BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第68話〜門番の章・5『記憶』
あの日から、岡元哲弥(男子3番)の全てが変わった。
その全ては光海冬子(女子16番)とのために費やされ、それまでの何もかもを擲った。気付けば残ったのは、何も知らない両親と冬子だけ。それでも哲弥は満足していた。
冬子と共に歩んでいく。そのために哲弥の存在があり、かつて哲弥が作った『要塞』が存在する。
哲弥は『あの日』からずっと、そう信じている。そう、今も……。
プログラム会場の北西部にある住宅街。その中でも山沿いにあり、他の民家からも外れたA=5エリアにある一軒の民家。そのリビングに、哲弥はいた。
少し前から降り出している雨を避けるためというのもあるが、さすがに少し疲れがたまってきたというのもあった。そのため、福島伊織(男子15番)を追い払ってすぐに北の住宅街へと向かい、この家に入り込んだのだ。
一応事前に冬子にも連絡を入れておいたが、どうやら彼女もD=3エリアにある民家に入っているらしい。雨除けのつもりだと本人は言っていたが??。
−あんまり無茶はしてくれるなよ?
少しだけ、哲弥は不安に思った。
とにかく暗がりと狭いところを極度に嫌う彼女が、今いる場所を出たいがために無謀な行動に出たりはしないか。
そんな心配をしたりもしたが、やがて思いなおす。
−……冬子は、そこまで弱くはない。俺は知ってるんだから。
自分にそう言い聞かせて、哲弥はリビングに敷かれた絨毯に胡坐をかいて座り込む。何かあった時のためにイントラテックやスタームルガーはいつでも手に取れる場所に置いておき、少しだけ寛ぐ。
もうじきあの古嶋とかいう担当教官の放送が入る頃だ。それを確認して、この場所が禁止エリアに入らなければ本格的に休息を取ろう。そう考えた。
ふと、哲弥はリビングの天井を見上げる。その天井はやけに簡素で、とても寛ぐための空間にふさわしいとは思えなかった。その情景は、哲弥に『あの日』を想起させた。
あの日、哲弥はまだ小学生だった。学校からの帰り道に通りがかった廃ビルにほんの好奇心から忍びこんだのだ。
そこを遊び場にするための下準備。そのくらいの気持ちで考えていたが故の行動。しかしその途上で、哲弥はある光景を目の当たりにした。ビルの一室から微かに漏れる灯りと、人の声。それは成人男性と思われる声が複数。
まずい。哲弥はとっさにそう思った。もしこんな所にこっそり入っているのを知られたら、親にこっぴどく叱られることだろう。それだけは嫌だった。
だが、ここで誰が何をしているのか。それも同時に気になった。結局その場は恐怖より好奇心が勝り、哲弥はそっと声のした部屋を微かに開いていたドアの隙間から覗いた。そして−。
後のことは、思い出すだけでも怖気がする。
とにかく、哲弥はそこで冬子と出会った。二人にとってあまりにもおぞましく、罪深い場で。
まるで今の自分たちのように、真っ赤に染め上げられた場に立ち尽くして。
「何故、ここにいたの?」
冬子が問いかける。彼女はその場に落ちていた白いカッターシャツで手をそっと拭いながら。その声と表情は、酷く憂いに満ちていたが……とても綺麗だった。語彙の少なかった当時の自分を陳腐だと笑いたくなるが、とにかくその時はそう思ったのだ。
哲弥はしどろもどろになりながら、言葉をどうにか並べ立てる。冷静でなどいられない。全身で息をし、心臓の鼓動は酷く強まって死にそうな気分だ。
だが、言葉の羅列を冬子は途中で制した。
「岡元君は、優しい人だから。私はよく知ってる」
ちょっとだけ、この時哲弥は疑問を抱いた。同じ小学校ではあったが、特に関わりのなかった冬子が、何故自分を『よく知ってる』などと評するのか。それはちょっとだけ心の隅に引っかかった。ほんのちょっとだけだったけれど。
「おかげで助かったんだと思う。でも−」
冬子がそこまで言いかけた時、彼女の足元で何かが動いた。哲弥がそれに気付き声を上げようとしたその瞬間、彼女は床に落ちたガラス片を拾い上げた。
その後は、また前の繰り返し。もう一度冬子はその手を拭き、こちらに向き直った。そして−。
「でも、今日のことは誰にも言っちゃ駄目。私たち二人の秘密」
言い終わると、彼女は着衣を整えて歩き出す。そして哲弥が入ってきたドアへと向かい、そのノブを握る。そこでもう一度哲弥のほうへ向きなおり、言った。
「今日会えたのが、岡元君で良かった。本当に、ありがとう。大好き」
生まれて初めてうけた、愛の告白だった。
あれから、哲弥は冬子と共に手を取り合って歩んできた。
『あの日』の秘密を守るため。そして冬子を守るため。そのためにずっと。どんな手段を使ってでも秘密を守り抜いてきた。
秘密に近づく者は排除しなければならない。そう心に決めて『要塞』を作り上げたのもその頃だ。自分なりに、どうすれば秘密を守れるか考えて作り上げたものだ。今思えば酷く恥ずかしい代物だが、割合に良くできている。
そして時には、『あの日』に関わる人間も排除した。
『あの日』が哲弥と冬子を出会わせた。そのことは感謝すべきかもしれない。
しかし時々思うのだ。
『あの日』を引き起こした者たちがいなければ……自分も、冬子も、もっと違う世界があったのではないか、と。
きっと冬子にそんなことを言っても、いつものように笑ってこう言うに違いない。
−仕方がなかったんだよ。これからも、私たち二人だけで何もかも正当化していこうよ。
−そうじゃなきゃ、もう前に進めないんだよ。
でも、哲弥は思う。『あの日』さえなければ、と。
だから哲弥は、冬子の邪魔になる者、秘密に近づく者以外にも『あの日』に連なる者を排除すべくやってきた。
しかし、かつて排除した『あの日』に連なる者がこの会場には一人いる。その人物とはまだ出会えていないが、会うことがあれば確実に仕留めなくてはいけない。
−冬子がこの先の人生を生きていくうえで、『あの日』のあいつらにまつわる者は全部邪魔なんだ。
−冬子が二度と思いださずに済むように、俺が全て消し去ってやらなきゃいけないんだ。
哲弥は強く心に誓う。己に誓う。
必ず全てを成し遂げてみせると。冬子の人生を、自分が切り拓いてみせると。冬子の邪魔をする者は全てこの手で消してやると。
『要塞』を守る門番の、どんな鋼鉄よりも強固な決意だった。
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