
そのことを自分にあらためて言い聞かせ、冬子はソファに座りこむ。
「何としても生き残るわ。何としても。最後に残るのは私と哲弥なんだから。そして、私は上り詰めるの。どんな障害も蹴落としてやる」
冬子の表情が、笑みを浮かべる。それは、決して哲弥以外には見せたことのない笑顔。心からの笑顔。
打算と、偽りと、上昇志向に満ち満ちた、そして妖艶な魅力を放つ麗しい微笑みを。
崩壊編・終了
惑乱編へと続く――
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