BATTLE ROYALE
The Gatekeeper


惑乱編

Now17students remaining.

第67話〜『事件』

「……はー」
 プログラムのスタート地点である駅舎、一階事務室。その中のソファに腰掛けたまま、古嶋余地夫(1999年度兵庫県神戸市立月港中学校3年A組プログラム担当教官)は、溜息を一つついた。
 外で現在降り続いている雨が、元来じめじめした空気を嫌う古嶋に暗澹たる気分を与えていたのは間違いない。おまけに、雨に降られるといつもの海パン姿ではこの季節でも寒く感じてくる。それがまたたまらなく嫌だ。
 だから今は一応持ってきていた普段着に着替えているのだが、正直面倒くさいことこの上ない。
 しかし、今古嶋に溜息をつかせているのはそのことではなかった。

−岡元と、光海、か……。

 古嶋は、
岡元哲弥(男子3番)光海冬子(女子16番)についての生徒情報をチェックしていた。
 二回目の放送の後で、古嶋は島居マサコ(同プログラム担当教官補佐)と共に二人の情報を再度洗いなおし始めている。今頃島居は、別室で休憩がてらに過去の資料を探していることだろう。
 プログラムの対象クラスが決定する際にある程度の資料を学校側から入手してはいたのだが、この資料には通り一遍のことしか書かれてはいない。この資料からは、哲弥と冬子の関係性を読み解くカギは見つかりそうになかった。
−……しかし、ねぇ……。
 確かに二人の関係を読み取るカギは見つかっていない。だが、何となくではあるがその断片を読み取ることができる部分を古嶋は見つけていた。
 それは、これまでの哲弥の殺人に対する躊躇のなさと、冬子が少し前に
蜷川悠斗(男子13番)を撃った時の反応だ。哲弥は全く躊躇することなくクラスメイトをその手にかけてきた。そして冬子も、悠斗を殺したことへの良心の呵責など微塵も感じさせない。特に冬子は、生き残ることへの執着が凄まじい。ここまで色々と手を尽くして生き残り、荒事も平然と行っている。
 正直それは、古嶋のこれまでのプログラム担当教官の経験上極めて珍しい存在だといえる。
−あいつらは、ひょっとすると……。
 ここで古嶋に、二人に対してのある推測が持ち上がる。だが、それを古嶋はすぐにメインの思考に持っていくわけにはいかない。古嶋の仕事は、これがメインではないのだから。

 ひとまず古嶋は、ここまでのプログラムの進行を振り返ってみる。
 前の放送までに死亡した生徒は、全部で七人。これで、とうとうこのクラスの生き残った生徒は半分を切ったことになる。いよいよ折り返し地点といった感じだ。
 とりあえず、現状戦闘が発生しそうな組み合わせは生徒の現在地からみてもない。おそらくはこのまま、三回目の定時放送を迎えることになるだろう。
 ゲームに乗っているのは、哲弥、
福島伊織(男子15番)北岡弓(女子4番)町田江里佳(女子15番)、そして冬子。大体この辺りになる。しかし今のところ、彼ら五人とも誰かに出くわしそうな雰囲気はない。おそらく放送以降はまた、停滞ムードになるのではないだろうか。
 何といっても、このタイミングで
中山久信(男子12番)が死亡したのは大きい。哲弥に並ぶスコアを挙げていた彼の退場は、プログラムのペース変化に影響を及ぼすのではないか。古嶋はそう睨んでいる。
 ショッピングモールに立て篭もっていた
志賀崎康(男子7番)たちのグループが崩壊した今、大きなグループは南端のホテルに篭る阪田雪乃(女子5番)のグループだけとなった。 リーダー格らしい雪乃はまだ外にいるが、おそらくはこのまま帰還することになるだろう。
 後は、脱出のための方策を考えようとしていた
浦島隆彦(男子2番)篠居幸靖(男子8番)か。彼らも完全に手詰まりとなっているようだし、古嶋たちにとっての脅威となる可能性は低そうだ。

−となれば、やっぱり問題はあの二人かねぇ。

 哲弥と冬子の行動自体には、特に問題はない。このゲームのルールを遵守しているし、むしろゲームの進行を促してくれているので有難いくらいだ。
 だが、その背景には気になる点が多い。好奇心でしかないかもしれないが、彼らの背景を知りたいと思った。
「……古嶋さん」
 その時、古嶋は急に声をかけられた。ソファの上で首を声のした方向へ向けると、軍服姿の女性−島居が立っていた。
「ああ、島居か。どうかしたか?」
「岡元哲弥と光海冬子の過去の資料調査が一段落したので、その報告に来ました」
「おっ、そうか。で、何か分かったことってあるか?」
 古嶋がそう言うと、島居は右手に持っていた紙の束を見せた。どうやら、それが彼女の収穫らしい。
「岡元哲弥については、あまりはっきりした情報は得られなかったのですが、光海冬子についてはなかなか興味深い情報がありました。とりあえず、読み上げます」
「おう、よろしく」
 そう言って古嶋が説明を促すと、島居は黙って頷き、資料を読み上げ始めた。
「まず、盗聴記録にもあった光海冬子が養子だという件ですが、これは間違いなく事実です。彼女の旧姓は唐川。三年前に児童養護施設で現在の養父母である光海夫婦に引き取られています」
「……なるほど」
「その時のことについて、養護施設に確認してみたのですが……施設の園長が気になることを言っていました」
「気になること?」
「光海夫婦は、光海冬子??当時は唐川冬子ですね。彼女と出会った時に彼女が『どうか引き取ってほしい』と訴えるような眼をしていた、と話していたそうなんです」
 古嶋は、そのことが少し気にかかった。養護施設に入っている孤児を引き取る人間が現れれば、自分を引き取ってほしいと思うのはおかしいことではないのではないか? そう思った。その思いを察したのか、島居が続ける。
「問題は、唐川冬子は光海夫婦が施設を訪れることを知っていた、ということです。そして、光海家の家格についても」
「何?」
「施設の園長が、覚えていました。光海夫婦からの訪問の連絡を電話で受けた時、唐川冬子が近くにいた、ということを」
 古嶋は、島居の言葉を最後まで聞き、ふと考える。
 つまりは、唐川冬子は光海夫婦が引き取る子供を探しに施設に来ること、そして光海家が由緒ある家だということも知っていた。そのうえで、夫婦に引き取ってもらえるように振る舞い、アピールしていた、と? 五年前−十歳にして、唐川冬子はそんな計算を働かせて光海家の養子の座を手に入れた、と?
「……本当なら、なかなか賢しい子供じゃないか。分かったのは、それだけか?」
「いえ。他にも、報告するべきことはあります」
「じゃあ、続けて」
「分かりました」
 そして島居は、再び資料を読み上げる。
「児童養護施設に入るまでの唐川冬子ですが……まず父親が、昨年死亡しています。どうも、死刑を執行されたようです」
 その瞬間、古嶋は空気が張り詰めたのを感じた。すぐに、島居に問いかける。
「……死刑? 一体何をやらかしたんだ」
「放火殺人です。七年前、会社に解雇されたことを恨んで会社に放火、三人を殺していました。すぐに逮捕され、死刑判決が出ていたようです」
「なるほど。それだけ殺せば、極刑は免れないな。母親は、どうしたんだ?」
 島居に話を振りつつ、同時に古嶋は思った。彼女は養護施設に入っていたという。おそらくではあるが、母親も……。
 そして島居は、大方古嶋の予想していた通りの答えを出してきた。
「母親ですが、五年前に死亡していますね。自宅の浴室で手首を切って自殺しています。遺書はなかったようですが、生活に困っていたようで、警察は自殺と判断したらしいです」
「自殺ねぇ……。しかし、生活に困っていたっていうのは、唐川冬子にかなり強い影響を与えているのかもしれないな」
 言いながら、古嶋はこれまでの冬子の盗聴記録を思い返す。彼女の行動は、打算に満ちている。唐川冬子として味わった困窮が、現在の彼女を形成しているとしたら……大いに納得できる気がする。
−何となく、分かってきた気がするなぁ。
 古嶋は、そんなことを考える。そして、島居がさらに話を続けた。
「それと……これは関係ないかもしれませんが、唐川冬子の母親が自殺する少し前に同じ街で殺人事件が起こっているんです。それも、一度に四人も」
「おいおい、また殺人事件かよ。そんなのばかりだな」
 父親が起こした放火殺人と父親の死刑。母親の自殺。そしてまた殺人事件。どんどん話が血生臭くなっていく気がした。
「概要としては、街にあった廃ビルの一室で四人の男性の死体が発見されています。死因はいずれも撲殺か頸動脈を切られての失血死。現場には凶器と思われる鉄パイプとガラス片があったそうです。犯人は結局見つからず、今に至っているそうです」
「未解決事件、か。で、何でそれを報告に加えたんだ? 二人に関係あると思ったのか」
「そうです。被害者の氏名なのですが……これを見てください」
 そう言って、島居が手に持っていた資料のうちの一枚を古嶋に手渡した。古嶋は、それの文面を読み進めていく。

−被害者の名前は……来島善治、廣田幸生、久米誠一郎、矢田伸輔……。

 そこで古嶋は、一つの名前に注目した。
−矢田、伸輔。
「島居。まさかこの、矢田伸輔っていうのは……」
 古嶋の問いに、島居が答えた。
「はい。矢田伸輔はこのクラスの女子17番、矢田蛍の実父です」
「……」

−なるほど。
 それで得心がいった。島居が一見関係なさそうな殺人事件まで資料に加えてきた理由に。
 唐川冬子が住んでいた街で殺人事件が起こり、その被害者の一人が
矢田蛍(女子17番)の実父。そして事件のすぐ後に冬子の実母が自殺−。

−もうちょっと、調べてみても良さそうだな。

「島居。もうちょっと調べてみよう。次の放送の後で俺が調査を続行するから、そっちは少し休むと良い」
 古嶋がそう言うと、島居は少し笑みを浮かべながら答える。
「分かりました。そう言ってもらえると助かります。よろしくお願いします」
「おう」
 そして島居は、事務室のドアを開けて外へ出て行く。おそらくは仮眠用に用意された部屋へと向かったのだろう。しばらくは休ませてやったほうが良いだろう。
 そう考えると古嶋は、次の放送に向けた準備をするべく、モニターを監視している兵士たちのほうへ近づいていった。

<残り17人>


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