BATTLE
ROYALE
〜 The Gatekeeper 〜
第69話〜代行の章・1『役割』
時計の針が6時を指すと同時に、あたりでやたら大きな音が響く。その音に、清川永市(男子9番)はその身を震わせた。どうやら、古嶋の放送の時間となったらしい。永市はすぐに地図を準備し、放送に備えることにする。
『皆さん、こんばんはーっ。担任の古嶋でーす』
相変わらず鬱陶しい声をしている、と永市は思う。だが、放送を聞いておかなくては困るのは自分。そう言い聞かせて耳を傾ける。
『午後6時となりました。雨も降ってきてますが、雨にも負けず、風にも負けず。強い心で頑張って殺し合ってください』
――インテリぶってんじゃねぇぞ、糞野郎。
内心そう毒づいて、永市は心の中で古嶋に中指を立てる。無論、いちいち行動に出している精神的余裕はなかったから、心の中でだけだ。
それよりも、だ。
――康。悠斗。二人とも無事だよな? また会えるよな?
あの時、岡元哲弥(男子3番)の攻撃から逃げる時に逸れてしまった仲間――志賀崎康(男子7番)と蜷川悠斗(男子13番)。二人は果たして無事だったのだろうか? あの後、度々会場に響いた銃声が永市の不安をかきたてていた。
康たちと逸れた永市は、追われているという身近な恐怖ゆえにすぐに康たちを探すことができず、今いる場所――G−4エリアにある展望台の最上階に身を隠していた。時折、自身の支給武器である探知機の反応をチェックしつつ窓から周囲を見回したりはしたが、結局康たちを探しに動けなかった。
碌な武器を持たない自分が、また哲弥のような相手と出くわしたらと思うと、思うような行動ができなかったのだ。
結局、その後展望台周辺には一度だけ探知機の反応があっただけで、誰かがこの最上階までやってくるということはなかった(なお、一度あった反応は矢田蛍(女子17番)のものだったのだが、それは永市は知る由もない)。
思考を巡らせる中で、放送は続く。
『それではまず、これまでに死んだクラスメイトの名前を読み上げます。男子18番、横野了祐くん。男子17番、本谷健太くん。女子9番、津倉奈美江さん』
一時的とはいえ、モールの仲間だった横野了祐(男子18番)と、永市の目の前で生命を落とした本谷健太(男子17番)の名前が呼ばれた。そして津倉奈美江(女子9番)の名も。これまでに呼ばれたのは、皆モールにいた人間ばかりだ。
――頼む……無事でいてくれ……。
永市は、祈るように何かに向かって念じた。
だが、古嶋の放送はそんな永市の思いを粉々に打ち砕いた。
『女子7番、園崎恭子さん。男子7番、志賀崎康くん。男子12番、中山久信くん。男子13番、蜷川悠斗くん。以上7名です』
思わず、永市は手に持っていたペンをとり落としそうになる。
「嘘、だろ……」
康も、悠斗も、その名前を呼ばれてしまった。もう、この世にはいない。これでモールにいた仲間は、浦島隆彦(男子2番)と篠居幸靖(男子8番)を除けば、永市と光海冬子(女子16番)以外皆いなくなってしまった。特に康だ。康とは、結局関係を修復しきれないままに逸れてしまった。そのことが心に引っかかっていたのだが……引っかかったままになってしまった。
とめどなく溢れる思いを、それでも永市は必死で堪える。まだ、放送は終わっていない。禁止エリアの放送がまだ残っていた。
『ついに残り人数も半分を切りました。ここからが大変なので、頑張ってくださいねー。次に、禁止エリアの発表を』
そこで声が、古嶋からあの白パジャマ女・島居のものへと切り替わる。
『それでは、禁止エリアの発表です。19時から、D−3。21時から、A−2。23時から、G−4。以上です。それでは、生きていたら次の放送でお会いしましょう――お前の母ちゃん筆不精、お前の母ちゃんミス浦和、お前の母ちゃん……』
いつも通りの島居の妙なコメントも徐々にフェードアウトしていき、放送が終了した。
放送が終わった後も、永市はその場から動けない。手に握りしめたペンが、零れ落ちて床に転がった。このエリアが禁止エリアになり、23時までにはここを脱出しなければいけないということも永市に衝撃を与えていたが、それさえも些細なことだった。
――康……悠斗……。
先にこの世からいなくなってしまった二人に向かって、永市は心の中で呼びかける。それが彼らに届くとは思えない。でも、そうせずにはいられなかった。
――俺は、これからどうしたら良いんだろう。
永市は、そんなことを思う。
もともと永市は、このプログラムにおいてあまり自分の主張をしていなかった。それは、具体的なことが何一つ思いつかない、という事実ゆえのことである。もともとこの国の政府というものが嫌いだった永市としては、ゲームに乗る――すなわち奴らの思惑に乗っかる、という考えは全くなかった。だからといって、状況を打破できるだけの知恵を持ち合わせているわけでもない。だから康が合流を提案した時は、即座に乗ることを決めた。康ならばきっと、自分よりもよほど良い考えを巡らせることができる。そう思っていた。
しかし、その康はもういない。康だけではない。悠斗も、健太も。峻も真之ももうこの世にいない。
何もできない永市だけが、この世界に取り残されてしまった。
――俺は、一体何をすれば良いんだ? 分からねぇ、分からねぇよ……。
永市は何もかも分らなくなり、頭を抱えて蹲る。すっかり混乱して、思考がまとまらない。これから何をすれば良いのか。その答えを見つけるためにもがくしかない。頼る者はもういないのだから。
とにかく、必死で考えをまとめていく。
――浦島たちは……まだ生きてるみたいだよな。
そこで、モールを別々に脱出した隆彦と幸靖の存在を思い出す。彼らとは仲違いした状態のままだが、彼らがゲームに乗る可能性はかなり低そうだ。どうにかして、彼らと合流できれば良いのだが……。
他にも、冬子のことも気になる。彼女は康や悠斗と共に逃げていたはずだが、二人は死んで、彼女が生きている。これは、ひょっとすると何かあるのかもしれない。
「……康。今更だけど、お前のやってたことが少し理解できた気がするよ」
永市は、そう自嘲気味に呟く。結果論ではあるが、康の冬子に対する警戒は間違っていなかった可能性があるのだ。モール内ではどうだったかはともかくとして、康と悠斗に何らかの裏切りを行った可能性はある。
その真実を知りたい。永市はそう思った。
もう一点気になることがあるとすれば――それは、井本直美(女子1番)のことだ。悠斗が探したがっていた彼女は、今も生きている。
彼女が悠斗と出会えたかどうかは分からないが、まだどこかで生きていることだけは間違いない。
果たして直美は、悠斗の気持ちを知っているのだろうか? それが気にかかった。もし彼女が何も知らないままであるとしたら……それはあまりに悠斗が不憫な気がしてならなかった。
――なあ、悠斗。
――お前は井本と会えたのか? 言いたいことを伝えられたのか?
――俺は、それが知りたい。
――お前の思いが無駄じゃなかったってことを、知りたいんだ。
「……くっ、はははっ」
ある程度まで考えたところで、永市はふと小さく笑い声をあげた。
――何だよ、俺にもやれることはあるじゃないか。
今までちっとも気付かなかった。 何も思いつかないから、ときちんと考えることを放棄していたのかもしれない。実際には、やれることが探せば出てきたというのに。
――浦島たちを探して、もう一度合流する。
――光海を探して、真実を知る。
――井本を探して、悠斗の思いが無駄でなかったかどうかを確認する。
気付けば三つもやるべきことがあった。
そこまでの道はきついかもしれないが、やり遂げてみせる。永市は誓った。
――もう、やれるのは俺しかいないんだ。意地でもやってみせる。生きて生きて生き抜いて、やりきってやるぜ。
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